すばらしき朝


 目覚まし代わりのラジオが鳴り始め、朝が来た事を伝えてくれる。
 今日も真夏日。気温は30度を超すようだ。湿度は55パーセント。聴いているだけでも、玉のような汗が出そうになる。
 だけどここは大丈夫。完全に気温がコントロールされているから。
 足を思い切り伸ばすと、温かな脚とぶつかった。
 休日の朝だと実感する行為だ。
 遮光カーテンと二重にかけられたレースのカーテン。わざと僅かに開けた隙間から、躍動感のある光が零れ落ちて来た。
 まるで映画のワンシーンに使えそうな、理想的な朝の光。これだけで雄弁に幸福を物語ってくれている。
 夏らしいビーチボーイズの懐かしいメロディがかかったところで、ラジオを切った。
 ビーチボーイズといえば夏。だなんて、誰でも考えてしまうことだろう。
 夏と言えばビーチだと考えるのは、きっと彼等の音楽による影響が大きい。
 だけどここは陽射しで肌をこがす心配なんてしなくていい。
 日焼け止めなんていらない。
 眩しい余りに目を細めることなんかもない。
 隣で寝ている同居人は、未だ夢の中。
 きっと幸せな夢を見ているに違いない。
 知り合った頃は、こんなに無防備な姿を他人に晒すひとではなかった。
 いつも神経を張り巡らせていた。
 朝は、ラジオの目覚ましなんて鳴る前から起きていたし、ずっと煙草を吸いながら、夜を明かすなんてこともあった。
 だけど、今はそれもない。
 お日様の薫りがするシーツに包まれて、優しい顔で眠っている。
 純白のシーツな波を形成していて、ご機嫌な海を思い出す。
 気温も湿度も、総てがコントロールされた世界。ここにも素敵な海がある。
 お日様の香りがする素敵な海に溺れるのは、とってもご機嫌なこと。
 こんな素敵な海もあるのだということを、みんなに教えてやりたい。
 溺れたって死なない海。
 ただ、お魚がいないのは残念。
 お魚と言えば、お腹が空いたのを思い出した。
 同居人を見ていると、まだ夢の世界に漂っている。
 これだから休日は少し切ない。
 いつもよりはたっぷり眠っていられるけれど、ごはんの時間が遅くなるのが難点。
 寝るのが大好きで、しょっちゅう横になっている私だけれど、やっぱりお腹が空くのは辛い。
 そのせいで、やっぱりこうして目が覚めてしまっている。
 腹時計は、ラジオの時報より正確。最近それを同居人も気付いてしまったみたい。
 お腹が空いてしまったら、そればかりが気になる。困ったもの。
 私は、牽制するように、同居人の鼻をふんと押さえてみた。
 起きない。
 私の手で鼻を抑えるぐらいで、窒息するようなやわな男じゃない。
 私の同居人は誰よりも強い牡なの。これは本当よ。
 つやつやとた銀色の毛並みも、優しく笑うと目を細めるくせも、全部が素敵。
 抱きしめてくれる時の優しさときたら、誰にも真似することなんて出来やしない。
 ほんのりとムスクの香りがする腕は、私だけの楽園。
 譲れないし、離せない。
 私がようやくたどり着いた天国よりも素敵な場所だから。
 もう一度、顔を覗きこんで、手で鼻を押さえてみる。
「…よせ…」
 眠そうな声が聞こえて、私を腕で追い払う。
 いくら寝ぼけて分別がつかないからって、それはないでしょう?
 私だって立派なレディなんだから。
 暴力はダメ。学校で習わなかった?
 私は少し離れて、傍観出来る位置に向かう。
 そうすると同居人には、うわかけを頭まですっぽりと被って、私に背を向けてしまった。
 全く子供なんだから。
 この分だと、まだ朝ごはんにありつけそうにない。
 もう一眠り出来そう。
 また手足を伸ばして、躰をピッタリとくっつける。
 熱いけれど、人肌は最高。優しく温かな気分になれる。
 ぴったりと寄り添って目を閉じると、安心して眠気が襲ってくる。
 うとうとまどろむには最高の環境。
 暑くもなく寒くもなく、きちんと気温がコントロールされている。
 灼熱になるアスファルトなんて関係ない、素敵な場所。
 揺れる陽炎に驚いて跳び上がる心配もない。
 ここなら大丈夫。
 私は最高の愛に包まれているから。
 シーツの海で手足を伸ばして思い切り伸び。なんて理想的なお昼寝場所なんでしょうか。
 お腹は空いているけれど、少し我慢して眠りましょう。お腹が空いて眠るのは、日常茶飯時だから。
 こっくりこっくりしていると、素敵な音がキッチンからする。
 私が大好きなママの音。
 ママがこの家にやってきてから、見違えるぐらいの幸せな場所になった。
 ママは大好き。
「アンジェ、ごはんよ!」
 可愛い声で呼ばれて、お腹が空いている私は、真っ先にベッドから飛び降りる。
「ほら、とっておきの朝ごはん」
 差し出されたお皿を見て、私はご機嫌な声を上げた。
「うんにゃん!」
 そう私は猫。
 キジトラのアンジェリーク。
 ご主人のアリオスが、大好きなひとの名前をつけてくれた。
 とっておきの名前だって、今は想っている。
 目の前の素敵なママと同じ名前だから。
 ママはアリオスととてもらぶらぶ。ホントに愛し合っているのが解る。
 私はふたりのそういう姿を見るのが大好きだ。
 美味しいごはんをたっぷり食べて、私はご機嫌に顔を洗う。
 こんなご機嫌な朝はない。
 たっぷりお腹を膨らました後、ホントに眠くなってきた。
 でも目を擦って、ママが朝食を作る姿を眺める。朝で一番好きなひとときかもしれない。
 同居人が起き出す頃、今度は私が代わりにベッドに入る。
 気持ちが良くてころんと寝転がってしまう。
 小さな私の世界。
 だけどそこは自由な極上のゲージ。
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にゃんこ視点です。




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