星のパルス


(レオナード×エンジュ)抜粋
「あなたの影になりたい」

「拝受して下さいっ!」
「イ・ヤ・ダ」
 絶対本人が磨いてはいないだろう、磨き込まれたクルミ材の机を挟んで、エンジュとレオナードは睨み合いをしていた。
 育成にはどうしても光のサクリアがいるのだ。ここで引くわけにはいかない。
 エンジュは眉毛を10時10分の位置でひん曲げて、レオナードを威嚇している。
 対する光の守護聖も負けてはいない。もっこりとした筋肉質の胸を張って、堂々とエンジュを威圧していた。嫌みなぐらいに。
「拝受をするのが守護聖様のお仕事じゃないですか!!」
 エンジュはブレスレットをレオナードに突きつけると、まだ空になっている光のジェム部分を指さす。
「アァン? 今日は俺様の気が乗らねェの。そんなに欲しかったら、ジュリアスの所に行けばいいんじゃねェの? 解ったら、帰った、帰った」
「ジュリアス様の所に行ったら、お小言50分では済みません…。だから、その…」
 エンジュは困ったように口ごもる。悔しいが、目の前の不遜な守護聖のほうが、よほど時間の節約にはなる。ついこの間ジュリアスの所に拝受に行き、がさつさについて散々注意を受けたのだ。
「まァ、ジュリアスのお小言の内容は、訊かなくても解るわ。じゃあな、エンジュちゃあん」
「あ、待って下さい!」
 手をひらひらとふりながら私室に向かおうとしたレオナードの肩を、エンジュは強引に掴んだ。
「いてェな! バカ力!!」
「何でそんなにご機嫌が悪いんですか?」
 エンジュは唇を尖らせると、レオナードを睨み付けた。全く訳が判らない光の守護聖様だ。
「アァン? お前が胸に手を当ててよ〜く考えて見ろや!」
「私は善良なエトワール。聖獣に誓っても、悪いことは一切しておりません」
 エンジュは悪びれることもなく、いけしゃあしゃあと言ってのけた。
「アルフォンシアが泣くぞ! コラァ」
「アルフォンシア餅つかない」
「つくか!!」
 ふたりはまた、『ハブとマングーズ』のように睨み合う。どこからが、『ガルルル』と威嚇の声すらどこかから聞こえて来そうだ。
「この間の水魚食堂のこと覚えてねェのかよ!?」
 レオナードのこめかみがひくひくと痙攣し、眉間に深い皺が刻まれている。そんなことで怯むエンジュではなかった。
「あらら、あんな事を根に持たれてるなんて、守護聖様、度量が狭いですわ、オホホ」
 エンジュはわざとレオナードの神経を逆撫でるように言い、とどめとばかりに調子の狂った笑いを浮かべた。
「俺様は食いたかったんだ! あれで最後だったんだからなァ!」
「どうして鰻丼ごときでそんなに怒るんですか。信じられない〜」
「あの時、お前はちゃんと別のもんを注文しただろうが! カルビクッパを食ったら、普通は腹一杯だろうがァ!」
 レオナードはかなり呼吸を荒げて怒っている。こんなことで怒るだなんて本当に度量が狭すぎる。
「だって育ち盛りだもん〜」
「誰がだッ!」
 売り言葉に買い言葉。全く、レオナードと話していると、ぽんぽんテンポ良く、良くない言葉が出てくるものだ。遠慮なく話すことが出来る、唯一の存在かも知れない。
「あの鰻丼の鰻は貴重だったんだァ!
言っておくがなァ、温かい水辺で育まれた貴重な鰻丼だったんだっ!それをお前が、俺が少し席を離れているスキに食っちまうんだからなァ!」
 全く大人げない。子供そのものだ。エンジュは深い溜息を吐いた。
 確執は先週のセレスティアデートから続いてる。ふたりして遊びまくってお腹が空いたので、水魚食堂に寄ったのだ。エンジュはカルビクッパを頼んで豪快に食べたのだが、それでも足りなくて席を外したレオナードの鰻丼を盗み食いをした。だが間が悪いことに、それがラスト鰻丼だったのだ。
 後は、レオナードの言った通りに、たった一杯の鰻丼の為に、執務を放棄しようとしている。
「鰻丼ごときで仕事しないなんてっ!」
「鰻丼をバカにするな! 鰻丼を笑うヤツは、鰻丼で泣くんだ!!」
 まるで小学生レベルの喧嘩だが、ふたりにとっては大問題だった。睨み合いが朝まで続きそうな勢いだ。
「そんなに鰻に拘るって、レオナード様はアリオスさんが好きなんだ」
「はァ? どうしてンなとこでアリオスが出てくるのよ。ホント、お前、訳解んねェ」
「あの鰻、アリオスさんが小さい生命体の時に命を育んだ場所で採れるって、レイチェル様が」
 言ってはいけないことを言ったのか。レオナードは気分が悪くなったとばかりに、口を押さえた。
「アイツは鰻か!?」
「そんなこと言ったら、あの長い剣で斬られちゃいますよ」
「おまえが悪い!!」
 レオナードは大きく深呼吸をすると、諦めたように力を落とした。もう疲れたとばかりに、ゆったりとした自分の椅子に腰掛ける。
「お前と話してたら頭痛いわ。体力がいる」
「褒めて下さって、有り難うございますっ!」
「いいや、褒めてねェって」
 レオナードはまた大きな溜息を吐くと、一瞬エンジュの横顔を見た。神妙な顔をしたので、胸がドキリとしたが、レオナードは直ぐにまた疲れたような表情になった。

