じっとあなただけを見ていました。 あなたがいれば何もいらないと思っていました。 だから、今まで「好き」と伝えられなかったことをいっぱいあなたに伝えたいのです…。 「アンジェ、支度は出来たか?」 「うん、ばっちり」 女王の騎士としてのアリオスも素敵だったが、今のアリオスも素晴らしく素敵だと思う。 沢山の「好き」が心の中から溢れてくる。 聖地を去る前の事前チェックをしているアリオスを見つめながら、想いが溢れてきて涙が出そうになった。 アリオス…、有り難う。 聖地を出たら沢山の有り難うを言おうとアンジェリークは心に決めていた。 女王は、守護聖や騎士よりもずっと早く退任しなければならない。大量のサクリアを短い時間で使わなければならないからだ。 アンジェリークの退任が決まったのは五日前。新女王の決定から一週間以内に聖地を離れなければならない。 アンジェリークの退任の準備も今ようやく終わったのだ。アリオスと共に。 退任が正式に決まってからは、心も躯も忙し過ぎた。 退任の際に考えたことは、愛人(こいびと)であるアリオスのことだった。 女王の騎士であるアリオスは、まだまだ充分な力があった。 「…アリオス…、貴方は聖地に残っても構わないのよ?まだまだサクリアがあるもの…」 アンジェリークが震える声で言ったとき、アリオスは黙っていた。 ただいつもよりも幾分か醒めた眼差しを向けてくる。それを正視することが出来ずに、アンジェリークは俯くことしか出来なかった。 アリオスと言えば、ただ黙ってアンジェリークの横を擦り抜ける。 胸が重苦し過ぎて息が出来ない。 アリオスは振り向くこともなくあっさりと新たな女王の下に向かった。 アンジェリークは謁見の間の隅で小さくなる。 肌を重ねた関係ではあるが、アリオスに自分に着いて行くことを強要させるわけにはいかない。アリオスの意思は自由なのだから、選択肢を与えてあげたかった。 「アリオス、私の代になっても勿論、女王を衛る騎士の地位に留まって頂けますね?」 自らが撰んだ女王陛下だ。アリオスには撰ぶ権利というものが発生する。誰が止められるというのだろうか。 女王がちらりとアンジェリークを見つめている。 沈黙が謁見室の中を厳かに包みこんできた。 「…畏れながら陛下、私には下界に降り、やらなければならないことがございます。元々は先の陛下の為だけにあるこのサクリアを、陛下の為にお使いすることは出来ません」 アリオスの凛とした声が厳かに謁見室に響き渡った。 今度は甘い喜びでアンジェリークは息が出来なかった。涙が溢れ、ただアリオスを見ることしか出来ない。そこには明らかに愛の煌めきがあった。 女王の表情が一瞬強張る。一瞬間後、静かに頷いた。 「…そうおっしゃると思っていました」 新女王は少し淋しげな笑みを浮かべる。それがアンジェリークの胸を切なくさせる。 「アンジェリーク陛下とのお話を何度も伺っていたので、その選択を嬉しく思います。…アリオス、アンジェリーク陛下とお幸せに」 「サンキュ。この泣き虫で鈍臭げな女をひとりにするわけにはいかねえからな」 アリオスは振り返り、アンジェリークを見つめてくる。涙でぐしゃぐしゃな顔をしながらも、アンジェリークはアリオスを見つめ返す。 「バカっ! 鈍臭くないわよっ!」 新女王の前にも関わらず、アンジェリークはアリオスに抱き着いていく。 「バカ、バカ、バカっ…!」 精悍で頼りがいのある胸を、アンジェリークはぽかぽかと何度も殴ってくる。 「こんな凶暴な女をどうにか出来るのは俺だけだろ?」 「凶暴じゃないわよっ!」 泣きながらぷっくりと頬を膨らませて拗ねる姿は、本当に愛らしい。 出会った時から、全く色褪せない天使がそこにいる。 「アンジェ、聖地を出る支度をしねえとな…」 「うん…」 ふたりは見つめ合うと、しっかりと手を握り合った。「邪魔したな」 「有り難う」 ふたりは新しい女王に軽く会釈をすると謁見の間から退出する。幸せでしょうがないアリオスとアンジェリークの後ろ姿を見つめながら、新たな女王はとても素敵な気分に浸ること出来た。 