*風邪ひき*


 玄徳が珍しくも風邪を引いた。

 花が風邪を引くとかなり過保護になるというのに、いざ自分が風邪を引くと、無頓着になる。

 風邪でも休めないぐらいに、重要な仕事をかなり抱えているからだろう。

 州牧であるがゆえしょうがないのではあるが、それがまた、妻としての心配事でもある。

 今朝も玄徳は洟を啜ったり、咳をしたりしている。かなりひどいようにしか、花には見えなかった。

「玄徳さん、風邪は酷いんじゃないですか? かえって休まれたほうが、後々仕事は捗るのではないですか?」

 花は心配でしょうがなくて、つい玄徳の額の熱を測る。

 するとかなり熱いように思えた。

「玄徳さん、かなりおでこが熱いですよ!」

「大丈夫だ…」

 大丈夫だというそばから、苦しそうにしか見えない。

 花は益々心配になる。

「玄徳さん、仕事は皆で何とかしますから、ゆっくりと休んで下さい」

「しかしな…」

 民への責任感を誰よりも感じている玄徳は、首を縦に振ろうとはしない。

 玄徳の気持ちは最も近い場所にいる者として、痛い程よく解っているつもりだ。

 だからこそ、花は、玄徳を休ませてあげなければならないと思う。

 そうしなければ、もっと酷い状態になるのは目に見えていたからだ。

 そうなれば倒れてしまい、一日寝るぐらいでは済まなくなるぐらいは解っていた。

「玄徳さん、ここは素直に従って頂けませんか? もし倒れでもしたら、大変です。その場合には、今お休みになるよりも、ずっとずっと時間がかかってしまうんですよ。お分りですか?」

 花はつい母親のようにお説教をしてしまう。

 どうしても、芙蓉姫のようになってしまうのは、ご愛嬌といったところだ。

「おふくろか芙蓉みたいだな…」

 玄徳は苦笑いを浮かべながら花を見る。

 だが、いつものような力は全くと言って良いほどになかった。

「…玄徳さん、このままお仕事に行ったら、能率が悪くなって、かえって迷惑になりますよ!」

 花は強気に出る。

 それは玄徳をそれほどまでに大切に思っていることの裏返しであるのだが。

「…本当にお前は強くなったな…」

 玄徳は何処か嬉しそうに言う。

「それはそうですよ。強くならなくっちゃ。私は玄徳さんの奥さんですから」

「そうだな」

 玄徳は納得をしたように頷くと、笑みを零した。

「玄徳さん、私にはいつも無理をしないようにっておっしゃいますけれど、玄徳さんこそ無理をされないようにして下さい。この州にいる民も、軍にいる民も、総て玄徳さんを頼りにしているんですから。勿論、私もです」

 花は力強くかつキッパリと言うと、玄徳を見た。

 玄徳には余り無理をして貰いたくなかった。

「解ったよ。花には負けたよ。今日は休むことにする」

 玄徳は根負けをしたとばかりに頷いた。

 花もようやくホッとして、玄徳を抱き締める。

「今日一日はゆっくりと休んで下さいね。明日からまた、玄徳さんには頑張って頂かないといけませんから」

「そうだな…」

 花は玄徳を支えて、かいがいしく寝台に連れてゆく。

 いつもと逆。

 だからこそ、しっかりとお世話をしたいと思った。

「師匠のところに行って、おやすみのことを伝えてきますね」

「頼んだ。有り難うな」

 花は玄徳をきちんと寝かせてから、孔明の元へと向かった。

 

 玄徳はひとりになり深々と溜め息を吐いた。

 花の怒った顔を思い出し、つい微笑んでしまう。

 玄徳の妻になってから、花は益々美しくなり、しっかりとしてきた。

 恐らくは良い州牧夫人になり、良い母親にもなるだろう。

 玄徳は想像しただけでついにっこりとほほ笑んでしまう。

 今日は特別に休暇を貰ったような気持ちで、1日をすごそうと思う。

 玄徳は、気分が余り優れないのにもかかわらず、幸せな気分だった。

 

