夕方になって、幾分か湿気を含んでいるものの、風が吹き出して来て若干暑さが和らいで来た。 浴衣になるとちょうど良い涼しさだ。 シャワー浴びてさっぱりとしてから、アンジェリークは浴衣に着替える。栗色の髪は簡単にアップして、涼しさを演出している。 アリオスとこっそり秘密のデート。そう考えるだけで、アンジェリークはドキドキした。 震える指先で唇にはグロスを塗って、ほんのり桜色にお化粧している。 鏡を見ると、唇だけが「キスをして」とねだっているように見えて、少し恥ずかしかった。 母親に「いってきます!」と挨拶をした後、待ち合わせ場所の公園へと走っていく。 アリオスに会えると考えるだけで、落ち着いてはいられずに、ついつい駆け出してしまう。 待ち合わせの時間まではまだまだいうのに、ついつい走ってしまう。 アリオスが置いていくことはないというのに。 アリオスが先に行ってしまうことなど、ないというのに。 約束の場所には、アリオスがいる。姿が見えるなり、更にスピードを早めた。 「アリオス!!」 慌てるものだから、下駄に脚を取られてしまう。そのまま脚が絡んで上手く動かせないまま、アンジェリークは体勢を崩してしまった。 「きゃっ!」 お約束にもちゃんとアリオスが受け止めてくれる。それがアンジェリークにとってはうっとりすることで。 「ったく、いつも通りにおっちょこちょいだよなおまえは」 喉を鳴らしてアリオスが太く笑うものだから、アンジェリークは真っ赤になって拗ねた。 「急いだだけだもの!」 「はい、はい。笹を持って走ってくるなんて、おまえも相変わらずガキだな?」 アリオスが相変わらず意地悪なことを言うものだから、アンジェリークは腕の中で素直になれずに拗ねた。 アリオスから逃れるように、躰を捩らせてもがくが、肩に食い込む腕の力が強くなる一方で、アンジェリークは喘いだ。 「放して!」 「放してやらねえ。今夜はずっと付き合ってもらう予定だからな。覚悟しろよ? だから放せない」 「もう…」 結局はアリオスの腕の中のとろけるような甘さには逆らうことが出来ない。アンジェリークは溜め息を吐いて、抵抗するのを止めた。 「アンジェ、行くぜ。プラネタリウムが始まっちまう」 「うん!」 躰を放した後も、アリオスはしっかりと手を繋いでくれる。アンジェリークにはこれがとても嬉しかった。 絡み合った指先に幸せを感じながら、アンジェリークはアリオスにぴったりと寄り添って歩く。 「アンジェ、願い事は何をしたんだ?」 「まぁ、いろいろいろ…」 言葉を濁しながら、アンジェリークはごにょごにょと言う。アリオスはそれには愉快そうに笑ってくれた。 「どれ?」 「やだって! もうっ!」 アリオスはアンジェリークの隙を突いて、ひょいと笹を取り上げると、願い事が書かれた短冊を手に取る。 「もうっ! やめてよお!」 アンジェリークはアリオスから笹を取り戻そうとするが、身長差があり過ぎて、うまくいかない。 「何々、”アリオスのお嫁さんに早くなれますように…”」 それを読むなり、アリオスの表情は甘く揺れる。 イキナリ、木々の死角に連れ込まれたかと思うと、抱きしめられて深いキスを受ける。 キスをされながら、アリオスの手が浴衣の合わせ目から中に入り、敏感な脚をさすり始める。 「あっ…!」 アンジェリークは思わず声を上げずにはいられなかった。 「なあ…、プラネタリウムすっ飛ばして、ホテルに行って、今から熱くもりあがらねえか?」 アリオスの欲望に曇った声は本当に艶やかな響きを持つ。思わず従いたくなるほどの魔力が、そこにはある。 「ダメ…。プラネタリウムでお星様が見たいわ…」 声に艶を滲ませながらも、アンジェリークはアリオスにささやかな抵抗を試みた。 「おまえが笹に可愛い過ぎる願い事を書くからいけねえんだぜ?」 「…だって…ホントにそう願っているんだから…。だから願いを叶えるためにも、プラネタリウムには行かないといけないのよ」 アンジェリークの切実な声に、アリオスは苦笑せずにはいられない。 「解ったよ。おまえの我が儘を聞いてやる代わりに、今夜は解っているんだろうな?」 「…うん」 素直に返事をしたものの、後でアンジェリークはふと思う。結局は、アリオスのほうが我が儘を言っているのではないかと。 上手くまるめこまれたかと思うが、今夜はロマンティックな星祭りなので、甘くて激しい夜も素敵だと思ってしまった。 プラネタリウムはイベントのせいか、かなりごった返している。やはり、ロマンティックを求める恋人同士というのは同じことを考えるようだ。 アリオスが予め予約を取ってくれていたせいもあり、アンジェリークはスムーズに中に入れる。 