Christmas Through Your Eyes

2


 アンジェリークは深く哀しい気分になり、一瞬、瞳を閉じる。

 やっぱり、何か裏があったんだ・・・。
 じゃないと、こんな場所、私なんかを招待しないわよね・・・。

 自分の考えの甘さに舌打ちすらしたくなる。
 恋する心がそうさせたことを、彼女は十二分に判っている。
 僅かに滲んだ失望の涙を拭うと、彼女は大きく深呼吸をし、覚悟を決めてヘッドセットを付けた。
 緊張感が漲らせ、ひとつ、生唾を飲み込むと、スイッチを入れる。
「コレットです」
「まずは銃を組み立てろ、時間がない」
 アリオスだ。
 彼は淡々と挨拶もせずにいきなり指示を出してくる。
 感情を上手く操る彼らしいことだ。
 そんな感慨に浸る間はなく、アンジェリークは分解した銃を素早く組み立てた。
 その手の素早さは、やはり訓練の賜物で、まるで機械のようだ。
「組み立てました」
「次はバスルームに行って、バスタブにお湯を溜めろ」
 アンジェリークは銃を片手にバスタブに向かう。
 そこでカランを捻ってお湯を溜め始めた。
「お湯を溜め始めました」
「では、バスルームの窓辺に立て。そこに隣のホテルの裏口が見えると思う」
「はい」
 窓の外を確認すると、アンジェリークは素早くアリオスに答える。
「そこから、アッシュブロンドの体格の良い男が出てくる。
 クリスマス市の麻薬王だ。
 今回はボディガードも含めて、足下を狙え。全員生け捕りだ」
 一瞬、アンジェリークは思い詰めたように唇を一文字に結ぶと、ややあったから返事をした。
「はい」
「そろそろ出てくるはずだ」
「-----はい」
 アリオスの言葉に従って、アンジェリークは、窓辺に傾く。
 外の様子を見、一瞬にして一団を確認した。
 獣のようにしなやかな眼差しを向けると、相手に向かってトリガーを引く。
 アンジェリークのポイント射撃は実に見事で、全員の足を同じ場所で撃ち抜いていた。
 誰もがその瞬間に、足をとられて倒れこむ。
 そのタイミングで、捜査官たちが駆け寄っていった。
 5人もの男達を、地獄の天使は無表情で撃ち抜いた後、急に躰から力が抜ける。
「任務完了」
 ただそれだけを言うと、アンジェリークは床に座り込んだ。
「ご苦労だった。風呂にでも入ってゆっくりしろ」
 ただそれだけの言葉で、無情にもアリオスは無線を切った。

 アリオスさん…。

 アンジェリークは頭から無線を取ると、床に投げる。
 虚ろな瞳は、ただ、バスタブに溜まるお湯を見ていた。
 お湯を止めて、銃を分解して箱の中に直すと、アンジェリークは気分直しのために、そのままお風呂に入ることにした。
 置いてあったミルクの入浴剤を入れ、気分を沈める。
 穢れを落とすかのように、シャワーを浴びた。
 特に、手を重点的に洗う。
 血で手が本当に汚れたような気分になるから。
 気が済むまで洗った後、湯船に浸かって一息ついた。
 この手を血で汚すことは馴れている。
 だが、いつも心が空しくなるのはなぜだろうか。
 アリオスの罠にひっかかったのが、哀しい。
 あんなに喜んだ自分が滑稽でしょうがない。
 悔しくて湯船で涙を流した。

 所詮、こんなものなのよ・・・。

 バスタブから上がり、手早く躰を拭きローブを着て外に出た。
 その瞬間、アンジェリークは固まる。
 アリオスがベッドの上に腰を掛けて待っていた。
「ご苦労だった。おまえのおかげで、作戦は上手くいった。後はバカンスを楽しんでくれ」
 アリオスは怜悧に言うと、ベッドから立ち上がる。
「・・・嘘つき・・・」
 ぽつりと呟くと、アンジェリークは涙をいっぱい溜めた瞳で、精一杯アリオスを睨みつける。
「これがこの世界の常識だ」
「そんな常識、いらないっ!」
 アリオスに飛び掛かろうとして、アンジェリークは躓いた。
「あっ!」
 次の瞬間、彼女は彼の精悍な腕にすっぽりと収まってしまう。
「あ・・・」
 不意に抱き上げられると、アンジェリークは心臓が跳ね上がってしまうのではないかと思った。
「そんな格好で暴れるな」
 耳まで真っ赤になり腕の中で小さくなっている彼女を、アリオスはベッドに投げる。
「おとなしくしねえから、そんなことになるんだぜ?」
 起き上がりアリオスに反論しようとした瞬間、手首を力強く握り締められる。
「あっ・・・」
 じっとアリオスに見つめられて、アンジェリークは潤んだ瞳で彼を見つめることしか出来なかった。
「そんな瞳で男を見るなよ? ベッドの上では特にな」
 耳元で甘く囁くと、アリオスは優しくアンジェリークをベッドに寝かせる。
 彼がじっと瞳を覗き込むように顔を近づけてくると、思わず目を閉じた。
 アリオスは、任務のためならどんな女とも寝る-----
 そんな噂話が、耳元に蘇る。
「じゃあな」
 彼はそれだけを言うと彼女から離れ、テーブルの上の箱を持つ。
「この数日は楽しめ。仕事は入れない」
 アンジェリークは黙ったまま頷くのがやっとだった。
 アリオスの冷静な背中を見つめながら、彼を目線で見送る。
 私はいつもあなたに振り回されている。

 あなたはいつも冷静・・・。
 ぎゅっと躰を抱き締めると、切なくなった。
 さっきだって、拒否されているみたいで、嫌だった・・・。
 あなたは私以外の女性なら誰だって抱けるのに・・・。

 アリオスがいなくなって、アンジェリークは切なくてたまらない気分になった。
 しばらく放心状態になってしまい、彼女は天井を見上げる。


 ようやく落ち着き、アンジェリークは名物のクリスマスイルミネーションを見に行くことにした。
 ひとりでゆったりと眺めるのも悪くない。

 綺麗だな・・・。

 木を見つめると、イルミネーションが輝いて、サンタクロースやトナカイなどの可愛い形が浮かび上がる。
 カップルが多いせいか、つい隣にアリオスがいればいいと思ってしまう。

 さっきも、あの格好で何にもなかったもの。
 他の人ならともかく、誰とも寝られるアリオスさんに拒絶されたのは、相当私を嫌っていること?

 そう思うと心が重くなった。
 アンジェリークはぼんやりと、イルミネーションを楽しみながら歩く。
「あんた、ひとりか?」
 振り返ると、背の高い青年がアンジェリークに声をかけてくる。
「あ、あの・・・」
 黒髪のよくいる印象のない青年だったが、このような『普通のこと』に余り縁のないアンジェリークは、戸惑ってしまう。
「おい。待たせたな」
 急に背後から抱きすくめられると、その甘い声に真っ赤になる。
「…アリオスさん…」
 彼は包みこむように、アンジェリークを抱きしめ、男をそのキツイ眼光で一蹴する。
「何だ男がいたのか・・・」
 男が去った後、アリオスはアンジェリークから抱擁を解くと、その手を抱きしめる。
「ったく、おまえは無防備だな?」
「あ・・・」
「ほら、行くぞ?」
 彼はそれだけを言うと、アンジェリークの手を引っ張り、光の渦の道に入っていった-----

 この素晴らしい夜を…。
 あなたと一緒に過ごせるのが、嬉しい…。


コメント

クリスマス創作です。
次は甘いシーンになるはずです。
なんたって、「特別」の日ですから。

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