占いを信じるか信じないかと言われれば、どちらでもないと答えるだろう。アンジェリークに関してはこれが正解。 恋をしている時や何か重要なことがあればそれに縋り、なにもない時は、ただ良いことだけを心に留めておく。それだけ。 だから、今のアンジェリークには、占いやらおまじないやらの類が非常に気になり、手当たり次第に雑誌や本を見ている。 それもこれも、銀の髪の気安いオーナーのせい。美しい女性が三日に一回、いや一日おきに来るようになってからと言うものの、気が気ではなく、おまじないや占いに恋の行方を託している。本当はそんなことをしても埒があかないことは、どこかで解っているが、試さずにいられないのが乙女心と言うものだ。 賄いの時間は、アンジェリークにとっては一番楽しい時間だ。たまたま、今日は友人であるレイチェルと一緒だ。ふたりはトレーにぴかぴかのお皿を乗せて、賄いの順番を待っていた。 「レイチェル、今日ね、雑貨屋さんに寄って、これを買ったの」 アンジェリークはポケットの中から携帯電話を取り出すと、それに付いている可愛いらしいストラップをゆらゆらと揺らしてやる。 「可愛いじゃん。ピンクでローズクォーツかあ」 「そう。ハート型のローズクォーツ! 何でもピンクは恋に効く色で、またローズクォーツもパワーストーンの中じゃ、恋に効くって言われているんだって。良い感じでしょ」 「マジ!?」 アンジェリークは自慢げに微笑むと、しっかりと頷く。途端にレイチェルの表情も少し興奮ぎみになった。 「ね、それ、どこで買ったのよ!?」 「駅前のアクセサリーショップ」 レイチェルが余りにもの勢いで言うものだから、アンジェリークはほんの少したじろいだ。いつもはクールで、占いと言った非化学的なことを信じないたちのレイチェルも、こと恋に関しては縋ってしまう。 そんな力が恋にはあるのだ。 「だったら、帰りにショップに寄って買って帰ろうよ」 「ホント! 有り難う! アンジェ!」 レイチェルは本当に嬉しそうで、うっとりと夢見るように見つめる。何時もは歯に衣を被さない言動と行動力で、きびきびとしている レイチェルも、恋に関しては普通の女の子。アンジェリークはこんな可愛いレイチェルが大好きだった。 賄いのおかずを皿に乗せる順番がやってきて、アンジェリークは慎重に鍋の中を睨む。 「さてと、賄い占い、賄い占い」 「何よ、賄い占いって? 賄いのスープに入る具によって、明日の賄いのメニューを当てるとか?」 賄いご飯が大好きなアンジェリークに苦笑してか、レイチェルは少し小ばかにして言う。友達だからこその気の置けなさだ。 「もう、違うもん」 半分は当たっているかもしれないが、もっとロマンティックに考えてとばかりに、アンジェリークは頬を膨らませる。 「賄いのスープに大好きなチキンが、ひとすくいに五つ入ってたら良いことがあるの! 今までそうだったんだから」 「まあ、ひとすくいに五つも入ってたら、それだけでラッキーじゃん」 レイチェルはころころと笑いながら、いかにもアンジェリークらしいと言う。だが自分も一応は試してみると言ったのが、何だか笑えた。 「さてと…。チキンさん、五つ入ってくださいよ〜!」 アンジェリークは祈るように言いながら、大きな寸胴鍋を掻き混ぜる。とろり、とろりと何度も掻き混ぜてから、気合いを入れて掬う。 「ねぇ、アンジェ、五つ以上入っていたらどうなるのよ?」 「五つ以上入っていたら、素晴らしくラッキーだってことよ」 「ふうん…」 アンジェリークは大きなお玉で、祈りを込めて思い切りスープを入れてみた。 「さて、いくつチキン入ってるかなあ…。ひい、ふう、みい、よ…」 真剣に数える姿は、単なる食いしん坊万歳に見えなくもないが、アンジェリークの食いしん坊万歳ぶりは他のスタッフにも知られていることなので、特に恥ずかしくはなかった。 「あった! 六つよ! わーい、これで今日はとっても良いことがあるよ!!」 大騒ぎしていると、ごくごく近い場所から喉を鳴らして笑う声が聞こえてくる。アンジェリークはまさかと思い、振り向いてみた。 「賄い占いだなんて、全くおまえさんらしいよ、アンジェリーク」 振り向いた先にいたのは、アンジェリークの想い人。顔から火が出るかと思うほど恥ずかしかった。 「いつからいらっしゃったんですか?」 「あ? 確かおまえが、チキンが五つ入ってたらラッキーだって言ってたぐらいからか。確かにこのスープでチキンが五つも入ってたら、相当ラッキーだもんな」 くつくつと太く笑われるのはかなり恥ずかしいが、アリオスのこの笑顔を見るのもまた大好きだ。 「今日は旨い賄いスープでラッキーだろ? アンジェリーク」 「…はい」 「ほら、席を取って食うぞ」 「はい」 さりげなくであるがアリオスと賄い時間を一緒に過ごすことが出来る。アンジェリークはやはりスープの占いは当たると思わずにはいられなかった。 「レイチェルのチキンはどうだった?」 「も、バッチリだよ! チキンが五つ…」 ここまで言いかけて、レイチェルの意識が別の場所に行く。視線は今し方料理を取り終えた、経理担当エルンストに向けられた。 「ありゃ、エルンストだな。おい、エルンスト! こっちへ来いよ!」 いきなりアリオスがエルンストを呼んだものだから、アンジェリークは嬉しそうに笑い、レイチェルは少しはにかんだ笑いを浮かべる。 