*愛の願い*


 女の子は誰だって記念日が大好きだ。
 クールに装っていても、本当はこころの奥底では記念日を祝って欲しいと思っている。

 アリオスと出会った記念日が、もうすぐやってくる。
 出会ったのは、友人エンジュがアルバイトをしている“天使の庭園”。
 ここのカツサンドは、本当に神ではないかと思うほどに美味しい。
 しかも、最近ではガレットセットなるおしゃれなランチメニューまで登場し、アンジェリークは益々夢中になっている。
 カフェバー“天使の庭園”の話ではなかった。
 アリオスとの出会いの記念日だ。
 いつもからかわれてばかりで、最初はなんてふざけた男だと思っていた。
 だが今は違う。
 アリオスのいたずらっ子のような優しくて広いぶっきらぼうな心を知っているから。
 今では本当に大好きだ。
 毎日がスペシャルな記念日だと思っているが、特に付き合い始めた日は大切なのだ。
 この日はやっぱりデートをしたい。
 折角、アリオスと付き合い始めた記念日なのだから。
 アンジェリークは、アリオスにドキドキしながら電話をした。
 電子的なコール音に鼓動が高まる。
「はい」
「もしもし、アリオス? アンジェだけど」
「どうしたんだ?」
 誰かさんは相変わらずぶっきらぼうに呟く。
 それがほんの少しだけ癪に触る。
 アンジェリークは、アリオスに見えていないのを知っていながら、わざと唇を尖らせた。
「あのね、今度の日曜日に逢えるかな…?」
「日曜日?」
 アリオスが手帳を開いている音が聞こえる。
「朝からはビルの施主に逢わなくちゃならねぇから難しいが、昼過ぎなら大丈夫だ。…そうだな…、三時ぐれぇだな」
「だったら日曜日の三時に逢おうよ! 私、楽しみにしているから!」
「ああ。解った」
 忙しい建築家であるアリオスが、すんなりとOKしてくれたのが、アンジェリークには嬉しくてしょうがない。
「有り難う! “天使の庭園”で待っているから」
「ああ。解った」
 アリオスは何処か甘い声でそっと優しくて呟いてくれる。アンジェリークにはそれが嬉しかった。
「待っている間、食い過ぎるなよ?」
 アリオスはくつくつと笑いながら、アンジェリークをからかってくる。
「そんなことはしないもん」
「どうだかな」
「もうっ!」
 アンジェリークが拗ねるように言うと、アリオスは益々おかしそうに笑った。
「じゃあ切るな」
「うん、有り難う。おやすみなさい」
「おやすみ」
 アリオスが先に電話を切った後、アンジェリークも名残惜しい気持ちで電話を切る。
 いつもアリオスとの電話は短い。
 必要最低限の会話しかしない。
 アリオスは電話よりも、逢って話をしたいタイプなのだ。
 メールによるコミュニケーションも余り好きではないらしい。
 アンジェリークとの携帯電話でのやり取りは、こうしてデートの約束をしたり、突然誘われたりする時ぐらいだ。
 とにもかくにも、アリオスと付き合い始めた記念日にデートをすることが出来るのが嬉しい。
 当日はとっておきのおしゃれをしようと、アンジェリークは誓った。

