この世界では、花は文字通りひとりなのだ。 だからこそ、花をいつも守って気遣ってやりたい。 総てを捨ててまでも、玄徳を選んでくれたのだから。 まだまだ悪阻の時期が抜けないせいか、花は時折、気分が悪そうにする。 病気ではないからと、花は気丈にも笑顔で過ごしている。 芙蓉を花には着けてはいるが、それでも不安は拭えないだろう。 花には玄徳しか本当の意味での家族はいないのだから。 甘えて欲しい。 頼って欲しい。 玄徳は心から思う。 無理をしなくても良いから。 総てを預けて欲しかった。 花は今日も皆の仕事を手伝い、孤児たちの面倒を見る。 無理しているのではないかと思い、時折、花を見に行く。 その様子を芙蓉が見て、くすりと笑った。 「玄徳様、分かりやすいですね。花が心配でしょうがないんですね」 「ああ。あいつは子供が出来ても頼る相手がいないからな。俺がちゃんと支えてやらないと…」 玄徳はほんのりと恥ずかしかったが、あっさりと認める。 「あの子は大丈夫ですよ。思ったよりもずっとずっと強いですから」 「そうだな。だけど脆いところもあるから」 花は、時折、寂しそうな顔をする。そんな顔をさせたくなくて、玄徳はいつも胸を痛めている。 花には切ない想いを出来る限りさせたくはなかった。 「花は幸せですね。愛しているひとにこんなにも思われているんですから…」 芙蓉は優しい笑みを浮かべる。 「あの子には玄徳様に愛される価値があるということですけれどね。逆を言えば、玄徳様があの子に愛される価値があった…。とも言えますけれどね」 芙蓉は意味ありげに玄徳を見つめている。 花は絶世の美女ではないが、人を引きつける要素を持っている。 現に多くの武将が花をそばに置きたがっていたのだから。 「…そうだな…。世間では、花が俺に選ばれたと思われているが、本当は花が俺を選んでくれたんだからな」 玄徳は清々しい笑みを浮かべながら、花を見た。 花は玄徳と芙蓉に気付くと、こちらに向かって手を一生懸命振ってきた。 本当に愛らしいと思う。 「本当に、花はもうすぐ母親になるとは思えないぐらいに女の子ですよね。素直な部分が上手く残っているというか。純粋なんですね」 「…そうだな…」 玄徳は微笑みながら、納得して頷いた。 「そのままでいて欲しいですね。花のようなお母さんだったら、私も嬉しいです」 「ああ。きっと子供は素直に育つ。その分、俺が厳しくしなければならないだろうな」 「そうですね」 花の話をしていると、温かい気持ちになる。 花がこちらに向かって走ってきる。 「ったく、走らないようにと言っているのに…」 玄徳は悪態を吐きながら、苦笑いを浮かべて花を迎える。 「花、あれほど走るなと言っているだろう?」 玄徳は苦笑いを浮かべながら、花の頭に軽く拳骨を押し当てる。 「…ごめんなさい…」 まるで小さな子供のように、花がしょんぼりとした。その姿が可愛いと思いつつも、玄徳は花を優しい気持ちで見つめた。 「まだ大切な時期だと、先生にも言われているだろ? 慌てなくて良いから、ゆっくりで良いから。俺は何処にもいかないから、安心して来い」 「はい」 花が嬉しそうに笑っているのが玄徳も嬉しくて、頭を優しく撫でた。 ふたりが笑顔で見つめ合うと、子供たちが走ってやってくる。 「玄徳様ー、お姉ちゃんにジャガイモのお菓子を貰ったよー。雲長様に教えて貰ったんだってー」 子供たちが、ふたりの周りでわいわいと騒いでいた。 花は笑顔で子供たちを優しい笑みを浮かべている。 綺麗だと思った。 良い母親になるだろう。 皇帝ですら花を、母親として慕っているのだから。 今度は本当の意味で母親になる。 