Spring Travel


 まだ、桜が見られる名所を目指して、アリオスに車で郊外まで出てもらった。
 栗と黒豆が有名な山里で、アンジェリークはお弁当をこさえてそれはご機嫌だ。
「まだ、桜は綺麗に咲いてるらしいぜ。今日が綺麗に見える最後の週末かもしれねえな」
「楽しみね!」
 アリオスが快適に運転してくれるものだから、車酔いをすることもなくて、とても心地良い。
 昼前に現地に到着し、アリオスは大きな観光用の駐車場に車を止めた。
「アリオス、凄いよ、まだ桜が綺麗に咲いている!」
「そうだな…。俺達の家の近くじゃ、もう散り始めているからな」
 眩しい光に、アリオスは目を眇ながら、サングラスをかけて、車から出る。
「ほら、来いよ」
「うん!」
 手をしっかりと引かれて、先ずは中心地観光をする。
「目的のお城跡にはね、レンタサイクルが便利なんだって!」
「近くに車を停められそうな場所がなさそうだから、それで行ったほうがいいかもな」
 アリオスは観光案内マップをきちんと見ながら言うが、アンジェリークの気持ちは他に行ってしまっている。
「あ! アリオス!! 凄く銀杏が安いよ! あ、黒豆も!」
 観光案内所に近い八百屋に、アンジェリークは目を奪われている。それをアリオスは苦笑しながら見つめた。
「おい、そんなのは後だ。先に自転車借りるぞ」
「やん、待ってよ!」
 アンジェリークは慌てて追い掛けて行き、アリオスの腕に手を絡ませた。
 観光案内所で自転車を借りて、先ずは中心街を探索。
「まだまだ桜は綺麗ね!」
「そうだな…」
 綺麗な桜の木ノ下を見つけ、ふたりはお互いに見つめて頷き合う。
「アリオス、お昼にしましょうよ」
「そうだな。先に食っていた方がいいからな」
「うん!」
 レジャーシートを敷いて、のんびりとお弁当。
 アンジェリークが気合いを入れたお弁当は、美味しそうなおかずがいっぱい。
 おにぎり、いなり寿司のご飯ものに、菜の花のおひたし、チキンの生姜醤油焼き、だし巻き卵、海老とブロッコリーの中華炒め、肉ゴボウ巻き…。デザートは苺だ。
「アリオスが好きそうなのを作ったよ。流石に大好物の、ラムシチューは入れられなかったけれどね」
「サンキュ。自然の中で食うから、きっといつもより美味いだろうな」
「いつもよりは、余計よ」
 ニヤリと笑ってアリオスはお弁当を食べ始める。お互いによく食べるせいか、沢山作った食事は、直ぐに無くなった。
「アンジェ、桜に感謝しろよ?」
「どうして?」
「桜がめしを美味くしてくれているからな」
「ひどーい、アリオス!」
 アンジェリークが頬を膨らませて怒ると、アリオスは喉を鳴らしてくつくつと笑う。ほんの少しだが、アンジェリークは恨めしく想ってしまった。
 綺麗にお弁当を食べ切った後は、ほんの少しだけ休憩。
 時間も余りないので、早速、城跡に向かうことにした。
「アリオス、待ってよ〜!」
「おまえの”ホビット”ペースに合わせてやっているだろうが」
「だいたい、アリオスが大き過ぎるのよ!」
 アンジェリークはむきになって自転車を漕ぐと、アリオスを抜かす。また直ぐにアリオスが抜かす。
 これを繰り返しながら、ふたりはサイクリングを楽しんだ。

「ここみたいだな…」
「そうね」
 目指した城跡は何もない、荒れた山だった。ここからは山登りをしなければならない。
 ふたりは自転車を裾野に置いて、山を登ることにした。
「凄い、きついね。こんなにきついとは思わなかった〜!」
 アンジェリークが息を上げながら登っていると、平然としているアリオスが苦笑した。
「日頃、運動不足だからおまえはダメなんだよ…」
「だって…」
 拗ねていると、アリオスが手を差し延べてくれる。
「ほら、行くぜ」
「有難う!」
 アリオスにしっかりと手を包み込まれて、アンジェリークはゆっくりと山道を登っていく。不思議と苦しくない。
 斜面が急なところは、しっかりと支えてくれるので、全く恐くなかった。
 何とか、アリオスの手を借りて、頂上まで達する。登りきった感動は、何とも言えないものだった。
 頂上からは、とても美しい風景が広がっている。
「…綺麗…。それに気持ちが良いわ…」
「そうだな」
 誰もいないふたりだけの世界になる。軽く唇を合わせて、アリオスの腕に包まれながら、アンジェリークは暫く心地良い風と、自然の美しさに、甘く酔いしれていた。

