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アンジェリークは深く哀しい気分になり、一瞬、瞳を閉じる。 やっぱり、何か裏があったんだ・・・。 じゃないと、こんな場所、私なんかを招待しないわよね・・・。 自分の考えの甘さに舌打ちすらしたくなる。 恋する心がそうさせたことを、彼女は十二分に判っている。 僅かに滲んだ失望の涙を拭うと、彼女は大きく深呼吸をし、覚悟を決めてヘッドセットを付けた。 緊張感が漲らせ、ひとつ、生唾を飲み込むと、スイッチを入れる。 「コレットです」 「まずは銃を組み立てろ、時間がない」 アリオスだ。 彼は淡々と挨拶もせずにいきなり指示を出してくる。 感情を上手く操る彼らしいことだ。 そんな感慨に浸る間はなく、アンジェリークは分解した銃を素早く組み立てた。 その手の素早さは、やはり訓練の賜物で、まるで機械のようだ。 「組み立てました」 「次はバスルームに行って、バスタブにお湯を溜めろ」 アンジェリークは銃を片手にバスタブに向かう。 そこでカランを捻ってお湯を溜め始めた。 「お湯を溜め始めました」 「では、バスルームの窓辺に立て。そこに隣のホテルの裏口が見えると思う」 「はい」 窓の外を確認すると、アンジェリークは素早くアリオスに答える。 「そこから、アッシュブロンドの体格の良い男が出てくる。 クリスマス市の麻薬王だ。 今回はボディガードも含めて、足下を狙え。全員生け捕りだ」 一瞬、アンジェリークは思い詰めたように唇を一文字に結ぶと、ややあったから返事をした。 「はい」 「そろそろ出てくるはずだ」 「-----はい」 アリオスの言葉に従って、アンジェリークは、窓辺に傾く。 外の様子を見、一瞬にして一団を確認した。 獣のようにしなやかな眼差しを向けると、相手に向かってトリガーを引く。 アンジェリークのポイント射撃は実に見事で、全員の足を同じ場所で撃ち抜いていた。 誰もがその瞬間に、足をとられて倒れこむ。 そのタイミングで、捜査官たちが駆け寄っていった。 5人もの男達を、地獄の天使は無表情で撃ち抜いた後、急に躰から力が抜ける。 「任務完了」 ただそれだけを言うと、アンジェリークは床に座り込んだ。 「ご苦労だった。風呂にでも入ってゆっくりしろ」 ただそれだけの言葉で、無情にもアリオスは無線を切った。 アリオスさん…。 アンジェリークは頭から無線を取ると、床に投げる。 虚ろな瞳は、ただ、バスタブに溜まるお湯を見ていた。 お湯を止めて、銃を分解して箱の中に直すと、アンジェリークは気分直しのために、そのままお風呂に入ることにした。 置いてあったミルクの入浴剤を入れ、気分を沈める。 穢れを落とすかのように、シャワーを浴びた。 特に、手を重点的に洗う。 血で手が本当に汚れたような気分になるから。 気が済むまで洗った後、湯船に浸かって一息ついた。 この手を血で汚すことは馴れている。 だが、いつも心が空しくなるのはなぜだろうか。 アリオスの罠にひっかかったのが、哀しい。 あんなに喜んだ自分が滑稽でしょうがない。 悔しくて湯船で涙を流した。 所詮、こんなものなのよ・・・。 バスタブから上がり、手早く躰を拭きローブを着て外に出た。 その瞬間、アンジェリークは固まる。 アリオスがベッドの上に腰を掛けて待っていた。 「ご苦労だった。おまえのおかげで、作戦は上手くいった。後はバカンスを楽しんでくれ」 アリオスは怜悧に言うと、ベッドから立ち上がる。 「・・・嘘つき・・・」 ぽつりと呟くと、アンジェリークは涙をいっぱい溜めた瞳で、精一杯アリオスを睨みつける。 「これがこの世界の常識だ」 「そんな常識、いらないっ!」 アリオスに飛び掛かろうとして、アンジェリークは躓いた。 「あっ!」 次の瞬間、彼女は彼の精悍な腕にすっぽりと収まってしまう。 「あ・・・」 不意に抱き上げられると、アンジェリークは心臓が跳ね上がってしまうのではないかと思った。 「そんな格好で暴れるな」 耳まで真っ赤になり腕の中で小さくなっている彼女を、アリオスはベッドに投げる。 「おとなしくしねえから、そんなことになるんだぜ?」 起き上がりアリオスに反論しようとした瞬間、手首を力強く握り締められる。 「あっ・・・」 じっとアリオスに見つめられて、アンジェリークは潤んだ瞳で彼を見つめることしか出来なかった。 「そんな瞳で男を見るなよ? ベッドの上では特にな」 耳元で甘く囁くと、アリオスは優しくアンジェリークをベッドに寝かせる。 彼がじっと瞳を覗き込むように顔を近づけてくると、思わず目を閉じた。 アリオスは、任務のためならどんな女とも寝る----- そんな噂話が、耳元に蘇る。 「じゃあな」 彼はそれだけを言うと彼女から離れ、テーブルの上の箱を持つ。 「この数日は楽しめ。仕事は入れない」 アンジェリークは黙ったまま頷くのがやっとだった。 アリオスの冷静な背中を見つめながら、彼を目線で見送る。 私はいつもあなたに振り回されている。 あなたはいつも冷静・・・。 ぎゅっと躰を抱き締めると、切なくなった。 さっきだって、拒否されているみたいで、嫌だった・・・。 あなたは私以外の女性なら誰だって抱けるのに・・・。 アリオスがいなくなって、アンジェリークは切なくてたまらない気分になった。 しばらく放心状態になってしまい、彼女は天井を見上げる。 ようやく落ち着き、アンジェリークは名物のクリスマスイルミネーションを見に行くことにした。 ひとりでゆったりと眺めるのも悪くない。 綺麗だな・・・。 木を見つめると、イルミネーションが輝いて、サンタクロースやトナカイなどの可愛い形が浮かび上がる。 カップルが多いせいか、つい隣にアリオスがいればいいと思ってしまう。 さっきも、あの格好で何にもなかったもの。 他の人ならともかく、誰とも寝られるアリオスさんに拒絶されたのは、相当私を嫌っていること? そう思うと心が重くなった。 アンジェリークはぼんやりと、イルミネーションを楽しみながら歩く。 「あんた、ひとりか?」 振り返ると、背の高い青年がアンジェリークに声をかけてくる。 「あ、あの・・・」 黒髪のよくいる印象のない青年だったが、このような『普通のこと』に余り縁のないアンジェリークは、戸惑ってしまう。 「おい。待たせたな」 急に背後から抱きすくめられると、その甘い声に真っ赤になる。 「…アリオスさん…」 彼は包みこむように、アンジェリークを抱きしめ、男をそのキツイ眼光で一蹴する。 「何だ男がいたのか・・・」 男が去った後、アリオスはアンジェリークから抱擁を解くと、その手を抱きしめる。 「ったく、おまえは無防備だな?」 「あ・・・」 「ほら、行くぞ?」 彼はそれだけを言うと、アンジェリークの手を引っ張り、光の渦の道に入っていった----- この素晴らしい夜を…。 あなたと一緒に過ごせるのが、嬉しい…。 |
コメント クリスマス創作です。 次は甘いシーンになるはずです。 なんたって、「特別」の日ですから。 |