〜優しい愛の宿る場所〜


 中つ国での執務を一段落させて、千尋は、アシュヴィンの待つ常世へと向かった。
 中つ国と常世の往復をする日々ではあるが、充実しているお陰で余り疲れは感じない。
 だが、ここのところ少しだけだが体調が悪い。
 狭井の君には、顔色が悪いから常世には行かずに休みようにと言われたが、それではアシュヴィンに逢えなくなってしまうので、無理を押して常世にやってきたのだ。
「千尋様!」
 千尋の姿を見るなり、女官たちが嬉しそうに駈け寄ってきてくれる。アシュヴィンと過ごすのはひと月に十日もないが、それでもこちらの女官たちはいつもかいがいしく世話をしてくれる。
 気の合う女官も多いので、千尋は常世でも快適に過ごしている。
「まあ、王妃様、お顔の色がお悪いようですよ。少しお休みになって下さい。陛下はまだ帰ってこられませんが、必ず還ってくるからと、ご伝言を頂戴しています」
「有り難う。ね、リヴも一緒なの?」
「はい」
「それは心強いね」
 リヴがいれば安心だ。
 千尋はホッとして、ゆったりとソファに腰を下ろした。
 常世と中つ国の宮殿近くとは繋がっているから、行くのにそんなに苦労はしないのだが、それでも疲労は隠しきられない。
「姉様!」
 千尋の到着の知らせを受けたからか、弟のシャニが元気よく千尋の元にやってきてくれた。千尋にとっては、本当の弟のような存在だ。
「シャニ! 元気にしていた? 久しぶりだね!」
「姉様に会いたかったよ。いつも兄様が姉様を独占してしまうから、ぼくの出番はないからね。今のうちにお話をしようと思って」
「そうだね」
 千尋は、シャニの言葉に、思わずはにかんだ笑みを浮かべてしまう。
 アシュヴィンとふたりきりでいると、甘いふたりきりの時間をお互いに欲するせいか、殆ど、宮殿の奥の私室に籠もりきりになってしまう。
 アシュヴィンが千尋を放したがらないというのも原因ではあるのだが。その間は誰も近付くことが出来ない暗黙の了解があるせいで、弟のシャニすらも近づけなかった。
「姉様、少し顔色が悪いんじゃない? だけど、いつも以上に優しい表情になっているよ」
「本当に? だけど顔色が悪いって、あっちでも言われているんだよ」
 千尋が苦笑いを浮かべると、シャニに微笑みかける。
「そうだ。姉様の為に、美味しいチャイとお菓子を用意したんだよ。なんだかとても珍しいらしいんだ」
「本当に! 嬉しいよ! どうも有り難う」
「どういたしまして。だって、兄様が帰って来るまでは、寂しいでしょう? 姉様も」
 シャニの笑顔と言葉に、千尋の胸はじんときてしまう。
 こうして家族として気遣ってくれるのが、何よりも嬉しかった。
「女官から聞いたんだ。姉様と兄様の夫婦は珍しいんだって。普通は偉くなると、愛情のない結婚をするらしいんだけれど、兄様と姉様は本当に愛し合って結婚したって」
 シャニは本当にこころから羨ましそうに千尋を見つめ、微笑んでくれる。その表情がとても愛らしくて、千尋は思わず目を細めた。
「そうだね。私とアシュヴィンは政略結婚じゃないよ、ちゃんと心が伴った結婚だもの」
「だから疲れてても、お互いに時間を作って過ごすんだね! 良いなあ、それって」
 シャニは夢見るように呟くと、笑みを浮かべながら千尋を見つめる。
「いつか。僕も兄様と姉様のような結婚が出来たらって思うよ。本当に良いなあ」
「出来るよ、シャニなら。素敵な愛し合える女性を見つけることが出来るよ」
「うん! そう思っているよ」
 シャニはしっかりと頷いた後、軽く会釈をする。
「そろそろ僕は行くよ。姉様、本当に顔色が余り良くないよ。だから、兄様がお帰りになるまで、しっかり休んでいてね」
「有り難う。そうするよ。何だか、眠くなってきたし。少し、吐き気がして、気分も悪いんだ」
 千尋はシャニに正直に話すと、躰をソファの上に横たえる。
 その姿を見たシャニは、心配そうに眉根を寄せて千尋を見る。
「本当に大丈夫なの? 姉様、薬師を呼ぼうか?」
「大げさだよ、シャニ。本当に大丈夫なの。ただ、アシュヴィンが帰ってくるまでは、少しゆっくりさせて貰うよ。ごめんね」
 千尋はシャニに心配させないように微笑みかけると、シャニはしっかりと頷いた。
「姉様、しっかりと休んでね。だけどこのままだと風邪を引いてしまうからこれをかけて寝てね」
 シャニは上掛けを持ってきてくれると、千尋の躰にそっと掛けてくれた。
 こうして気遣ってくれるのが嬉しい。
 シャニのことを本当の弟以上に可愛いと思っている。
 ずっと一緒にいたいと願う、かけがえのない家族のひとりだ。下の兄弟がいない千尋にとっては、本当に待望の弟でもあった。
「有り難う、シャニ」
「うん。じゃあゆっくり休んでね。姉様」
「有り難う」
 シャニが行ってしまうと、千尋は軽く溜め息を吐きながら、目を閉じる。
 このままうとうとと微睡んでいたい。本当に気持ちが良くて、気分が悪いことすら忘れてしまう。
 このまま千尋は夢の中へと漂い始めた。


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