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こうして毎晩、玄徳の腕の中で安心しきって眠っている。 玄徳も同じようで、花を抱き締めて眠っている間は、本当に安心しきって眠っているようだ。 だから朝になると、いつも名残惜しくなる。 もう少しだけ、もう少しだけで良いから、抱き合って眠っていたいと。 だが。お互いに仕事をしっかりとしなければならない。 かたや君主であり、かたやそれを支える軍師の弟子なのだから。 とはいえ。花は君主の妻でもあるから、それ以上の役割というのがあるのだが。 朝日が部屋に差し込んで来て、柔らかな朝が始まったことを、花と玄徳に告げている。 君主とその妻は、何時までも一緒にうとうとしているわけにはいかないのだ。 ふたりは誰よりも早く、起きなければいけないのだから。 花はほんのりと切ない気分になりながらも、致し方なく、起き上がった。 「…どうした? もう起きなければならないのか?」 「はい。そろそろ起きないと…」 花がにっこりと微笑むと、玄徳は花を寝台に引きずり込んだ。 「玄徳さんっ!」 「もう少しだけ眠っていたいんだが」 「ダメですよ。皆、起きて来ますから。朝議もありますからね」 「ああ」 まるで子供のように言う玄徳が、花は可愛くてしょうがなかった。 「お前とならば、何時までもこうしていたいと思うんだけれどな」 「私もですよ。玄徳さんとこうしていたいです。だけど、今日はお仕事ですからね。しっかりと頑張って、今夜、また、一緒に過ごしましょう!」 花が明るく諭すように言うと、玄徳は苦笑いをした。 「どうしたんですか? 玄徳さん」 「…いや…。うちの中枢の者とかが、良い妻を貰ったと言っていたんだよ。自分のことではなくて、民と平和の為だけに動くお前を評価しているそうだ。俺は、お前だから、惚れたんだ。いつも周りの事を考えてくれるお前がそばにいて支えてくれるから、頑張れるんだ」 玄徳は静かに呟くと、照れ臭そうに笑った。 花もこうして面と向かって褒められる機会が殆どないから、嬉しくてしょうがなかった。 「…あ、有り難うございます…」 花がはにかんでお礼を言うと、玄徳は花を抱き寄せて微笑む。 「お前は俺のたったひとりの妻だ。これからもずっとそうだ。側室や妾を置くつもりはないと公言している。皆、それで納得してくれるぐらいに、お前のことを認めている」 玄徳に抱き寄せられて、頭を何度も撫でられるだけで、花は甘いふんわりとした優しさに包まれる。 まるで甘い砂糖菓子でも食べたかのような、優しい幸せが胸に滲んだ。 「…嬉しいです。これからも一生懸命、頑張りますね」 「有り難う。だが、余り無理はしないようにな。頑張り過ぎることなどないように気をつけてくれ」 「はい、有り難うございます」 頑張り過ぎないように気をつける。 花の性格を一番理解をしている玄徳が言ってくれた言葉が、胸に染みる。 確かに頑張り過ぎないようにしなければならないのだ。 「こうしていると、このまま離したくなくなってしまうな」 玄徳は我慢の限界だとばかりに呟いた。 だが、このままふたりでずっと寝台の上にいるわけにはいかないのだ。 様々な憶測を呼んでしまうし、更には花が玄徳の妻に相応しくないと思われる隙を与えてしまうからだ。 「…玄徳さん、起きなければなりませんね。でないと、困った顔で雲長さんとかが起こしに来ちゃいますよ」 「確かにな」 玄徳はフッと笑うと、花への抱擁をようやく解いた。 花ま寝台から降りると、素早く着替える。 最初は慣れなかった漢服も、ようやくどのようにして着れば良いのかが、分かるようになった。 花は伸びてきた髪を後ろで無造作に纏めて、支度をする。 