* あなたの身長は187cm。私の身長は162cm。その差は25cm。この身長差が、私たちの関係 1 車窓から入る光は、甘くて美味しい鼈甲飴色。さらさらとしていてどこか優しい。日差しが当たる場所は小春日和になっていて、この車両で一番の昼寝場所になっている。猫ならきっとそこから離れたくないだろう。 だからといって暢気に誰かの肩を枕代わりにするのは、全くどうかしていると思う。 どっかりとアンジェリークの肩に乗っかったのは銀の頭。重くて、肩が凝りそうだ。 私の肩は枕じゃないわよ。低反発でもなんでもないんだから…。 アンジェリークは、横で眠りこける男をちらりと見た。見つめる眼差しがどこか強張る。 いかにも色素が欠落した綺麗な銀色の髪に、光が注いで、まるでアポロンのように輝いている。 こんな綺麗な頭だって誤魔化されない。だが、少しだけ覗いた寝顔も、とても素敵だたものだから、余り強くは押し返せないのが、複雑な乙女心。初冬のときめき時間。 寝顔だけ見ると、氷のような容貌。鼻筋と唇が彫刻のようにすっきりと通った、なかなかお目にかかれないタイプの美形ではある。 でも、イタイケな女子高生の肩を、枕にすることはないと思うのよね。 アンジェリークは肺の中に堪った空気を思い切り吐いた。素直に、「すみません」と言えればいいのに。 素敵すぎて、何も言えない。 どこかときめいてドキドキする。鼓動が飛び出して一人歩きをしていた。 電車が派手なブレーキを立てて駅に止まった。アンジェリークの躰も男の躰も派手に揺れて、更に密着度が増す。 アンジェリークは声にならない声を上げ、本当に心臓が飛び出してくるの出はないかと思うほど、鼓動を早めた。 男の顔がもっと近いところにある。じっくりと見れば見るほど、なんて整った氷のようなような容貌なのかと思う。 掌に汗が滲むぐらいに、アンジェリークの気持ちを特に強く惹きつけていた。 今まではこんな気持ち経験したことがなかったのに。 その瞬間を例えるならば、モノクロームの映像が、突然、華やかな総天然色になり、息をしてスクリーンからリアルになって飛び出してきたような感覚。自分の時間が刻み始めた、そんな瞬間に思えた。 興奮して、ドキドキして、どうして良いのか解らない。 先ほどまではあんなに迷惑に思っていたのに、今はこの瞬間が固まってしまえばいいのにと思うぐらい。 恋をしたのか。それとも変になったのか。 アンジェリークは頭の中が混乱して、上手く自分の心の欲求が解らなかった。 こんな時には食べるのに限る。 アンジェリークは自分の心を落ち着かせる為の行動に出る。革の学校指定鞄から、こっそりと棒付きの可愛いキャンディを取りだし、それを口の中に放りこんだ。 だが、いつもはとっても美味しく思えるキャンディも、今日に限っては何の味もしない。石ころを入れているみたいだ。 アンジェリークの総ての感覚は、真横で眠りこける男に注がれていた。 『次は、約束が丘です』 普通電車はまたまったりと動き出す。アナウンスを合図に男の瞼がぴくりと動いた。 どんな瞳をしているのか。開かれるまでのほんの数秒の間、アンジェリークの期待は否が応でも高まっていく。煩く自分自身の鼓動が聞こえ、興奮のあまり生唾みたいなものまで飲み込んだりして。 これでは、AVに興奮している男みたいなものだった。もう軽蔑する資格はない。 男性にしては長い睫に縁取られた、形の良さげな瞳が、今まさに花開く。 『眠り姫』や『白雪姫』に出てくる王子様が、それぞれのお姫様が目を開くのを待っていた時の気持ちが、アンジェリークは良く判るような気がした。 「あっ…!!」 男の瞳は、ゆっくりではなく、勢いよくぱちくりと開いたので、アンジェリークは驚いて小さな声を上げる。 開かれた瞳は、オッドアイだった。黄金と翡翠が対をなし、冷静と情熱が影を作って交錯している。それはアンジェリークを見つめるなり、一瞬、揺らいだ。 綺麗、とっても綺麗。 アンジェリークは吸い寄せられるようにその瞳に見入り、陶然としていた。 「あ〜よく寝た」 突如、深みのある甘さの帯びた低い声が、男の唇から漏れる。明らかにアンジェリークが好きな声のトーンだった。 ミスター・パーフェクトが、こんなところに落ちているなんて、人生は判らないものだ。 アンジェリークが、男の動きに注視していると、アンジェリークの肩から躰を離し、思い切り伸びをした。 急に軽くなった肩に、少し寂しさを覚えた。同時に、横にいる青年がとても眩しく輝いて見える。 「肩、こっちまったな、こんなところで寝ちまうなんて」 小さく呟く男に、肩を凝ったのはこっちなんですけれどと、思わず言いたくなった。 横で小さくなりながら、ちらちらと男を見る。 堂々とした風格に、決して同世代の男の子たちに感じない胸の高まりを感じた。 ちんまりと躰を縮めて土儀間機していると、青年の切れるような眼差しが、アンジェリークの向けられた。 僅かに細められた眼差しに、アンジェリークはドキリと胸が鳴る。じっと見つめられて、青年を正視出来なくなっていた。 電車が『約束の丘』駅に滑り込む。同時に青年が立ち上がり、アンジェリークもおたおたと立った。 そのままふたりして同じドアの前に立ち、降りる。 一緒に降りる事すらにも、こんなに緊張してしまうなんて。 外は青い寒さが漂っているのに、顔だけが異様に熱くて、寒さを感じない。 青年の後をひょこひょこと着いて、アンジェリークは改札に向かう。出口ですらも同じでなんて。 緊張しながら少し上目遣いで男を見ながら、アンジェリークは定期を自動改札機に通した。 改札機を通ったところで、男が立ち止まった。アンジェリークもつられて立ち止まると、流れるように男が振り返ってきた。 「甘いもんばっか食ってると虫歯になるぜ。気をつけろ」 「あ…」 そのまま精悍な背中を向けて、青年は雑踏に紛れていく。見えなくなるまで、アンジェリークはその背中から目を離すことが出来なかった。 闇から躍り出たような光を纏った青年に、アンジェリークは魂が揺さぶられる想いで目を細める。真っ直ぐと青年を見ていられないぐらいに、彼が眩しかった |