Cocoa


 この頃寒くなって来たせいか、温もりが妙に恋しく感じる。
 アンジェリークは、街を行き交う仲良さそうな恋人同士を見る度に、羨望の眼差しを送る。

 私も…、いつかああやって温かなカップルになれたらいいな。相手を見つけないといけないけれどね…。

 アンジェリークは少しくすぐったく思いながら、重いドアを開いた。
「こんにちは〜」
「こんにちは、アンジェちゃん」
 甘いココアが飲みたくて、つい行きつけの珈琲館に入った。
 マスターのカティスもとても感じの良い紳士で、その雰囲気も気に入っていきつけにしている。
「カティスさん、ココアお願いします」
「ああ。いつものね」
 ニコリと笑って、カティスはココアを作り始めている。
 今日はとても寒い日のせいか、ほとんど、客が見受けられない。
 端に銀の髪をした、荷物を沢山持った男が、資料を片手にコーヒーを飲んでいるだけだった。
「今日はレイチェルは?」
「エルンストさんとデートなんだって。私はここでココアとデートよ。温めてくれるのは同じだもの」
「クッ…!」
 不意に吹き出し笑いが聞こえて、アンジェリークは思わず周りを見回した。
「悪ィ悪ィ…。ついな」
 吹き出した青年を睨んでやろうかと思ったが、直ぐにその気はなくなった。
 青年の笑顔が、屈託なくとても素敵だと感じたから。
 直ぐに真顔に変わった青年は、とても整った顔をしていた。男性にしては綺麗と言ってもいい。
「悪いな、そのフレーズ凄くいいって思ってな。あんた、写真を一枚撮らせてもらえねえか?」
「写真!?」
 アンジェリークが驚いてカティスを見ると、しっかりと頷く。
「アリオスはこれでも腕利きの写真家なんだよ。広告写真の第一人者さ」
 これにはアンジェリークも驚き、口をぽかんと開けるしかない。
「プロの方が私なんかを撮っても…」
 アンジェリークは少し当惑気味にアリオスを見つめた。
「あんたは充分フォトジェニックだぜ」
「私が…?」
「その独特の感性も良い感じだぜ。写真物語みたいなもには、その感性が活かされるぜ」
 アリオスの言葉に、アンジェリークは少し小首を傾げた。
「今度、モノクロームで写真物語を雑誌で連載するんだが、”ココアとデート”ってタイトルで、今、あんたを撮りたいが、かまわねえか?」
 アリオスの意外な言葉に、アンジェリークは驚いたように顔を向けた。
「私を…ですか?」
「ああ。あんた以外に、誰がいるんだよ。目の前のおっさんは写真物語には少し役不足だぜ?」
 アリオスと視線が絡み合った。その瞬間、アンジェリークは胸の奥に温かなものを感じた。

