Summer Vacation


 猛烈な残暑に、夏休みは家に篭ろうと決めた。
 家と言っても、何もないアリオスのアパートメント。
 空調が強く効くところがいい。
 静かだからいい。
 そこがふたりきりの楽園に感じられるからいい。
 アンジェリークは、最低限の荷物だけを持って、アリオスが迎えにきてくれるのを待った。
 車を待つ間だけ、アンジェリークの背中に汗が伝う。
 蝉時雨が五月蝿いぐらいに耳につき、アンジェリークは夏を感じていた。
 アリオスの愛車が目の前に止まり、助手席のドアが開いた。
「待たせたな。乗れよ」
「うん」
 アンジェリークは心地良い車内に入ると、大きく深呼吸をする。冷え切った車内の空気が、肌に気持ち良い。
「暑かっただろ?」
「うん。だけどこれから数日間は、暑さを感じないだでしょ」
「そうだな。気象的にはな」
 アンジェリークは頬を紅に染めて、小さく頷く。気象的には、確かに暑くはない。
 だが心は、熱いだろう。
 アンジェリークは肌が高まるのを感じた。
 気温のせいではなくて、それは甘い恋心のせい。
 アリオスの滑らかな肌を、アンジェリークは触れる。
「アリオスの肌、冷たいね」
「お前の肌を冷ませてやらねえとダメだからな」
「冷めるどころか、沸騰してしまうかもよ?」
「違いねぇ」
 アリオスは苦笑しながら、ハンドルを切った。
 車窓から見える景色は、いつもよりのんびりとしている。
 夏休み中、都心は眠りに入ってしまったようだ。
 アンジェリークは眠る都心の風景も良いものだと、つくづく思った。
 見える緑ですらも眠っている。何時もみたいに、排気ガスを処理しなくて良いからかもしれない。
 緑が何時もに増して色濃くなっているように思えた。
 車は空き空きのメインストリートを抜けて、近くにあるアリオスのアパートメントに向かう。
 アリオスのアパートメントは、オフィス街にあるので、存外と静かなのだ。
 少し離れた郊外よりも、静かかもしれない。
 車は駐車場に停まると、アリオスがドアを開けてくれる。
 コンクリートに囲まれた駐車場に出ると、冷たくて気持ちが良かった。
「行くぜ」
「うん!」
 アリオスがアンジェリークの小さなバッグを持って、すたすたと先を歩いていく。その後に スキップをするようについていく。
 エレベーターに乗り込み、アリオスの部屋に行く間、躰をもたせ掛けて甘えた。
「これからふたりだけだな」
「楽園みたいよ。ふたりきりでいられるのは、とっても素敵なことだもの」
「そうだな」
 ふたりで、何度かバードキスをする。唇を軽く重ねているだけで、ひとりではないことが解った。
 アンジェリークは、アリオスの体温を肌に移しながら、この退廃的で甘い休日に、胸が高 まるのを感じた。
 エレベーターから降り、ふたりしてアリオスの部屋に向かう。
 ふたりだけのキングダムに入国する、王様とお姫様の気分になる。
 アリオスが部屋の鍵を開けてくれ、いよいよ楽園に一歩踏み入れた。
「涼しい!」
 思わず声を上げたくなるぐらいに、エアコンディションは快適だった。
「おら、中に入れよ。お前を迎えに行くときに、きつめにかけておいた」
「アリオス、いつもはクールビズなのに!」
 アンジェリークがからかうようにころころ笑うと、アリオスは目を細めた。
「俺は、オンオフを完全に使い分ける男なの」
「そうなんだ」
 アンジェリークは含み笑いをしながら、上目使いでアリオスを見る。
 オンオフを使い切るならば、仕事を通じてアンジェリークを口説いたことは、いったいどうなるかと思ってしまう。
 本末転倒かもしれない。
「カクテル、飲むか? もちろんお前はノンアルコールカクテル。カクテルって言うよりは、ただジュースを混ぜているだけかもしれねぇけれどな」
「確かに」
 キッチンカウンターにちょこんと腰をかけて、アンジェリークはアリオスの手元を見る。
 いつもながらに、器用で綺麗な指先だ。
 先ずは、高級生ハムと野菜でオードブルを作り、手早く茹でたカッペリーニを使って、たこマリネの冷静パスタを作ってくれる。スープは事前に作ってくれていた、オニオンスープ。
 アリオスが作ったものは、どんなものでも美味しい。
 心も躰も満たしてくれる。
 アンジェリークは用意されたものを美味しく食べながら、アリオスを見た。
 美味しい料理と欲しいものはもうひとつ。
「ねぇ、凄く欲しいものがもうひとつあるの」
挑発する言葉なのは解っていても、言わずにはいられない。
「何だ?」
 きっと気付いているくせに、アリオスはわざと言う。それが憎たらしい。
「あなたが欲しいの」
 舌で唇を舐めながら言うと、アリオスも艶めいた微笑みを浮かべる。
「俺達のバカンスの始まりだ」
 アリオスは抱き上げてくれると、そのままベッドに連れていってくれる。
 退廃的なふたりだけのバカンスが始まる。
 ふたりだけの秘密の空間。
 それは堕ちるような、何とも言えない空間だった。

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夏休みのひとときです



モドル