特別なプレゼントなんていらない。ただあなたがいればいいだなんて、言い過ぎ? 白い息が凍りつく頃、街のディスプレイは白い色に変える。 何時も覗くレストランも、落ち着いた雰囲気のディスプレイに姿を変えていた。巷のように派手派手しいものではなく、シックで温かなディスプレイは、アンジェリークには好ましくすら思った。 何時もの特等席、グランドピアノがよく見える窓は、より心地が良い雰囲気を醸し出していた。 「あっ、スノウマンだ。可愛い」 イタズラに置かれたような可愛い木彫りの人形に、アンジェリークは心を弾ませた。 いつも窓越しから見る、素敵な大人の世界に迷い込んだ子供のように、スノウマンは見える。 まるで自分みたいだと、アンジェリークは思った。 窓越しに見えるピアノは、憧れと大人びた世界の象徴のようにアンジェリークには思える。 それを窓越しで見ている自分は、こっそりと大人の世界を覗いて、入れないでいる子供みたいだった。 ぽっつりとただひとりでいる小さな子供。それが自分だ。 雪が降り出したのも構わずに、アンジェリークはいつものように壁に凭れかかり、夢を見ている。 もうすぐ、最高のコンサートが始まる。 この窓際はアンジェリークにとっては、特等席だった。 窓の向こうに行くには敷居が高すぎて、アンジェリークには相応しくないぐらいの高級な場所過ぎて、子供過ぎて行くことは出来ない。 アンジェリークはマフラーをぐるぐる巻きにしてこの場所にいるのが、一番相応しいような気がした。 だが、いつかはレストランの特等席にいられればと思う。 憧れの席はピアノの前。 ピアニストにリクエストが出来る場所。 そこはいつも”御予約席”になっていて、アンジェリークはどんなひとが座るのかといつも想像してしまう。 いつか自分も、あの席でピアノを聴くことが出来ればと思う。アンジェリークにとっては、今はそれが最高の夢だった。 モノトーンが似合いの青年が、いつものようにピアノ前に座る。 銀の髪と精微な顔が見惚れるぐらいに素敵なひと。アンジェリークの憧れのひとだ。 話したことはない。 だが綺麗な指先で奏でられるピアノの音色を聴けば、どれほど素晴らしいひとなのか直ぐに解る。 じっと見つめていると、一瞬、青年がこちらを見ているような気がした。 硝子で出来ているかのような翡翠と黄金が対なす瞳が、こみらを見ている。 大きく胸が高鳴った。 青年はフッと綺麗な笑みを浮かべると、指を鍵盤に滑らせる。 「あ…、”クリスマス・ソング”だ…。綺麗にアレンジされている」 アンジェリークも馴染み深い”クリスマス・ソング”が宝石のようなアレンジで奏でられている。 しっとりとした透明の音に、アンジェリークはうっとりと聴き入った。 「あっ!」 軽いテンポの”ウィンターワンダーランドに取って変わられ、今度はしっとりからわくわくする気分になった。 クリスマスは楽しいといった雰囲気に、アンジェリークは踊り出したくなった。 何時もここのピアノで癒されて、元気を貰っている。アンジェリークはいつしか同じリズムを取って、寒いのに温かな気分になっていた。 何時もリハーサルは同じ時間に二曲だけ。 これを聴くことが、アンジェリークにとっては幸福なこと。 毎日の潤いだ。 今日も二曲終わり、青年の小さなリサイタルは終わりを告げた。 行ってしまった後、アンジェリークは拍手をして絶賛をする。 飾られたスノウマンもどこか嬉しそうだ。 「お前はひとりで寂しいよね? 今日のチケット代代わりに、お前の友達を創ってあげる」 アンジェリークはにっこりと笑い、積もる雪の綺麗なところだけをかき集めた。 それを使って小さなスノウウーマンをひとつ創ってやる。スノウマンが寂しくないように。 「出来た!」 アンジェリークは自分でもまんざらでないと思いながら、スノウウーマンをスノウマンと向かい合わせになる場所に置いてやる。 