 孔明が何とかしてくれると言ってくれたので、花は安心して房へと戻ってきた。

 玄徳には、今日はゆっくりと休んで貰うつもりだ。

 のんびりとして貰おうと思っている。

 花が室に戻ると、玄徳はホッとしたように眠っていた。

 額に手を当てると、熱い。

 花は布を冷たい水に浸した後、それを玄徳の額に置いてあげた。

 気持ち良さそうに、ホッと溜め息を吐いた玄徳の頬に、花はそっと触れる。

 いつも守って貰ってばかりいるから、たまには、自分で玄徳を守ってあげたいと思う。

 守り、守られるのが夫婦であると、花は思っているからだ。

 玄徳が目覚めるまで、花はずっとそばにいてあげたかった。

 玄徳の手が、まるで花を求めるかのように揺れている。

 その手を、花は受け止めて、しっかりと握り締める。

「…玄徳さん…そばにいますから…。ずっとそばにいますから…」

 花がそっと囁くと、玄徳もまた、花の手を離したくはないとばかりに、しっかりと握り締めてきた。

 息が出来ないぐらいに、ときめいてしまう。

 同時に、母性本能がくすぐられて、花は大きな愛情で玄徳を包みたくなった。

「…花…」

 玄徳は花を探すかのように名前を呟く。

 本当に守ってあげたくなる。

「玄徳さん、ずっとそばにいますから、大丈夫ですよ」

「花…っ!」

 求めてくれている。

 魂の奥底から。

 花は全身で玄徳を包み込んであげたいと思った。

「…寒いんだ…、花…。温めてくれないか…」

 玄徳のうわ言に、花は心配になる。

 額に手を当てると、かなり熱かった。

「…寒いんですか?」

「ああ…」

 玄徳の言葉に、花は抱き合って眠れば、温めてあげられるだろうかと思う。

 そのまま花は玄徳の寝台にそっと潜り込んだ。

 ただ寄り添って眠っていれば、きっと温まるだろうから。

 花は玄徳を抱き締めると、そのまま寄り添って眠った。

 

 玄徳は温もりを感じながら、ゆったりと目が覚めた。

 先ほど、熱が上がってしまい、そのまま意識が遠のいていき、いつの間にか眠っていたようだった。

 だが、今はとても心地が良い。

 本当に温かくて、驚く程に気持ちが良かったからだ。

 ふと隣を見ると、そこには愛する者が眠っていた。

 ゆっくりと眠っている寝顔はとてもあどけない。

「花…有り難うな…」

 玄徳は甘く囁くと、花の額に口づけた。

 甘くてロマンティックな口づけを贈り、玄徳はしっかりと抱き締める。

 こうしていると、風邪なんて吹き飛んでしまったようだ。

 じっと花の寝顔を見つめていると、花がゆっくりと目覚める。

 その様子を見ていると余りにも綺麗で、玄徳はついうっとりと見惚れてしまった。

「…あ…、玄徳さん。具合は如何ですか?」

「大丈夫だ。心配してくれて、有り難うな。もう、随分と良くなったから」

「良かったです…!」

 花が喜びの余り、玄徳に抱き着いてきた。

 流石にここまでしっかりと抱き着かれて、躰を密着させられると、男としてはかなり厳しい。

 この状態であれば、花をこのまま躰ごと愛してしまいたい。

 玄徳は、欲望が湧き上がってくるのを我慢が出来なくて、花の唇を奪った。

 深く唇を奪いながら、玄徳は花の服に手をかける。

「玄徳さんっ、あ、あのっ!」

 花が焦っているのにもかかわらず、玄徳はそのまま続ける。

「…ふたりで抱き合えば暖かいからな…」

「ひ、ひとが来たらっ!?」

「大丈夫だ。心配するな」

 玄徳はさらりと言うと、花をそのまま愛し始めた。

 

 結局、この時、しっかりと汗をかいたのが良かったのか、玄徳は風邪を完治した。

 しかし花が逆に寝込むことになり、誰もが予想通りだと言ったのはいうまでもなかった。

 



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