(アリオス×コレット)
「おまえがすべて」

 銀に輝くスキットル、惑星オフィアスの高山で採れたミネラルウォーター、そして、アンジェリーク・コレット  
 以上が俺のお気に入り。

   1

 絹のように柔軟な光が降り注ぐ午後に、コトは起こった。
 準休日である土の曜日も、聖獣宇宙の聖地中枢には、仕事は山ほどある。
 アリオスも『アンジェリークといられる』理由だけで、一肌脱いでいる。本当は抜目ない補佐官に『手伝わされている』のが正しいが。
 今朝、使命を終えてようやく聖地に帰って来れたというのに、疲れを取る暇もなく、これだ。
 まあ、ひとりでいてもつまらないし、傍にアンジェリークがいないのも、やはり寂しい。
 だからこうして、ご苦労なことでも手伝っている。ただし、ほんの少しばかり手を抜き、アンジェリークを見つめられる特権を手にしているが。
「しかし、こうやっていると、大人っぽく、女王らしく見えるのが不思議だよな」
 アリオスは補佐官に見つからないように手を休めると、ぽつりと呟いた。
 子猫が極上の昼寝場所として選ぶような日溜まりが、女王執務室に出来ている。アリオスは、その気持ちの良い特等席に腰掛けて、じっと女王を凝視していた。
 執務に真摯に取り組み、女王としての職務を全うする姿は、凛としている。
 その出で立ちを例えるならば、『臈長けた美女』という言葉が相応しい。とどのつまりは、慎ましくて気品があり、おいそれとは手を出すことが出来ないお姫様のこと。実際には手を出しているが。
   あくまでそれは女王としての評価である。アンジェリーク・コレットとしての素顔の評価は、これとは大きくかけ離れているような気がする。
 試しに上げてみれば、『おっちょこちょい』『お人好し』『単純』『怒りっぽくて些か気が強い』『ボケてると思えるぐらいのんびり屋』『大食い』…。全く、上げればきりがないぐらいに、どんどん上がってくるので、これぐらいにしておきたい。
 ともかく、アンジェリーク個人においては、『臈長けた美女』なんて言葉は、正直言って似合わなかった。
「そこがまたいいところなんだけれどな」
 アリオスはまたじっと、凝りもせずにアンジェリークを見る。執務をしている女王を見るというのは、実に良いものだ。全く飽きないと言っても良い。
 青緑の瞳はいきいきと生気に溢れて輝いているし、白い首筋は清らかな色香と執務への情熱が溢れている。
 何一つ足りない物なんてない、幸せな午後。黄金色の時間。
「ちょっと!! 何、手を休めてんのよ、アリオス!!」
 補佐官の容赦ない、言葉と視線の厳しい攻撃に、アリオスの『午後の幸せ』は音を立てて崩れおちた。
「アンジェを見ている間に、イッパイやることはあるんだからね!」
 口から火焔放射をしそうな勢いでレイチェルは言うと、綺麗に整えている両眉をキリリと上げる。
 途端に分厚い紙の音が大きく響き、アリオスの目の前は、アンジェリークが見られるどころか、紙しか見えない状態になってしまった。
「これを全部やって頂戴! アナタが関わった使命のデータだから、きちんと目を通してよ! これが終わらない限り、日の曜日の休みはないと考えて頂戴!!」
 全く、なんて補佐官だ。さぼっても、さぼらなくても、このような結果になっただろうが。
「ちょっと休憩しないレイチェル?余り根を詰めていると、滅入ってしまうわ」
 歌を歌うような発音で、アンジェリークは言い、席から立ち上がった。
「そうダネ」
 レイチェルも同意し、一旦仕事の手を休める。
 アリオスも立ち上がると、ふとアンジェリークの目線と自分おそれが絡んだ。
 『ごめんね』と、アンジェリークの唇が言葉を形作る。声がないのに唇が言葉を刻むのは、なんと官能的なのか。
 熱い想いが躰を突き抜け、アリオスは喉の渇きを感じた。思わずお気に入りのスキットルに入った液体を思い切り飲み干す。
 今、愛用をしているのは、アンジェリークにプレゼントして貰った銀色に輝く丈夫な物。
 その中には惑星オフィアスの高山で採れたミネラルウォーター。味は申し分ない。最近特に気に入って飲んでいるものだ。
 喉を鳴らして潤した後、大きく息を吐いた。肩の力が抜けるぐらい美味しい水だ。
「あ〜!!」
 突然、アンジェリークの目敏い声が執務室に響き、アリオスは反射的に躰を浮かせた。
