この時空で生きていくことを決めた。 花が住んでいた時代よりも、千年以上も前の時代と似ている時空。 ただの過去でないことは解っている。 花が学校で習った歴史や、映画で見た同じ時代を扱ったものとは、明らかに違う。 偉人の名前も似てはいるけれども、違う。 ここは、花が生きていた場所の単純な過去ではない。 今や真新しい時間だ。 新しくここでやっていこう。 そう思える時間を沢山作ることが出来るのだ。 ようやくこの時空の装束にも慣れつつある。 軍師をしている頃は、制服の上に羽織りを着ていたけれども、今は玄徳の夫人として相応しいスタイルにはなっている。 くすぐったいけれども。 花は勉強を終えて、気分転換に中庭を散歩する。 頭の中が漢字でいっぱいになってしまい、花は飽和状態になってしまった。 こんな時には散歩が一番だ。 愛する旦那様はと言えば、相変わらずの忙しさだ。 後で軽い食事でも持っていってあげられたらと、つい思ってしまう。 花がのんびりと散歩をしていると、玄徳が伸びをしながらこちらにやってきた。 「花!」 幸せそうに笑いながらこちらに向かって歩いてくる。 「勉強は終わったのか?」 「ぼちぼちです。早く漢字をちゃんと読めるようになって、玄徳さんのお役に立ちたいですけれど、なかなかです」 花は素直な苦笑いを浮かべる。 「短期間で覚えようとか思わなくても良いぞ。時間はたっぷりとあるんだ」 「そうですね」 もう帰らない---- ここで根を張って、愛するひとと暮らすと決めたのだから、のんびりとやれば良い。 「頭の中が漢字だらけはやっぱり余裕がなくなっちゃいますね。休憩を取ると、不思議と上手くいきます」 「ああ。一心不乱にするよりも、気分転換をしたほうが良いからな」 「はい。玄徳さんも気分転換ですか?」 「お前の姿が見えたからね。気分転換にちょうど良いと思ったから」 玄徳は眩しい程に柔らかい笑みを花だけに向けてくれる。 「玄徳さん、お仕事の進み具合はいかがですか?」 「まあ、まあ、かな。だが、花といれば気分転換が出来るから、頑張れる」 玄徳に甘い笑顔と共に言われると、恥ずかしさと同時に嬉しさが込み上げてきた。 「じゃあ、ふたりで気分転換をしましょうか」 「そうだな」 ふたりは顔を見合わせると、花が麗しくも咲き乱れる中庭へと向かう。 こうしてふたりで穏やかにしていられるだけで、花は嬉しかった。 「さてと」 ふたりで中庭の芝生に腰を下ろして、のんびりと空を見上げる。 戦いばかりの頃は、空を見上げる余裕なんてなかった。 だが、今は違う。 空を見上げる幸せがある。 しかも愛する男性とだ。 こんなにも嬉しいことはない。 「花、膝を貸せ」 「はい」 玄徳は花の膝を枕にして、そのまま寝転がる。 いつも神経を研ぎ澄ませて生きていかなければならないひとだから、今はただリラックスさせてあげたかった。 「少し眠らせてくれ…」 「はい」 目を閉じている玄徳を見ると、本当に疲れているのだというのがよく分かる。 それだけ、玄徳の職務は激務だということだ。 花はくすりと笑いながら、玄徳の寝顔を見る。 安らかな寝顔に、こちらが癒された。 暫くはこのままでのんびりとさせてあげたい。 それが花の願いだった。 こんな風な時間を重ねることが出来るなんて、思ってもみないことだった。 幸せで清々しい時間だ。 花が幸せを噛み締めるように空を見上げていると、玄徳に手を握り締められた。 強いのに痛くない、ちょうど良い心地だ。 快適と言っても良いかもしれない優しさがそこにはある。 「…花…」 玄徳は優しく名前を呼んでくれる。 