 デートの当日は、親友レイチェルに見立てて貰った清楚なワンピースを着て、唇にはほんのりと色付くリップグロスを塗る。
 アンジェリークにしてはかなり背伸びをしたほうだ。
 今出来る最高のおしゃれをして、アンジェリークはカフェバー“天使の庭園”へと向かった。
 待ち合わせ時間よりも早く行き、名物のカツサンドと新しく出来たガレットセットを頼むのだ。
 店主のレオナード曰く、アンジェリーク以上に食べる女子はいないそうだ。
 自分ではそんなに食べているとは思ってはいないので、失礼だと思う。
「まあアンジェ! 今日は素晴らしく可愛いよ!」
 アンジェリークを見るなり絶賛してくれたエンジュに、少しだけ恥ずかしくなる。
 ガレットセットとカツサンドを注文すると、何処からともなくレオナードの声がした。
「大食い娘は相変わらずよく食うよな」
 レオナードは感心するように言うと、ひょいと厨房から顔を出した。
「普通です。レオナードさん、早く、とっときのカツサンドとガレットセットを作ってよ」
「はい、はい」
 カツサンドはジューシーなカツと野菜のハーモニーが何とも言えない美味しさだし、ガレットはそば粉で焼かれていて、添えられているオーガニックチキンと、オーガニック野菜のハーモニーが堪らないし、スープもかなり 美味だ。
 少しばかり遅めのランチにはちょうど良い。
 レオナードは直ぐに作りたてのカツサンドとガレットセットを持ってきてくれた。
「嬉しいよ! 有り難う!」
「アリオス来るまでじっくりと楽しめや」
「うん、有り難う」
 アンジェリークは、大好物のガレットとカツサンドを頬張りながら、最高に幸せな気分になる。
 本当に楽しい時間だ。
 食べ終わる頃には、大好きなひとがやってくるのだ。
 アンジェリークはしっかりと楽しんで食べた後、店の入り口を見つめた。
 もうすぐやってくる。
 もうすぐアリオスがやってくる。
 鼓動を撥ねあげさせながら、アンジェリークはアリオスを待つ。
 だが、アリオスはなかなか現れなかった。
 時計を見ていると、時間はどんどん過ぎて行く。
 携帯電話を覗いても、アリオスからはメールすら来ていない。
「アリオス…」
 1時間待つぐらいなら、我慢が出来た。だが、流石にバーが始まる5時を過ぎると、いくら気の長いアンジェリークでも、泣きそうになった。
 もう帰ったほうが良いのではないかと思った時、目の前に温かなホットチョコレートと、バターたっぷりのマフィンが置かれた。
「腹減り娘。腹に何かを入れたら、直ぐに落ち着くだろう」
 レオナードがフッと微笑む。
 その優しさに泣きそうになった。
「有り難う、レオナードさん」
 アンジェリークはホットチョコレートを飲み終わればここを出ようと思い、飲み干そうとした時だった。
 ドアから勢いよくアリオスが入ってくるのが見えた。
 よほど焦っていたのか、髪がかなり乱れているのが解る。
 アリオスはアリオスなりに一生懸命頑張ってここまで来てくれたのだ。
 そう思うと、泣きそうになるのを感じた。
「アンジェ! 済まなかった。連絡しねぇで。打ち合わせが長引いた」
 アリオスは息を乱しながら呟く。
 恐らくは連絡をする時間を惜しんでまで、ここに急いで来てくれたのだろう。
 それは嬉しかった。
 アリオスはアンジェリークの前に座ると、出された水を呷るように飲む。
「この埋め合わせはきちんとする」
 アリオスはアンジェリークに済まなさそうに言うと、そっと手を握り締めてくれる。
「…大丈夫だよ。こうして会いに来てくれて嬉しいよ」
 アンジェリークは緊張が解けたからか、涙が出てしまうのを感じた。
「アンジェ!?」
 アリオスは心配するように言ったが、アンジェリークは泣き笑いの表情を浮かべて見つめる。
「…だって嬉しくて…」
「だが、泣くには早いぜ?」
「…え…?」
 アリオスがレオナードに視線で合図を送ると、アンジェリークが大好きなご馳走がやってくる。
「…うそ…」
 思ってもみなかった展開に、アンジェリークは息を呑んだ。
「今日は記念日だろ? お前の大好きな」
 アリオスはフッとクールながらもこころの籠った笑みを浮かべると、そっと小さな箱を渡してくれた。
 アンジェリークがそれを開けると、天使をモチーフにしたペンダントが入っていた。
「アリオス…! 有り難う…」
 嬉しさの余り泣けて来る。
 こんなにも素敵な記念日は他にないとアンジェリークは思った。



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