浴衣の女性もかなり多く、誰もが俄か織り姫になっている。 ふたりは席に座ると、ドーム型の天上に視線を上げた。 「とんなロマンティックなお話が聞けるのかしら」 「そうだな」 ゆっくりとあたりが夕焼けのようになってくる。 「皆様、着席をされましたか? これからは優雅に星空の散歩を始めましょう。あなたが本日一緒に来た、素晴らしいパートナーと、手を繋ぎ合わせてください」 アンジェリークとアリオスは言われた通りに、手をしっかりと絡める。 「しっかりと絡め合いましたか? それでは、星空の散歩を始めましょう。さぁ、段々と空が闇に包まれて来ました。最近、あなたが星 空を見たのは…、いつのことですか? 空が茜色から紫に変わり、あたりが暗くなった頃、星が沢山顔を出してきました。いつもの街のネオンは、皆様の愛でどこかに消えてしまったようです。明かりは恥ずかしがりやのようです」 何時もとは違う甘いナレーションに、アンジェリークも微笑まずにはいられない。天上を見つめると数多の星が堕ちてきそうなくらい輝いている。 アリオスとふたりで、この空を見るのが、とても幸せなことに感じる。 アンジェリークはロマンティックに浸りながら、アリオスに絡めた手をぎゅっと握り締めた。 七夕の夜に、とても素敵な星のランデブーを、アリオスとふたりでプラネタリウムで見ることが出来るのが、何よりも素敵なことのようにアンジェリークには思えた。 とても素敵なナレーションの中、年に一度しか会えない恋人星の話が展開される。 アンジェリークは、七夕の話はロマンティックだとは思うが、自分たちが”織り姫と彦星”は嫌だと痛切に感じる。毎日以上に逢いたいのに、一年に一度しか会えないのは余りにも切な過ぎた。 もし、自分たちがそんな立場だったら、泣いてしまうのに違いないだろう。 アンジェリークはいつしか”織り姫と彦星”の話を自分たちに擬えて、泣き出してしまう。 「おい、どうしたんだよ!?」 アリオスが小声で心配してくるが、アンジェリークの涙は止まるどころか激しくなってくる。 「ったく、どうしたんだよ? アンジェリーク」 「私とアリオスがあんな風だったら嫌だ…」 声を震わせながらアリオスに素直に言うと、彼は苦笑する。 「…心配するな。俺達がああやって離れることはねえから…」 珍しくもストレートな言葉のアリオスに、アンジェリークは泣きながら頭を肩にもたせ掛ける。 「ホントに?」 「ああ」 アリオスはしょうがないとばかりに、ぎゅっと抱きしめてくれる。アンジェリークは安堵の余り深呼吸をした。 握り合った手をより強く握りあって、ふたりはお互いに離れない事を確信する。 「織り姫と彦星も無事に会えたようです。ふたりの愛は離れていても永遠です。 数多の星々の中でたった一対の星が出会ったように、あなたがたも多くの魂から選び選ばれ、出会い、お互いを思いあったのです…。大切にしてくださいね…」 アンジェリークはアリオスをじっと見つめる。きっと何度生まれ変わって、アリオスと出会っても、きっと幾多の魂からアリオスを見つけられる。 アリオスもふとアンジェリークに視線を合わせてくれる。 どちらからともなく、アリオスと唇を重ねた。 甘いキス。 アンジェリークはきっとこの七夕の日を忘れないと思った。 ロマンティックなプラネタリウムが終了し、ぞろぞろとカップルたちが出ていく。誰もが甘い気分にひたり、幸せな熱気を出していた。 「星が綺麗に観られるところがある。着いてこい」 「うん!」 汗が滲んで絡み合うことなんて関係ない。アンジェリークはアリオスに腕を絡ませて、着いていく。 連れていってくれた場所は、アンジェリークもよく知っているホテルの一室。 バルコニィからは、アルカディアの街を一望できる。しかも最上階だ。 ふたりでバルコニィに出て、幾分か生温い夜風に当たる。 「ここまで高いと風も気持ちが良いね? 凄く空も近いような気がする」 「そうだな…」 アリオスは肩を抱いてくれて、一緒に空を見上げてくれる。アンジェリークは最高に幸せだった。 「今夜はここで飯を食って、七夕を祝うか。おまえのよれよれの笹もあるしな」 「うん…!」 笹を飾り、バルコニィに出してあるテーブルに着く。 アンジェリークはなんてロマンティックなのだろうと思う。 最高の七夕になったよ…。 しみじみと感激をしながら、最高の晩をふたりで楽しんだ。 夜、アンジェリークが満足して眠っているのを見届けた後、アリオスはそっとベッドを抜け出して、短冊を手に取る。 ”いつまでも一緒にいられますように” それだけを記し、短冊を笹に括り付けた。 |
| コメント 七夕なので幸せな甘い創作を〜 |