*風邪のあと*


 花の疲労からきていた風邪がかなり良くなっているというのに、玄徳はまだ仕事をさせてはくれない。

 ただでさえ今は人手不足で、本当に花のような猫の手を借りたいほどの忙しさだというのにだ。

 簡単な手伝いだけでも、花はやりたいと思っているが、なかなかそうはいかないようだ。

 玄徳は特に忙しくて、休みを取る暇すらないというのにだ。

 花は、玄徳に休みを貰いに行く為に、執務室を訪ねることにした。

 勿論、仕事をしている玄徳を労う為に、簡単な食事を作ってきた。

 ワンタンの皮のようなものに、野菜と肉を入れてスープで煮たものだ。熱々が美味しいから、熱いうちに運べるようにと、花は一生懸命頑張った。

「玄徳さん、花です。今、よろしいですか?」

「花か…。入ってくれ」

 精悍でとても魅力的な玄徳の声を聞きながら、花はうっとりとした気分で部屋の中に入った。

「こんにちは」

「よく来たな、花」

 玄徳は仕事の手を休めて、フッと甘い笑みを浮かべてくれる。

 そこには仕事中の厳しさはなく、むしろ甘さだけが滲んでいる。

「陣中見舞いに、スープを作って来ました。どうぞ」

「ちょうど腹が減っていたところだ。有り難うな」

 玄徳はまるで少年のように微笑んで、花を見つめてくれる。甘さの含んだ笑みは、花を幸せにしてくれた。

「…花、有り難うな」

 玄徳は、一旦、仕事の手を置いて、花が作った食事を食べてくれる。

 仕事中の厳しい雰囲気ではなく、どちらかといえば甘いふたりきりの時の雰囲気だった。

「旨い」

 玄徳は力強く言うと、本当に美味しそうに食べてくれる。

 玄徳の様子を見ているだけで、花は幸せな気分で目を細めた。

 食事の後、玄徳は真直ぐ花を見つめる。

「花、どうしたんだ?」

「え?」

「俺に改めて言うことがあるから、こうしてここまで来たんだろう?」

 玄徳は総てをお見通しとばかりに、甘さと辛さの含んだまなざしを花に向ける。

 玄徳は何もかもお見通しだ。

 花が頭を撫でて欲しい時も、花が抱き締めて欲しい時も、花がキスをして欲しい時も…、総て。

「…花…」

 玄徳は掠れた声で囁くと、花の手をそっと握り締めた。

「…花、俺に何か頼み事があるのではないのか?」

 玄徳は、花の手の甲を親指でマッサージをするように優しく撫でながら、呟いてくれる。

「…そろそろ、お仕事をさせては貰えませんか?」

 花がお伺いを立てるように言うと、玄徳は厳しく目を細めた。

「…花…、まだ完全に良くなってはいないだろう?」

「玄徳さんは大袈裟なんですよ。もう、すっかり元気ですから。玄徳さんの少しでもお役に立ちたいなあって思って」

 花は曇りのない瞳で、玄徳を真直ぐ見つめる。

 すると玄徳は、諦めたとばかりに溜め息を吐いた。

「本当に大丈夫なのか?」

 玄徳は念を押すように、花に言うと、その手をギュッと握り締めてくる。

 その強さには、玄徳の愛情が沢山込められていた。

 愛されている。

 花はそれを全身で感じて、嬉しかった。

「大丈夫ですよ。熱もありませんし、こんなにも元気なんですから」

「だが、俺は一度お前を無理させ過ぎたと思っているから、もう二度とそんなことはさせたくない」

 本当に玄徳はとことんまで愛してくれている。それが花には幸せで嬉しくてしょうがなかった。

「玄徳さん、本当に大丈夫ですから、気にされないで下さいね」

「ああ。しかし…」

「大丈夫ですから…」

 花は向日葵の花よりも明るい笑顔を浮かべて言うと、玄徳の手を握り返した。

「玄徳さんのお手伝いをしっかり頑張ります」

「…花…、本当にお前は可愛い過ぎるというか…」

 玄徳は花の腕を掴むと、いきなり自分の膝に乗せて抱き締めてしまった。

「あ、あのっ!?」