「登って良かったね」
「そうだな」
 帰りもゆっくりと自転車で中心街に戻り、そこからは、食いしん坊万歳な買い物タイムだ。
「アリオス、黒豆ソフトだって!」
「はい、はい。買ってやるから」
「わーい!」
 アリオスに黒豆のソフトクリームを買ってもらい、アンジェリークはほくほく顔で舐める。
「美味しいよ!」
「俺はいらねえ」
「美味しいのに勿体ないなあ」
 言った後、ほんの一瞬、アリオスの唇が重なった。余りにもの早業に、アンジェリークは驚いて頬を赤らめる。ほんの少しだけ、上目使いでアリオスを見つめた。
「美味かったぜ、アンジェ」
「もう! 恥ずかしいんだから…」
 頬を赤らめているが、アンジェリークはまんざらでもなかった。
 甘いソフトクリームを食べた後、いよいよ買い物タイムだ。
 黒豆のお菓子を買って、ほくほくとしているところで、アンジェリークは面白いものを見つけた。
「あ! アリオス! 見て、見て! タンタン牛乳だって!」
「タンタン牛乳!? なんか、飲んだらうんちくたれそうな牛乳だな。ジジィ臭くなりそうた」
 アリオスはわざと顔をしかめて、大袈裟な表情をする。アンジェリークはそれがまた可笑しかった。
「飲もうよ!」
「美味くなさそうなんだけれどな…」
 アリオスはぶつぶつと文句を言いながらも、結局は二本分牛乳を買ってくれた。
「美味しそう…」
 アンジェリークはうきうきしながら、牛乳を一気飲みをする。
「美味しいっ!」
「なんか、イマイチのような気がするが、飲んでみるか」
 アリオスはしぶしぶ牛乳を飲んでいたが、顔を見るとそれなりに美味しく感じているようだ。
「あー、俺、ジジィになりそ」
「ならないわよ。アリオスはいつだって素敵なんだからね!」
「サンキュ、アンジェリーク」
 観光案内所を出た後、例の八百屋に寄る。
「銀杏と黒豆を下さい〜!」
「あいよ!」
 それぞれ一袋ずつ買って、アンジェリークは満足そうに笑っている。それがまた可愛いらしいのだが。
「おまえはどちらかと言えば、”花より団子”だもんな」
「失礼しちゃうわね! そんなことないわよっ! ちゃんと桜を見に来たんですからね! 今日は!」
「はい、はい」
 アリオスの気のない返事に、アンジェリークは機嫌を悪くする。
「もう、アリオス、真面目に聞いているの?」
「あ、黒豆アンパンだってよ」
「どこ、どこ」
 急にアンジェリークは膨れっ面を引っ込めると、きょろきょろと辺りを見回す。その姿が、どこか滑稽で、可笑しい。
「ほら、あっちだ」
「わーい!」
 アリオスが指差した古びた店に、アンジェリークは吸い寄せられるかのように走っていく。
「ったく、しょうがねえな」
 アリオスは悪態をつきながらも、ゆっくりとアンジェリークに着いて行った。
「これにしよう」
 袋詰めになっている黒豆アンパンを、アンジェリークはいそいそとレジに持っていく。お小遣の入ったがまぐちを出してお金を払おうとしたら、アリオスが出してくれた。
「有難う…」
「食い過ぎで、腹を壊すなよ」
「うん!」
 更にアンジェリークの戦利品は増え、車に乗り込む頃には、荷物はかなり増えていた。
「疲れたか?」
「ううん…。楽しかった…」
 心地良い疲労に、アンジェリークは微笑む。
 またこうしてアリオスと遠出をしたい。
「…また、連れていってね?」
「ああ…」
 アリオスの精悍な肩に、頭を凭れさせながら、アンジェリークはゆっくりと目を閉じる。
 アンジェリークが手にした、最高の疲労は、夢の中でも幸せにしてくれた。
コメント

この間行った丹波旅行をモチーフにしました。
秋の方が美味しいものはいっぱいですけれどね。
八上城跡も、アリオスが一緒なら、アンジェリークは登るでしょうねえ。




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