|
T THROUGH THE FIRE
いつから“恋”をしていたのか
そんな昔のことは判らない。
ただ、これを“運命”だとは、呼ばせたくない
夢を見ているかと思った。
瞳の色も、小さな唇も、髪の色も、話している声ですらも…。
胸の奥底で眠る宝石と同じだった。
一目で、欲情した
殺せなかった。
殺したくなかった…。
誰にも汚して欲しくはなかった。
俺以外のものには
□□□
「ン…っ」
柔らかな日の光が、瞼の奥を覆った。
それに導かれるようにアンジェリークは、夢見るように瞳を開く。
その澄んだ瞳が現れた瞬間、青年は少なからず息を呑んだ。
強く、澄んだ光が、彼の心に何の躊躇いもなく入りこんな瞬間であった。
「あなたは…」
小さな甘い声。
声は彼を優しく穏やかに包み込んでくれる。
「アリオス…。ただの旅人だ…」
「アリオス…さん…? 天使…?」
朦朧とした意識の中でアンジェリークの瞳には確かにそう見え、彼女はかすかに呟くと、再び瞼を深く閉じた。
(天使様に逢えるなんて、私は何てついているんだろう…)
アンジェリークは心からそう思いながら、嬉しそうに口角を上げて、夢の世界に舞い戻っていく。
「うちのベッドかしてやるからさ! ほら、この子を運んで!」
人の良い夫人が、手を振ってこちらへと導いてくれている。アリオスは、その通りに歩きながら、ふと、腕の中で眠る少女の顔を見つめる。
(悪いが…、我はおまえの“天使”ではない…。おまえは、我にとっては、“獲物”だ…。エリスを復活させるための、絶好の…。
我はおまえにとっては“死神”でしかない…)
アリオスは、まだあどけないアンジェリークの寝顔を見つめながら、自分の心の中に入り込んできた”光“を、必死になって打ち消そうとしていた
□□□
(どうしてこんなに似ている…)
アリオスは、深く瞼を閉じているアンジェリークの寝顔から意識を外すことが出来なかった。傍らにあるロッドを観察しながらも、思いは、アンジェリークの姿へと行く。
次にアンジェリークが目覚めたのは、柔らかなベッドの上だった。
「…んっ…」
瞼が僅かに動いたのを感じ、アリオスは今まで見ていた“蒼のエリシア”を直ぐに横に置き、アンジェリークの側に駆け寄る。
ぼんやりと視界に移ったのは、先ほどの“天使”だった。
「…私…、天国に来たの?」
「バーカ、んなわけねえだろ」
頭がぼんやりとしてはっきりしない。アンジェリークは、答えを求めるかのように青年を見つめる。
「おまえ、疲れて休んでた所で火事に遭ったんだ。まだ、火事に遭ってからそんなに経っちゃいねえよ」
「あなたに助けてもらったのね? どうも有り難う…」
「おい、無理すんな」
起き上がろうとしたアンジェリークを、アリオスは慌てて制すると、そのままベッドの上に寝かしつける。まるで兄のように。
「そうか…。私倒れたんだ…」
彼女はしみじみと呟き、ふっと自嘲気味に笑うと、考え込むかのように僅かに俯いた。
(まだ何にも始まってないのに…。足手まといだ…、私…)
「おい?」
艶やかな、少し突き放したような声に呼ばれて、アンジェリークは顔を上げた。
翡翠の瞳が、興味深げにこちらを見つめている。
「おまえの名前は?」
「アンジェリークよ…。アンジェリーク・コレット」
その眼差しに吸い寄せられるかのように、アンジェリークは答えていた。
「 “天使”って意味の名前か…」
「分相応だけど」
少し照れくさそうにえ笑う少女の背中に光が宿り、アリオスは一瞬、羽根を見たのではないかと錯覚する。
(天使なのか…?)