廊下を手を繋ぎながら、ゆっくりと進んでいく。 「これから忙しくなるな。聖地から離れた時の為に住む為に、色々と準備をしなくっちゃならねえからな 「うん…」 アンジェリークはしっかと頷いた。 そこからはかなり忙しく、あっと言う間に退任の日を迎えた。 この数日間、アリオスは相当な忙しさだった。女王が退任するまでの数日は時間の流れが変わらないため、その間にスウィートホームを見つけなければならないのだ。 「家は見つけた。まあ、ふたりでいるのも僅かだろうからな。それなりの家を見つけたぜ」 いつものように突然家の様子が映った3D映像を渡された。 そこは、以前アンジェリークが夢に見た家に似ていた。家は屋根裏を入れて三階建てで、緑の屋根に薄いクリーム色の外壁。子供が 遊べるように庭があり、果樹がいくつかある。洗濯物も沢山干せそうだ。 その上、家の中も素敵だった。使いやすい対面式キッチン、家族で寒い日に寛ぐことが出来るリビング。バスルームは親子でゆったりと入ることが出来る。寝室も広々とし、中央に置かれたベッドは背の高いアリオスとふたりで充分に眠ることが出来る。他にも子供部屋に出来る部屋がいくつもある。 「これだったら、沢山赤ちゃん産まないとダメじゃない…」 アンジェリークは嬉し涙で煙る瞳に笑みを浮かべてアリオスを見ている。 「手伝いなら喜んでしてやるぜ」 アリオスが背後から抱きしめてきてくれる。前に回された腕をしっかりと取ると、アンジェリークは唇に幸せの笑みを浮かべた。 「ほら」 何事もないかのように、さりげなくアリオスはアンジェリークにベルベットの小さなケースを差し出して来る。 「…これは…」 ゆっくりとケースを開けると、そこにはアンジェリークの瞳と同じ宝石がちりばめられた指輪がある。 「…アリオス…」 また涙がが溢れてくる。そのタイミングを知っているのか、アリオスの形の良い指が拭ってくれる。 「泣き虫」 「いつもアリオスが泣かすのよ…」 ふたりはお互いの想いを瞳に込めて見つめ合うと、唇を甘く重ね合わせた。 「アンジェ、愛してる」 その夜は聖地で一番甘い時間を過ごした------ 荷物もまとめ終わり、大きなものは総て運び終わった。小さなものだけ持って聖地の門を潜る。 レイチェルとエルンストも一緒だ。二組は、同じ地域に住むことが決まっている。 だがここからは暫くは別行動だ。 「じゃあアンジェ、またね」 「うん、レイチェル!」 元 女王とその補佐官はただの親友同士に戻って笑顔で手を振り合う。 同 じ地域に住むのだから、また会えるのだから。ふたりは永い時間共に暮らし合った時間を懐かしむように、何度も頷き合う。 「どうせ引越そばが冷めない距離だからな」 「うん」 解っているとばかりにふたりは頷く。 今までお互いに支え合って生きて来た。これからは、女王と補佐官としてではなく親友同士として、穏やかで楽しい日々を過ごすことが出来るだろう。 「車が用意してある。行こうか」 お互いの愛する男性に言われ、ふたりは頷く。 それぞれに車に乗り込み、聖地を後にした。 遠くなる聖地の門をじっと見送り、見えなくなってから、アンジェリークはアリオスに真剣に向き直る。 「アリオス、いつも有り難う。 今までも心の中でいっぱい、いっぱい有り難うを言ってきたけれど、これからはもっと有り難うをいっぱい、いっぱい言うね」 ずっと言いたかったことを、アンジェリークは今心の丈を込めて言う。 「アンジェ…」 アリオスの指が栗色の髪をゆっくりと梳いてくる。 その指先に、総ての思いがこもっていることを幹事、アンジェリークは目を閉じる。 …アリオス、ずっとあなたに頼ってばかりいたわね。 これからもふたりで支え合って暮らしていこうね… 眼差しが一瞬から見合う。 そこにあるのは愛情だけ。 もう主従関係も存在しない。 本当に愛し合う本来の姿に戻れたのだ。 ふたりは、は今、新たな一歩を歩き始めた。 ゆっくりと、確実に------- |
| コメント ふたりは一緒に退任。 エトワールは流れでこうなればいいなあ。 |