 いきなり膝に乗せられて抱き締められ、花は甘い緊張をする余りにドキドキしてしまう。

「あ、あのっ、玄徳さんっ!?」

「花…、嫌か?」

 花は耳まで真っ赤にしながら、首を横に振る。玄徳は甘く笑うと、花に顔を近付けて来た。

「…こんなことをしていると、芙蓉に怒られるかもしれないな…。“玄徳様、嫁入り前の娘になんてことをするんですかっ!”ってな」

 玄徳は甘くからかうような口調で言うと、花に顔を近付けてきた。

 息が唇に触れるだけでドキドキする。

 玄徳に抱き締められて、こうしてキスをされる。

 キスをしているだけでもこんなにドキドキしてしまう。

 息苦しくて、花はいつもくらくらしてしまう。

 だが、それでも幸せなのだ。

 うっとりとしてしまうぐらいに。

 玄徳のそばにいられるだけで、花は幸せだった。

 唇がしっとりと触れ合う。

 玄徳は、唇を音を立てながら吸い上げて、そのまま舌を捩じ込んでくる。

 舌を絡めるのも、ようやく出来るようになってきた。

 だが、まだまだぎこちないことは、花も充分に解っている。

「…花…」

 玄徳は掠れ気味の声で花の名前を呼ぶと、更に強く抱き締めてくる。

「…玄徳さん…、あ、あのっ、お仕事は…」

「今は休憩時間だ…」

「私もまた、仕事をしても良いですか?」

 花はどさくさ紛れに訊いてみると、玄徳は苦笑いを浮かべながら、一旦、花から離れた。

「ああ。仕事に戻るのにあたって、ひとつ条件がある」

 玄徳は花に優しいまなざしを向けてくれる。

「…花、以前のように無理はするな。後、お前にはもう一つ仕事が増えるから、それもやってもらわなければならない」

「仕事…ですか?」

「ああ。本格的に婚儀の準備に入る。お前には、ここのしきたりとかを、堅苦しいかもしれないが、覚えて貰わなければならないからな」

 婚儀。

 花は驚いて玄徳を見る。

 胸が感動で震える。

 今までは正式にこのような話はなかったから、驚いてしまった。

「…良いんです…?」

「良いも何も、俺はお前以外の妻は持たない。お前としか結婚は考えてはいない」

 玄徳は何の迷いもないとばかりに、キッパリと言い切る。

 ふと玄徳は不安そうに花を見た。

「…お前は…どうなんだ?」

「私はとても嬉しいです。玄徳さんと結婚が出来ることは」

 花が自分な気持ちを素直に伝えると、玄徳はホッとしたように抱き締めてきた。

「だったら、婚儀の準備を早急に始めよう」

「はい」

 いよいよ玄徳と結婚するのだ。

 一人だけを愛すると宣言してくれたけれども、花はずっと不安だったのだ。

 だが、こうして、玄徳は妻にすると宣言してくれている。涙ぐみながら、花は嬉しさで震えていた。

「…有り難うございます、玄徳さん」

「俺こそ有り難うだ、花、俺はもうどうしても、お前を離すことは出来ないから…」

「玄徳さん、私ももうどうしても離れられませんから…」

「有り難う」

 玄徳に抱き締められて、背中をポンポンと叩いて貰う。

 なんて心地が良いのだろうかと、花は思わず目を閉じた。

「…花…、今日は仕事が早く終わって、少しだけだが休みが取れる。一緒にのんびりとしないか?」

 玄徳は頭を優しく撫で付けてくれる。

 なんて気持ちが良いのだろうかと、花は玄徳の胸に頬を寄せて甘えた。

「何だか、玄徳さんに沢山のご褒美を頂いたみたいで嬉しいです」

 花が笑顔で言うと、玄徳もまた優しい日の光のような笑顔を向けてくれた。

「こちらこそ有り難うな」

 玄徳は花の鼻にキスをすると、膝の上から下ろした。

「さすがにこれ以上はな…。続きは後だ」

「…はい…」

 花はストンと玄徳の膝から下りると、はにかんだ笑みを浮かべた。



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