彼の翡翠の眼差しを、そのイメージが眇める。
(天使が、墜ちた我の手にかかる…。それもまた“運命”か…)
「あなたは…?」
「さっき名乗っただろ?」
アンジェリークは小首をかしげて、少しすまなそうな表情で彼を見つめる。その表情が、また愛らしかった。
アリオスは、その表情に魅せられてしまう。
信念とは関係なく、本能で。
「ごめんなさい。命の恩人のあなたの名前を忘れちゃうなんて、どうかしてますね? もう一度教えて下さい」
「アリオスだ。俺は剣の腕を磨く修業の旅の最中だ」
「アリオス…さん?」
少し他人行儀で難苦しい響きが、アリオスは妙に気に入らなかった。少女には、温かい声で親しげに呼んでもらいたい。なぜかそこは譲れなかった。
「おい、俺は難苦しいのが苦手なんだ。その“アリオスさん”ってのは、止めてもらえねえか。“アリオス”と呼んでくれ、アンジェリーク。あ、それから敬語も止めてくれ」
アンジェリークにとってそれは新鮮な響きだった。
はじめて自分を“少女”として扱ってくれる大人の男性。
彼女の小さな心に、暖かな風が吹き込んでくる。
アンジェリークにとって、それは、甘いときめきであった。
「判ったわ。アリオス」
ふわりと微笑む笑顔は、とても試練を抱えているとは思えない。ただの少女の顔。
(俺にはない純粋さか…)
「おまえ、旅をしているって聞いたが、まさか一人で…」
これには素直にアンジェリークは頭を振ると、視線を窓の外に向けた。
「私が旅をしている理由は、ちょっと口には出せないことなの」
(だろうな…)
真の理由は自らが握っている。
こんな小さな少女が、自分に刃向って来るとは信じがたかった。
触れてしまうだけで、朽ちてしまいそうな身体で、一体何ができるのだろうかと、アリオスは疑問に思う。
「今は、仲間を探しているの…。この宇宙に散らばっている。その人たちが揃えば、ようやく、旅の目的が一歩前進するもの…」
真っ直ぐ前えを見据える瞳は、凛とした光を帯び、神聖で、冒せない空気が漂っている。先ほどの少女らしい眼差しとは違い、強さを感じた。
(これが…こいつに旅を託した理由か…)
小さな体からは、真っ直ぐで純粋な光が満ち溢れ、それは生気がみなぎり輝いている。
アリオスにとっては眩しいほどの光。
手を伸ばしても届かない光…。
アリオスは、余りにも眩しくて、アンジェリークに背を向けた。
「やっぱり…、その目的とやらは話せねえのか?」
「ええ。ごめんなさい…」
本当にすまなさそうに言う彼女の声が、彼の耳に入ってくる。
「話せねえなら仕方ねえか…。とは言っても、気になるな…。
どうだ? 俺は剣の腕も立つし、頭も悪くねえ 一緒にいても損にはならねえはずだ。どうだ? 俺が手伝ってやるってのは?」
翡翠の瞳が、護ってくれるかのように自分に降りてくるのを、アンジェリークは感じる。
(この瞳に護られたい…。縋りたい…)
それは心の奥からの渇望。
アンジェリークは初めて、誰かに縋りたいと思った。
小さな肩にのしかかるこの宇宙の危機の重圧を、目の前にいる青年なら、支えてくれるような気がする。
「いいの? 旅の目的は?」
「修行の旅なんて、あってないようなもんだ。おまえの仲間探しに言っても修行ぐらいは出来る」
優しい微笑だった。
それがアンジェリークには、“光”に思える。
煌く光に導かれるように、アンジェリークはゆっくりとアリオスに手を伸ばした。
「命の恩人のあなたが仲間になってくれるのは心強いわ…。よろしく、アリオス…」
「こちらこそ? アンジェリーク」
二人の手が今しっかりと結び合う。
決して、相容れない対極の立場にある二人の手が、絡み合い、結びつく。
魂ですらも、無意識に惹かれあう。
窓からは光が溢れ、二人の姿を神聖に輝かせている。
この瞬間、二人は互いを認め合った。
ねえ、アリオス。
私にとっては、あなたこそ“天使”だったのよ…?
銀の髪をした天使が、私に、救いの手を差し伸べてくれたのよ…。
|