「賄い占いって、確かに当たるね…」 レイチェルが耳打ちをした台詞に、アンジェリークはほくそ笑む。やはり占いは信じれば当たるようだ。 きしくも、お互いに大好きな男性と同席してでの、賄い食事の時間となった。 ふたりとも大好きな男性が傍にいる。それだけで、楽しくて、幸せな気分になった。 「アンジェリーク、いっぱい飯を食えよ!」 「はいっ! 今日の賄いは本当に美味しいです」 ばかすかといつもと同じように、アンジェリークは食を進める。それをアリオスが優しく見守ってくれるのが、最高に心地良い。 「…ごほん。今日の賄いは…、いつもより美味しいですね…、レイチェル…」 「ホント! 最高ね!」 何時もと変わらない賄い料理の内容。だが、恋と言う名前の甘いスパイスが、最高の味を引き立ててくれているようだった。 お互いにほんの少しだけ話して、ほんの少しだけ見つめれば良い。くすぐったい恋の始まりだけに許される感情に、四人は包まれていた。 仕事の後、レイチェルとふたりでアクセサリーショップに寄り道した。目的は恋に効くストラップを買いに行く為だ。 レイチェルもやはり恋する女の子。ストラップを手にしたときは凄く嬉しそうであった。 「占いも効いたから、きっとこのストラップも効くよ」 「うん。きっとそうよね」 賄いスープ占いは、自分的にラッキーなことを幸運なことを置き換えてやったものだが、満更でもなかったようだ。 また、賄い占いが当たれば良い。アンジェリークはアリオスと過ごした時間を思いながら、くすりと微笑んだ。 美味しい占いは、良いことを運んでくるとは限らない。アンジェリークがそれに気付いたのは、程なくして。 その日の賄い時間は忙しくてずれ込んでしまった。ペコペコのお腹でメニューを見れば、大好きなチキンスープだ。今日はどれぐらい チキンが入るだろうか。沢山入るところを想像しながら、アンジェリークはスープを掬った。 「あ…」 今日のチキンはスープ皿の中には全くゼロ。これにはアンジェリークは言葉を無くす。縁起の良いチキンが全くないのは、何かの前 触れかと思わずにはいられなかった。 「スープにチキンなしか…」 食いしん坊なのでチキンがないのは勿論悔しい。だがそれ以上にがっかりとした。 「…美味しいんだけれどな…」 確かに今日の賄いはかなり充実していた。スープの他には、鰯の香草パン粉焼き、サラダが用意されていたし、ロールケーキの切れ端を利用したデザートもある。 美味しいが占いのことを感じると切ない、アンジェリークであった。 仕事が終わり、とぼとぼと家に帰る。アンジェリークはふと裏口の駐車場で人影を見つけた。 「…あれ…」 目撃したのは間が悪い、アリオスとあの女の姿だ。自分よりずっと大人で美人な女と、アリオス。 バランスが良いように思えた。 「アリオス…オーナー…」 暗くて二人が具体的に何をしているかは解らない、だが、寄り添っているのは解った。 それだけで充分だ。充分過ぎる事実だ。 アンジェリークは悔しさと切なさに唇を噛み締めると、気付かれないようにそっと駐車場を後にする。 やはり、賄い占いの結果の嫌な感じが当たってしまった。視界が涙で曇っていて見えない。 ただ何時も通りの道を精一杯戻ることしか出来なかった。 その日の賄いは正直どうだって良かった。 なにも食べたくないのだからしょうがない。胸が軋んだように痛いのは、本当に久方ぶりのことだ。 結局、賄いの順番を最後にして、ただぼんやりとする為に休憩室に入った。 当然、料理は残っていない。アンジェリークにとってはそんなことどうでもよかった。 「アンジェリーク、まだ、賄いを食っていねえのかよ」 アリオスがいきなり入ってきて、アンジェリークはドキリとする。まさか食欲不振の原因が入ってくるとは思わなかった。 「まだだったら、一緒に作ってやるぜ? 今日はチキンが入ったたっぷりスープと海老のパスタを作ってやるから待ってな」 「…あんまり食欲がなくて…」 アリオスは驚いたようにアンジェリークを見つめ、いきなり手で額の熱を計る。 「顔色はまずまずだし、熱もねえぞ? 大丈夫だ。俺の飯は効くからな」 アリオスは優しく笑ってくれた後、早速、食事を作り始めてくれる。 その姿を見ていると、ただ切なくて辛い。 やっぱり好き…。 心の中で、呟くことしか出来ない。 暫くぼんやりしていると、アリオスが食事を準備して目の前に置いてくれた。 「どうぞ。これを食って元気出せ」 「有り難うございます…」 見るとスープには数えられないほどの、たっぷりチキンが入っている。 「いただきます…」 スープを掬った瞬間、やはり最高に美味しいと思った。美味しさと温かさがふわりと全身に広がる。刺々していた気分が一気にとけ、幸せがやってくる。 やはり、温かい料理というのは最高の癒やしとなった。 涙が出る。それをスープのせいにする。 「美味いか?」 「…はい…」 「そうか、よかったな」 ただそれだけの言葉のやり取り。けれども、それが心に染み入る。 哀しいけれど幸せ。アンジェリークは今そんな気分だった。 今日のスープは沢山具が入っている。 賄い占いはやはり当たるのかもしれない---- |
| コメント 恋愛小説が書きたいあなたに10のお題に挑戦です。 読み切り連作で頑張りますので宜しくお願いします。 アンジェの王子様は、「ご飯作りが美味い人」のようです。 |