約束された出会いはいつも突然。嵐のように何気ない日常に入り込んでくる。 アンジェリークはただ走っていた。何かを急いでいるわけではなかったし、今日受けるアルバイトの面接に遅刻をするわけではなかった。ただ走りたいから走っていた。 今日はアルバイトの面接の日で、どうしても受かりたい仕事だった。時間もそんなに働かなくていいから、勉強の支障にもならない。カフェだとかは大好きなので、今から受けるアルバイト先は理想的だった。 憧れの場所で仕事が出来る。それで心が逸っていたのかもしれない。鈍色の春の訪れを告げる光が、嬉しかったからかもしれない。 ただ走りたかった。走ると透明の風になったような気分になれるから。子供の頃から、何かがあると走っていた。だから、今日も走る。 どうしても働きたい職場の今日は大切な面接の日なのだから。 一生懸命駆け抜け、風のように誰かの横を通り過ぎようとした時であった。 「あっ!」 いつもはこれぐらいの距離ならぶつからないはずだが、今日に限ってひどくぶつかり、アンジェリークはそのまますっ転ぶ。 「きゃっ!」 アンジェリークが気付いたのは後の祭。酷く醜く転んで、スカートがふわりと舞い上がる。 「あいたたた…」 ちらりと晒してしまった下着を恥ずかしそうに慌てて隠した。 「おい、大丈夫かよ?」 魅力的な声が上から下りてきて、アンジェリークは思わず上を仰ぐ。 「有り難う…」 そこまで言ったところで、アンジェリークは言葉を飲み込んだ。 手を差し延べてくれた青年は、余りにも精悍で整い過ぎていたから。 美し過ぎる異色の瞳に魅入られながら、アンジェリークは暫く夢見心地だった。周りの世界が制止したような、そんな気分だった。 「ほら、とっとと立て」 青年は感情のない鋭い表情をしている。顔が整っているだけに、非常に冷たさが際立っていた。 「おい、どこか捩ったりしたのか!?」 青年は眉根を潜めると、アンジェリークの足元に屈み、いきなり足首を掴んで来た。 「……!!!」 突然過ぎることだったので、驚きの余り目を丸くする。 こんなことをされたことは、未だかつてない、清らかな女子校育ちのアンジェリークは、勿論上手く対処する方法も、免疫すらなかった。 青年が足首を丹念に撫でているから、アンジェリークは恥ずかしさと何とも言えない感情がふつふつと湧いてくる。どう対処したらいいか本当に判らなくて、感情の赴くままに行動に出てしまう。 「な、何、なさるんですか!」 羞恥が過ぎて怒りに変わり、無意識に青年の手を叩いてしまった。 青年の冷た過ぎる切れるような視線がアンジェリークを貫く。 後悔しても既に遅し。アンジェリークはやってしまったことにほぞを噛み、小さくなった。 怒られると思った。だが青年の態度は予想を裏切る。 「クッ、あんたおもしれえな」 青年は意地悪気味にフッ笑うと、立ち上がる。アンジェリークはただ彼を見ることしか出来ない。 「それだけ元気だったら、ケガもねえだろう。じゃあな、元気な子犬さん」 子犬じゃないと抗議しようとしたものの、青年は既にかなり先を歩いていた。 アンジェリークは仕方がないとばかりに溜め息を付くと、立ち上がる。 「…だって、何ともないのにあんなことをするから悪いのよ…」 ぶつぶつと言いながら、少し汚れて白くなった制服を、ぱふぱふと払った後、時計を見る。歩いて行っても、面接会場には無事に着きそうな塩梅だった。 「さてと、行かないとね」 アンジェリークは今度は元気に歩き出す。相変わらず、先程の恥ずかしさからは脱却できずにぶつぶつと言いながら、心を静めようと努力していた。 アンジェリークは面接会場に来ていた。老若男女様々な人々が面接を受けに来ている。流石は高級有名カフェである。 正社員を希望する人もいれば、アンジェリークのような、高校生や大学生のアルバイト志望もいる。 通りも良い上に、労働時間も勉強に支障のない程度だ。しかも高校生はあくまで、アルコールは扱わせない。