朝議でお腹が空かないようにと、花は玄徳の力になる朝食を素早く準備をする。 ご飯はこれぐらいしか作ってはやれないからだ。 朝議は、花は呼ばれたり、呼ばれなかったりするが、今日は呼ばれてはいない。 あくまで孔明の報告を待つのだ。 その間、花はやらなければならない仕事を着実にこなさなければならない。 温かな汁に、ワンタンのようなものを浮かべたものは、玄徳の好物になっている。 これでしっかりと力をつけるのだ。 ふたりで話ながら過ごす穏やかな時間は、花にとっては最も大切な時間のひとつなのだ。 食事が終わると、ふたりきりのとびきりに甘い時間が終わってしまうのだから。 「玄徳さん、いってらっしゃい」 「ああ。お互いに仕事を頑張ろうな」 ふたりは唇をほんのりと重ねる。 それ以上すると、取り返しがつかなくなるからだ。 ふたりは名残惜しく感じながら、お互いに額をそっと合わせた。 「…しょうがないよな…」 「そうですね。しょうがないですね…」 流石に花ももう少しだけキスが出来たらと思わずにはいられなかった。 ふたりはそれぞれの仕事場所に向かい、民のために、平和のために、仕事を始めることにした。 孔明が朝議から戻ってきた後も、処理をしなければならない仕事が山ほどあり、花はくたくたになるまで働いた。 ようやく時間を貰って、息抜きをするために庭に出る。 すると子供たちも勉強の合間に、庭で遊んでいた。 「皆!」 花が声を掛けると、子供たちは嬉しそうに駆け寄ってくる。 花は笑顔で子供たちを迎えたが、子供たちの中で、ふとためらうすがいた。 「どうしたの?」 「ねえ、お姉ちゃん…花様は、玄徳様の奥様だから、お母さんが気安く口をきいては駄目だって…。花様は、私たちの為に、色んな勉強がタダで出来るように気を配って下さっているから、感謝をして礼儀正しくしなさいって…」 女の子は何処か寂しそうに呟くと、花を見た。 「私たち皆、花様には感謝をしているよ。だけど、お姉ちゃんとしても大好きだから、どうして良いのかが分からなくて…」 女の子はしょんぼりとしながら困ったように言う。 花はその言葉を聞きながら、子供たちの優しい気遣いと戸惑いを感じる。 「そんなことは気にしなくても大丈夫だよ。私はいつでもあなたたちのお姉ちゃんだから。いつも通りに接して欲しいと思うんだ。だから、気にしないで。いつでも仲良くしてね」 花が微笑みながら優しいリズムで言うと、女の子は驚いたように瞳を丸くする。 「本当に良いの?」 「うん。今まで通りじゃないと、私が寂しくなるよ」 「…うん、じゃあ、今まで通りにお姉ちゃんって呼んで良いんだね」 「うん、そうだよ」 「だったらそうする!」 女の子の素直な笑顔を見ていると、花もホッとした。 「良かったよ」 「こちらこそ有り難う」 花と女の子が微笑みあっていると、玄徳がやってきた。 「玄徳様だー!」 子供たちは、玄徳に群がっていく。 「お姉ちゃんを迎えにきたんだ」 玄徳の言葉に、子供たちは嬉しそうに歓声を上げる。 「ああ。ほら、花、行くぞ」 玄徳はごけ自然に、手を差し延べてくれる。それが嬉しくて、花はにっこりと笑いながらその手を取った。 「じゃあ、玄徳様、お姉ちゃん、またねー」 「またね」 花は子供達に見送られるのを嬉しく思いながら、手を振って別れた。 「花、有り難うな。お前が妻で良かったと思っている」 玄徳は蕩けてしまうぐらいに甘い笑みを浮かべると、花を真直ぐ見つめてくれる。そのまなざしが甘くて素敵で、花は思わず微笑んでしまう。 「…ああやって子供達に接することが出来るのはお前だけだから…」 「私も玄徳さんが旦那様で良かったです。子供達におおらかに接してくれるのは、玄徳さんだけだから」 花と玄徳はお互いに微笑み合うと、幸せを噛み締めていた。 |