その声の響きが愛しい。 嬉しい。 胸に響く声だ。 「…玄徳さん…、大好きですよ…」 花が幸せな気分で呟くと、ふとその双瞳が開かれる。 「俺もお前が好きだよ…。有り難う」 幸せそうに笑う玄徳を見つめるだけで、花はこの時空に残ると決めて良かったと思った。 玄徳のサラサラとした髪を撫でると、とても幸せそうに目を閉じてくれる。 このひとと一緒にいるだけで幸せだ。 この幸せは、帰っていたら決して得ることが出来なかったものだ。 「…あー! 玄徳さまっ!」 大きな子供の声が聞こえて、花が顔を上げると、そこにはにやにやと笑う子供たちの姿が見えた。 「玄徳様は、花様がだーい好きなんだねっ!」 子供たちにからかわれて、玄徳はわざと怒った少年のような表情を浮かべる。 その後で、ふっと甘い表情になった。 「そうだ。俺は花が大好きだ」 玄徳が優しい笑顔で堂々と言うと、子供たちはきゃっきゃ燥いでいる。 「玄徳様は花様が好きーっ! 花様は?」 子供たちの純粋なまなざしを向けられて、花は恥ずかしくて堪らなくなる。 ドキドキしながら耳を真っ赤にして俯くと、小さな声で呟く。 「…大好きだよ…」 「俺には聞こえなかったけれどな」 玄徳が意地悪にもわざと言っていることは解っている。 だが、花は恥ずかしくてしょうがない。 玄徳とふたりきりの時ならば、照れずに素直な気持ちを言えるが、こうして囃立てられると、照れ臭くてしょうがない。 「ねえ、花様?」 「…だから玄徳様のことは?」 「…大好き…!」 大きな声で言うと、子供たちは満足げに笑った。 「やっぱり、花様は玄徳様が好きーっなんだねっ! 嬉しいー」 子供たちが楽しそうに燥ぐのを、玄徳は眩しそうに見つめている。 その表情がとても優しくて甘くて、花はついうっとりと見つめてしまう。 子供たちには本当に優しくておおらかなひとだ。 子供をあやすのも上手い。 いつか。 いや、近い未来にふたりに子供が出来ても、きっと同じように子供たちと接してくれるだろう。 花は幸せ過ぎる未来を想像して、くすぐったくなった。 「やっぱり玄徳様と花様は好き好き同士なんだねー」 「そりゃそうさ。花は俺の妻だからな」 玄徳の言葉に、益々子供たちは燥いでいる。 「花様、玄徳様との赤様はまだなの?」 無邪気に訊かれて、花は耳まで真っ赤にする。 「…あ、あの…」 恥ずかしくてドキドキするが、決して嫌な感情じゃない。 花は真っ赤になりながら、玄徳の顔をそっと見上げた。 すると玄徳はフッと甘い笑みを浮かべる。 「…まあ、そのうちだ」 玄徳はさり気なく花の手を握る。 「赤様が出来たら、一緒に遊ばせて下さいね」 「ああ。一緒に遊んでやってくれ」 玄徳は腰をかがめて子供たちと同じ視線になると、優しい笑みを浮かべていた。 「はーい!」 玄徳は手をしっかりと繋ぎながら、優しい瞳で花を見る。 「花、近いうちに子供たちが喜ぶことが起こると良いな。過去に戻って赤ん坊の陛下のお世話をしたのは、予行演習だったのかもしれないな」 「…はい」 玄徳の言葉が嬉しくて、花ははにかみながらも頷く。 近いうちに新しい家族がやってくるだろう。 花は予感の嬉しさについ笑顔になる。 「軍師殿の見極めは直ぐだということだな?」 「そうですね。そうなったら嬉しいです」 「そうだな」 「はい」 ふたりは笑顔になると、お互いに幸せな気分で見つめあう。 予感が当たるのは確実のように思えた。 「玄にい、こんなところにいたのか。仕事に戻って下さい」 雲長の言葉に玄徳は頷く。 「花、また後で」 「はい」 玄徳の背中を見送りながら、花は幸せを噛み締めていた。 |