花が自分の子供を生む。 それが嬉しくてしょうがない。 玄徳は、更に賑やかな幸せな雰囲気になるだろうと思う。 「あーあ、やってらんない! 玄徳様、仕事に戻りますね」 芙蓉は当てられてしまったとばかりに言うと、その場を立ち去る。 「ああ」 「芙蓉姫、またね」 「ええ。花、あまり無理しては駄目よ。あなたはいつも頑張り過ぎるから。あなたの赤ちゃんは、あなたと玄徳様の赤ちゃんだけではなくて、皆の赤ちゃんでもあるのよ。それを忘れないで」 芙蓉の言葉を聞きながら、玄徳はそう思う。 花のお腹の子供は、勿論、ふたりの子供ではあるが、同時にみんなの希望を抱いた子供でもあるのだ。 「うん、有り難う芙蓉姫」 芙蓉の言葉に、花は笑顔でしっかりと頷いた。 その笑顔がまた可愛いのだ。 「おねーちゃん! 無理しちゃ駄目だよ! だって、おねーちゃんの赤ちゃんは、とってもとっても大切なんだから」 子供たちも口々に言ってくれる。 ふたりの子供はなんて多くのひとたちに愛されているのだろうか。 玄徳はそう思わずにはいられなかった。 「みんな、お姉ちゃんは余り無理することが出来ないからな。ここらで休憩だな」 子供たちも納得しながら、また遊び場に行ってしまった。 その様子を花とふたりで見送る。 「花、少し休憩をするんだ。余り無理はしないようにな」 「はい」 玄徳は笑みを浮かべながら、愛する妻を連れて建物の中に入った。 ようやくふたりの自由時間になり、花が編み物を見せて欲しいとねだってきた。 「編み物を覚えたいんです。生まれてくる赤ちゃんに、何か編んであげたいんです」 「解った。俺も赤ん坊の為に何か編むことにしよう」 「有り難う」 花は嬉しそうに笑うと、玄徳が編む様子を眺めている。 以前からそれは楽しそうに見ているのだ。 その様子がとても可愛かった。 「少しお前もやってみろ」 「はいっ!」 花は嬉しそうに編み物をする。 ふと、花は懐かしそうな寂しそうな表情をする。 こちらの胸が切なくなるような表情だった。 「花、どうかしたのか?」 「お母さんもこうして準備をしてくれたのかなあって思っていました」 花は懐かしそうに言いながらも、何処か哀しそうなまなざしをしている。 玄徳は堪らなくなって、背後から花を抱き締めた。 「…花…、寂しいのか? 元の世界に戻りたいのではないのか?」 玄徳は胸が締め付けるような想いを抱きながら、花を思い切り抱き締める。 玄徳の切なさが伝わったのか、花は手を握ってくれた。 「…赤ちゃんをみんなに見せられないのが寂しいと思うぐらいですよ。両親には孫ですから…」 「そうだな…。確かに見せてやれないのは苦しい…」 玄徳は哀しくて息苦しくなる。 だが、どうしてやることも出来ない。 無力を感じた。 「だけど、お母さんたちに想いは届いていますよ。だから一生懸命伝えようって思っています」 花は気丈に明るく振る舞う。 それが玄徳には苦しい。 かといって帰してやる事は到底出来ない。 死んでも離せない相手なのだから。 「…玄徳さん…。私、今、とても幸せです。私が帰る場所はあなたのいる場所しかないから。それ以外に考えられないから…。時々、寂しいこともあるけれど…、あなたがいつも慰めてくれるから大丈夫なんです…」 「…花…」 玄徳は、花の総てを包み込むように、力強く抱き締める。 花も子供も全力で守ってみせる。 それが何よりしてやれることだから。 「…玄徳さん…。あなたがこうしていつも抱き締めてくれるから、私、寂しくないんですよ…」 「…花…。お前にはいつも救われる…」 花の言葉が嬉しくて、玄徳は更に抱き締める。 これからもずっとこうして支え合えれば良いと思った。 |