徹底された環境が、アンジェリークにはなによりも良かった。 面接は結構待つことになった。その間はヒマなので、学校の宿題などをして時間を潰す。 「次のグループの方々、入って下さい」 「はい!」 担当スタッフに呼ばれて、アンジェリークは元気な返事と共に、面接会場に入っていく。 「…失礼いたします」 きちんと礼をして会場に入った瞬間、アンジェリークは息を飲む。 余りにもの衝撃に、立ちすくむことしか出来やしない。 中央のオーナー席には、先程の青年が堂々と座っていたのだ。 アンジェリークは肝を冷やす。まさか、こんなに若い彼がオーナーだとはつゆぞ思わなかったのだ。 茫然自失としていると、ふと青年と目があったような気がした。 少し悪戯めいた甘い視線に、アンジェリークは罰が悪い視線しか返すことが出来なかった。 「…座ってくれ」 誰もが機敏に席を着いたが、アンジェリークは狼狽していたので、人よりもワンテンポズレて座る。 それを見ながら青年が、ほんの少し笑ったのを、アンジェリークは見逃さなかった。それがまた少し悔しい。 「オーナーのアリオスだ。今回、うちのカフェを志望した動機を聞きたい」 アリオスと名乗った青年がじっと受験者を見つめ、一瞬、アンジェリークと目が合った。 「アンジェリーク・コレットさん、おまえさんはどうしてここを志望した?」 青年の瞳にじっと見つめられれば、嘘は付けない。アンジェリークは素直にここは言うことにする。 「…まかない付きで、そのご飯が凄く美味しいと聞いて…」 「クッ…!」 アンジェリークの言葉を受けて、アリオスは堪らないとばかりに喉を鳴らした後。豪快に太く笑い出した。 「おまえさんすげえおもしれえな」 恥ずかし過ぎて、アンジェリークは耳まで真っ赤にさせる。 アリオスの笑顔は魅力的だった。笑った瞬間に、今まで纏わっていた冷たい雰囲気は消えてなくなり、代わりにとてもイキイキとした明るい雰囲気が露見する。 最初は、失礼な男だと思っていた。だがアリオスの表情はとても素敵で、アンジェリークはじっと見つめずにはいられなくなる。 張り詰めていた面接会場が、一気に和んだものになった。 「…本当のことを言ったまでです…」 「素直なのは良いことだぜ? アンジェリーク・コレットさん?」 アンジェリークは拗ねたように唇を尖らせる。それがまた、アリオスのツボにはまる。 「おまえさん、本当におもしれえよ」 アンジェリークは更に眉をへの字にして、子供のようにいじける。それはアリオスの笑いを助長させることになった。 結局、この面接グループはアンジェリークがひとり目立つ結果に終わってしまった。 「お疲れ様でした。結果は郵送でお知らせします」 「はい」 面接担当スタッフに言われて、今日のところは帰る。 笑われた以上、アンジェリークは自分が望み薄だと思った。 条件的に非常に良かったので期待していたのだが、世の中はそんなには上手く行かないものだと感じる。 美味しいものをたらふく賄い料理で食べられるなんて、虫の良い話だと、つくづく思わずにはいられなかった。 翌日、アンジェリークはカフェからの面接結果を受け取った。 どうせ落ちていると解っているので、気もそぞろだ。適当に封を破ると、アンジェリークが今度は驚かされた。 「…うかってる…」 中にあるのは採用通知だった。しかも、達筆で何か書かれている。 ”働きに来てくれたら、美味いものを沢山食べさせてやるから。きたいようだったら、連絡は電話で頼む。アリオス” 「食べ物なんかで…、釣られやしないんだから…」 悪態をつきながらも、アンジェリークはほくそ笑む。 「まあ、働いてあげてもいいかな?」 アンジェリークはわざと言うと、直ぐに電話を手に取る。アリオスに仕事を受ける旨を伝えるためだ。 アンジェリークは電話を手に取った。 その瞬間から、恋ははじまっていた。 |
| コメント 恋愛小説が書きたいあなたに10のお題に挑戦です。 読み切り連作で頑張りますので宜しくお願いします。 |