「何だよ!」
 驚いたのを知られたくなくて、アリオスはわざと虚勢を張るような鋭い声を出す。
「何、飲んでるの?」
「何って、ただの水だ。お前が美味いって言ってた、オフィアスの水!」
 全く、食べ物や飲み物には敏感なだけある。敏感と言うよりも、美味しそうな物なら何でも欲しがってしまうアンジェリークなだけはある。
 まるで目の前にニンジンをぶら下げられている馬のように、アンジェリークは鼻の穴を愛らしく広げて(あくまでアリオス基準)、きらりと興奮気味の瞳を向けてくる。
「美味しそう、頂戴!!」
「はあ!?」
 アリオスはまた始まったと、苦虫を噛み潰したような顔をわざとする。全く、アリオスの飲んでるものや食べてるものは、アルコール以外は何でも欲しがる娘である。
「アルコールじゃないわよね? アリオスはここでは飲まないし」
 まるで子犬が飼い主に甘えるようなつぶらな瞳を向けて、アンジェリークは手を組んでいる。眼差しには期待が溢れかえっていた。
「ただの水だ」
「だったら、頂戴!!」
 一度言い出したら聞かない。特に口に入れる物ならば。
 そのうち、拾い食いでもしてお腹を壊してしまうのではないかと、実際にハラハラする。一度、アルカディアでデートをした時、白いキノコを食べて、酔っぱらったこともあるので、絶対にないとは言えないのである。
「アリオス、飲みたい〜」
 甘ったるい猫なで声で言われてしまえば、もう従うしかない。アリオスは仕方がなく、スキットルを差し出した。
「わ〜い!!」
 全く『臈長けた美女』が泣く。ここにいるのは、女王ではなく、アンジェリーク・コレットの素顔だけだ。
「有り難う、アリオス!」
 アンジェリークはご機嫌そうにスキットルに口づける。知ってか、知らぬか、アリオスと全く同じ所に口づけた。
「あ〜、間接キス!!」
 背後で黙々と仕事をしていた補佐官レイチェルが、大声で指摘してくる。冷やかし半分、愛情半分といった感じだ。
 その途端、アンジェリークの耳から白い胸元にかけて、真っ赤になった。全く、間接キスどころか、それ以上のことをしているというのに、アンジェリークの純情さというのは国宝級だ。アリオスは、そんな少女のままの瑞々しさを持つアンジェリークが好きなのだ。
 アンジェリークは、レイチェルの声で少しむせかえったが、何とかそれを押し留めたようで、気を取り直して水を含んだ。
 喉がコクリと鳴る。アンジェリークの喉が動くだけで、妙に艶めかしく感じた。
 喉が動くなり、アンジェリークの瞳が爛々とする。まるでアルコールでも飲んだように、瞳にうっすらと艶のある膜が張る。
 アリオスはひとつひとつの動きを詳細に見た。アンジェリークのどんな些細な瞬間でも見逃したくはなかったから。
「  うひ?」
 スキットルから唇を離すと、アンジェリークは何だか酔っぱらったような声を出した。
「おい、アンジェ?」
 アリオスは嫌な予感がする。アンジェリークの様子がいつもよりはおかしい。
 まるで子供のような透き通った笑みを浮かべると、アンジェリークはアリオスに抱き付いてきたのだ。
「アリオス〜! 大好き〜!!」
「おいっ!!」
 アリオスは全く訳が判らなかった。アンジェリークはだだっこのようにアリオスに抱き付き、ごろごろ喉を鳴らして甘えてくる。
 先ほどまで、あんなに生真面目に仕事をこなしていたのに、それが信じられないほどの態度だ。
「おい、アンジェ」
 名前を呼べば、呼ぶほど、アンジェリークはアリオスに甘えてくる。密着すれば、密着するほど、アンジェリークの華やかな香りが鼻を掠めて、頭の中が沸騰状態になりそうだ。それを何とか、押し止めて、アリオスはアンジェリークの背中を二、三度、ぱふぱふと叩いてやった。
「ちょっと、アリオスっ! アンジェに何やったのよ!!」
 恐ろしい眼光で睨みつけてくるレイチェルは、まるで怪獣のように口から炎を吐いているように見える。それぐらい、恐ろしい顔だった。
「俺は何もしてねえ!!」
「嘘仰い!!」
「あ・ん・だと〜」
 全く弁解しても通じる相手ではない。だがいつもの癖で、つい応戦してしまう。これでまた休みなし決定だ。全く頭が痛い。




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