 何だろう…。胸の奥にほのぼのと温かいものを感じる。
 出会ったばかりのアリオスさんなのに、見つめ合うだけで温かく感じる…。

 アンジェリークは幸せを感じながら、少し頬を染めてアリオスを見る。
「…ちょっとだけなら…」
「サンキュ」
 一瞬、アリオスが見せてくれた微笑みが凄く素敵で、アンジェリークはまた見惚れてしまう。
 ほんの一瞬、視線が絡み合うだけなのに、それが度重なるにつれて、熱い思いは激しくなっていった。
「何も意識しなくていいんだぜ。ココアの旨さを感じていればいいんだ」
「…はい…」
 とは言うものの、やはりカメラを意識しないというのは嘘になる。
「おいカティス、ココアを練って作る様子を見せてくれ」
「ああ。ちゃんと買い上げろよ」
「解ってるって」
 アリオスがカメラを向けても、カティスはいつものようにスマートにココアを練り上げる。
 湯気が立ち上がる中、ココアを練るカティスの姿は、とても絵になるシーンだと、アンジェリークは思った。
 アンジェリークが熱心にココアが練られる様子を見ていると、何度かシャッターを切られる音が聞こえる。
 振り向くとアリオスが僅かに笑っていた。
「良い顔をするな、おまえさんは…」
「あ…」
 じっと見つめられていたかと思うと、アンジェリークは顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「凄く絵になると思いませんか? カティスさんがココアを練る姿って…」
「冬の風物詩で、写真としては面白いが、おまえさんほど絵にはならねえよ」
「あ…」
 ストレートに言われてしまうと、アンジェリークも恥ずかしくてしょうがない。
「ほら、もうひとつ出来たぜ。それはおまえさんにプレゼントだ」
 出来上がった熱々のココアを見つめながら、アンジェリークはニコリと微笑む。
「どうも有り難うございます…。おいしいココアをニハイも飲めるなんて、すごい幸せ」
 にんまりと笑ったアンジェリークの表情は何とも言えないほど愛らしくて、アリオスは思わずつられて微笑んでしまう。だが、カメラマンとしてシャッターチャンスは外すわけはなく、アンジェリークの最高の表情を写真に納めた。
「ちょっと休憩だ。隣に座っても構わないか?」
「どうぞ」
「サンキュ」
 アリオスが隣に座ってきて、アンジェリークは妙にドキドキした。何だか、心臓の音を聴かれてしまうのかと思うほど、ドキドキしている。
「俺にはコーヒーをくれ」
「ああ」
 カティスは返事をすると、コーヒーの準備を手早く始めてくれる。
「コーヒーをいれる姿も絵になりますね」
「…そうだな。この珈琲館全体がそんな雰囲気だもんな」
「そうですね。ひとりでいても居心地が良いですから…。ここにいると、時間を忘れてしまいますね」
「そうだな…」
 アリオスとアンジェリークはじっと見つめ合う。それは僅か数秒なのにめ関わらず、ふたりにはとても長い時間のように思えた。視線だけで、お互いを知るには充分の時間のように思われた。
 カティスがふたりが恋に落ちたと確信するには、充分過ぎた。
「写真が出来たら渡すからな。雑誌が出たときも連絡するから楽しみにしていてくれ」
「はい」
 アンジェリークはただアリオスだけを見つめる。珈琲館の落ち着く雰囲気が、自分たちのもののように思える。恋するふたりにはただの演出効果しかない。
 何か話したくて、アンジェリークは何度もアリオスの顔を見るが、意識をし過ぎて言葉では上手く伝え切ることが出来ない。
「…ココア…、凄く美味しいです…。心の奥まで温めてくれるような気がして…」
「だったらおまえさんは、ココアみてえだな…。心まで温かくしてくれる…。どれ味見」
 最初はココアを飲むのかと思っていた。しかし、アリオスがしたのは、甘いキスだった。
「……!!」
 余りにもの突然の行為に、アンジェリークは驚くことしか出来ない。
 アリオスがくれたキスは、ココアよりも甘くて、刺激的な味だった。
「…美味いな…」
「…あ…」
 上手く言葉が頭の中でまとまらない。アンジェリークは、真っ赤になりながらただ潤んだ瞳をアリオスに向ける。
「マシュマロみてえだな、おまえ」
 指先で頬をつんつんとつつかれた。
「…」
「ココアにはマシュマロは付き物だろ?」
 アンジェリークはうっすらと頬を染めながら、僅かに頷いてみせた。
「これからふたりでデートしねえか?」
 アンジェリークは頬を真っ赤に染めながら、小さく頷いた。
「ココア、のんじまったら行こうぜ」
「…はい」
 アンジェリークは胸をときめかせながら、一生懸命ココアを飲むものの、二杯目のココアはまだ熱くてなかなか飲むことが出来ない。
「…猫舌だから…」
「無理するなよ? 落ち着いて飲めばいい」
「はい」
 アンジェリークが一生懸命ココアを飲む姿を、アリオスは目を細めて眺める。
 アンジェリークが愛らしくてしょうがないというのが、視線に現れているようだった。

 無事にアンジェリークがココアを飲みきって、ふたりは自然と手を繋いで外に行く。
 先ほどまで”恋人”の存在なんて夢だと思っていたのに、今は横にいるのが嬉しい。
「-----名前をまだ聞いていなかったな?」
「-----アンジェリーク・コレット。みんな、アンジェっって呼ぶわ」
「じゃあアンジェ、めいいっぱい楽しもうぜ?」
「うん!」
 アリオスの優しい眼差しにアンジェリークは元気いっぱいに頷いた。


 ふたりが行った後、カティスは優しい」微笑みを浮かべながら、テーブルの後かたづけをする。
 ココアの缶を直しながら、とても幸せな気分になる。
「アリオスがあんなに光速に手を出したって初めてじゃないか…。ふたりはお似合いみたいだな…。このココアも、ふたりにとっては縁を結んだ”魔法のココア”になるんだろうな」
 そう思うと、カティスは嬉しくて、指先でココアの缶をついっと弾いた------

 THE END
 
コメント

実は年末から書いていたココアのおはなしです。
無事書けて良かった。
何だか、飲み物をテーマに、恋の話を書きたかったんです。





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