「仲良くね?」 アンジェリークはにんまり笑うと、雪だるまの行く末を甘く見守った。 アンジェリークが立ち去った後、銀色の髪をした青年が出て来た。スッと整った笑みを口許に浮かべている。 煙草を綺麗な指で挟みながら、先ほどアンジェリークがいた場所に立った。 スノウマンとスノウウーマンを窓越しでくっつけてしまう。 「俺はこっちに気付いて貰いたかったんだけどな」 青年は苦笑すると、おかっぱ頭の小さな天使の人形に愛おしげな視線を送った。 翌日はクリスマスイヴ。 今夜はファミリークリスマス。 その前にリハーサルの音を聴きたくて、アンジェリークはレストランの前に来ていた。 「あーっ!」 いつもの窓際に立つと、昨日のスノウマンとスノウウーマンが仲睦まじくしている。しかも唇をこつんとつけあって、キスをしているではないか。 思わず笑みが漏れた。 「熱いことしているのに、とろけなかったんだね」 幸福な気分で笑っていると、窓に貼られているプレートに気付いた。 ”予約席” 「ここに誰か来るのかな?」 小首を傾げていると、雪を踏む音がした。 「そこはお前が毎日リザーブしている場所だろ?」 低くてよく通る声に思わず振り返ると、そこにはあピアニストがいた。 白いカッターシャツを乱して着ている姿も、うっとりするぐらいに素敵だ。 鋤のないクールさに、アンジェリークはドキドキしてしまう。 「気付いていたんですか?」 「あんなにあからさまに見ていたら、誰だって気付くだろ?」 青年の声はよく通り、とても素敵な雰囲気を醸し出している。 アンジェリークが大好きな種類の声だ。 「来いよ。そこじゃ風邪を引く。お前にリハーサルをしてやるよ」 「うん、有り難う!」 興奮するような明るい笑みで一生懸命に言えば、クールさを取り払ってしまうような甘い笑顔を、青年は浮かべてくれた。 こんなにとっておきの微笑みはない。 笑顔に誘われて、アンジェリークは青年の後に着いて行った。 「そこ、座れよ」 青年が示した場所は、アンジェリークが憧れている”御予約席”だ。 「いいの?」 「オーディエンスはお前しかいねえだろ?」 「有り難う」 アンジェリークがぎこちなく椅子に座ると、青年もピアノの前に座った。 そこに置かれるアッシュトレイもストレートのウィスキーも、なにもかもがしっくりときている。 「クリスマスの曲、何かリクエストはあるか?」 「あっ! メリークリスマスミスターローレンスを!」 「オッケ」 青年は楽譜も置かずに、そらで引き始める。 音が奏でられた瞬間、背中がぞくりときたような気がした。 月光が差し込むような美しい音色を、青年は奏でてくれる。 余りに心に染み入る曲過ぎて、アンジェリークはいつしか涙を流していた。 曲が終わると、青年がピアノの蓋を閉じる。 すると、ゆっくりと青年はアンジェリークに近づいて来た その姿はまるで、神々しい光を浴びた騎士のように見える。 「お前、名前は?」 低い声できかれ、アンジェリークは素直に答えた。 「アンジェリーク」 「メリークリスマス、アンジェリーク」 囁く声で耳元で言う。まるで特別なことを言われているみたいだ。 「あなたの名前は?」 「アリオス」 アンジェリークは愛おしむようにその名前を受け入れると、そっと囁いた。 「メリークリスマスアリオス」 ふたりはどちらからともなく抱き合い、触れるようなキスをする。 お互いが一番のプレゼント。 クリスマスから始まる恋物語。 ふたりの熱に、スノウマンもスノウウーマンも溶けていく。 ピアノの前と窓際は、これからずっとリザーブされる。 アンジェリークだけのために…。 |
コメント
クリスマスねたです。
ちょいと毛色の変わったものなどを。
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