前編
玄徳と婚儀も終えて、花は幸せな時間を過ごしている。 戦もなくなり、今は平和で安定しているといえる。 玄徳も今までよりもずっと重い職務を賜っているから、忙しさはかなりのものになってきている。 戦をしていた時よりも、ある意味忙しいのかもしれない。 だが政治的にはかなり安定をした、良い状態であるということが言えた。 そうなると浮上してくるのが、やはり跡継ぎのことだ。 政治的に安定し、結婚もし、重職にも就いた。 そうなると今度は、世継ぎということになるのだ。 ふたりに子どもがまだなのかと、俄かに騒がしくなってきている。 勿論、結婚したばかりではあるし、花もまだまだふたりきりの時間を楽しみたいとも思っているから、子どものことなどはなかなか考えられない。 それに子宝は神様の思し召しなところもあるから、意識してはいなかった。 それに新婚生活を楽しみたいということもあった。 花が孔明のお使いで、雲長のところに竹簡を届けに行く途中で、いつも世話をしている子どもたちと出会った。 「おねーちゃーん!」 「皆!」 花が笑顔で声を掛けると、子供たちもまた笑顔で駆け寄ってきた。 「お仕事中?」 「そうなんだ。また、後で遊ぼうね」 「うん」 子供たちの中で、女の子がじっと花のお腹を見つめて来た。 「どうしたの?」 花が女の子と視線を合わせると、小首を傾げてこちらを見た。 「お姉ちゃんのお腹には、玄徳様の赤ちゃんはいないの?」 子どもの素朴な疑問に、花はつい顔を真っ赤にさせた。 「赤ちゃんはまだなんだよ。結婚したばかりだからね」 「そうなんだ。お母さんが、花様にそろそろ赤ちゃんが出来るんじゃないかって、言っていたから訊いたんだよ」 「まだ結婚したばかりだからね」 花がにっこりと微笑みながら答えると、女の子は頷いた。 「そうなんだ。お姉ちゃん、赤ちゃんが出来たから教えてね」 「うん、解ったよ」 花は女の子に約束をすると、子どもたちの前を後にした。 いよいよ雲長の部屋に差し掛かろうとした時、花は顔馴染みの兵と会った。 「軍師殿!」 「こんにちは、お仕事ご苦労様です」 花が挨拶をすると、兵は嬉しそうに微笑んでくれる。 「軍師殿もご苦労様です。仕事は大変そうですね」 「大丈夫だよ。それに、師匠から見たら、私はまだまだ見習いだからね」 「お子様がお出来になったら、大変なのではないですか?」 兵は本当に心配そうに言ってくれている。確かに大変だが、これはまだまだだ。 「まだ結婚したばかりだし、もう少し師匠の下で修行をしなければならないと思っているよ」 「そうですか…」 兵は少し驚いたような顔をした後で、あからさまにがっかりしたような表情をした。 どうしてこのような表情をしたのかが花には解らなくて、思わず小首を傾げてしまう。 「じゃあ行くね」 「はい、ではまた」 花は挨拶をした後、雲長の部屋に向かった。 「雲長さん、師匠から竹簡を預かってきました」 「有り難う」 花が竹簡を渡すと、ふと初老の武将が横にいるのに気付いた。 雲長の副官だ。 「花様、ご苦労様です。孔明様の下での修行は大変ではないですかな?」 「大丈夫です。まだまだ勉強しなければならないことが沢山ありますが、のんびりとやっていけば良いと思っていますから」 「そうですな。しかし、お子様がお生まれになっても、修行されるのですかな?」 また子どものことを訊かれた。 花自身は、まだまだ早いと思っているというのに。 「まだ結婚したばかりですし、赤ちゃんはもう少し先なのではないかと思いますが…」 花は流石に三回も訊かれると、不安にもなる。 こんなにも子どものことばかりを訊かれるのは、何かあるのではないかと。 「そうですか、では、もう暫くは修行をされるということなのですか」 武将は実に残念とばかりに言うと、がっかりした様子だった。 先ほどの兵といい、この武将といい、子どもは先だと答える度に、がっかりとする。 それの理由が花には分からなかった。 「じゃあ失礼します」 釈然としない気分で、雲長の部屋から出ようとすると、呼び止められた。 「花、後で孔明殿に訊いてみると良い」 「あ、有り難うございます」 花の不思議そうな表情に、雲長が気付いてくれたのだろう。 一部始終を話をすると、孔明ならば理由を教えてくれるかもしれない。 花は早速、孔明のところへと向かった。 お茶の時間、孔明は花の顔をじっと見つめて来る。 「何か訊きたいといったような顔をしているね」 「はい…、実は…、今日、三人から“赤ちゃんがまだ?”って訊かれたんですよね。結婚したばかりですし、赤ちゃんはまだ先だと思っているんですが…」 花が小首を傾げながら言うと、孔明は澄した顔をした。 「そりゃ当然だよ。君への玄徳様の寵愛ぶりはかなりのものだからね。寵愛が大きいということは、それだけ早く子どもが出来るだろうとみんな思うだろうしね」 孔明がちらりと意味ありげに見つめて来るものだから、花は真っ赤になった。 確かに玄徳には深く愛して貰っているという自覚はある。 だからこそ、花は恥ずかしくなる。 「…確かにそれはそうですが…」 「君の世界がどういうのかは知らないけれども、少なくともここでは、愛情の目安のひとつが赤ん坊だからね。玄徳様にあれだけ愛されているんだから、君に直ぐに赤ん坊が出来ると考えるのは、まともだと思うけれどね」 「はあ…」 孔明の言葉を聞きながら、花は思い当たる節があるように思えた。 「それに玄徳様のような地位になると、世継ぎ、後継者問題はかなり重大だからね。子どもを早く、そして沢山設けるのは普通だよ。そのために妾を取る男もいるぐらいだからね」 「…妾…」 妾と聴いただけで、花の心中は穏やかでなくなってしまう。 玄徳が妾を取って子どもを産ませたりしたら、それこそ切なくて苦しくてどうしようもなくなる。 そんなことは絶対に起こって欲しくはないと、思わず拳を作った。 「そんな深刻な顔をしなくても大丈夫だって。ただね、ここでは地位のある人間は、健康で頭の良い世継ぎを得る必要があるんだ。だからこそ、誰もがそろそろだと思ったんだろな」 「…そうですか…」 「それに、みんな、君と玄徳様の子どもたちを早く見たいというのも、あるんだろうね」 「…そうですか」 「うん。君はまだまだゆっくりとしたいだろうけど、民は君の赤ん坊を楽しみにしているんだよ」 「はい。だけど実感が沸かないんです。まだまだだと思っていましたから」 「うん。だけど、皆、玄徳様の子どもを楽しみにしているからね。君にはかなりの重圧だと思うけれど、君は君のままで、自然に任せるのが一番だと思うからね。それを玄徳様も望んでいると思うよ」 「はい、有り難うございます、師匠」 孔明と話していると、頭の中が随分と整理が出来たのは、助かった。 やはり相談相手には良い。 「ほら、仕事をするよ。まだまだ沢山あるから、休んでいるわけにはいかないからね」 「はい」 花は再び仕事に没頭する。 玄徳との赤ちゃん。 さぞかし可愛いだろう。 花は、赤ん坊の姿を思い浮かべながら、ほんのりと幸せな気分を味わう。 だが、期待が押しかかるプレッシャーからは逃れたかった。 ごく自然に子どもは得たいと、花は思っていた。 |
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