玄徳だけで良い。 他には誰も必要としない。 なのに大好きな男性は、結婚してしまう。 結婚したからと言って、それで恋が終わりになるわけではないことは、芙蓉姫からも言われた。 だが花にとっては、恋が終わることを意味する。 大好きなひとを不幸にするかもしれないことは、ことごとくしたくはなかった。 花が好きでいることは、それだけ玄徳を困らせることになる。 それはどうしても嫌だった。 大好きなひとを苦しめることは、どうしても出来ない。 戦局が落ち着けば、花は帰るつもりでいる。 そうすれば大団円になれるのだ。 最初からこの世界にいなかった花は、大団円に入る資格はない。 それは自分でもよく解っている。 逆に、花がいなければ、上手くいくのだ。 それを理性では認めているのに、心では認めることが出来なかった。 考え過ぎたからだろうか。 眠れない日が続き、花は体調を崩してしまった。 花は寝台に横たわりながら溜め息を吐く。 思い悩み過ぎて病気になってしまうなんて最低だと花は思った。 「花、具合はどう?」 芙蓉姫が心配そうに様子を見に来てくれた。 こうして様子を見て貰えるひとがいるなんて、とても幸せなことだ。 花はつい笑顔になった。 「有り難う芙蓉姫、かなり気分は良くなってきたよ」 「それは良かった。あなたの気分が良くなったら、それで良いから」 「うん…」 芙蓉姫は花の顔を覗き込んでくる。 本当に心配そうにしているものだから、花は早く元気にならなければならないと思った。 長い間、玄徳軍で暮らして、ここにいる総ての人達が、かけがえのない家族であり仲間であると、花は改めて思った。 今や安らぎの場所だ。 そこから離れるのはとても辛いが、もうカウントダウンは始まっているのだ。 「花…、まだまだ顔色が悪いけれど、本当に大丈夫?」 「うん、平気だよ。私が病気になったから、みんなには申し訳ないなあって思っているよ。早く元気になって、みんなと一緒に頑張ろうと思っているよ」 花が元気を装って言うと、芙蓉姫は余計に心配そうにした。 「花…、本当に無理をしなくても良いのよ?」 「無理なんてしていないから」 「玄徳様もとても心配されていたし…」 玄徳。 その名前に花はドキリとする。 心配してくれているのは、妹のような存在だからだろう。 花はそう思うと、胸がチクチクする。 「玄徳さんにも伝えていて? 元気ですから、心配しなくても大丈夫ですから…」 花が笑顔で言っても、芙蓉姫はそれを信用しようとは全くしなかった。 「本当に早く元気になってね? あなたは今や玄徳軍の中心なんだからね? あなたが元気だと、誰もが元気でいられるから」 「有り難う。嬉しいよ。そういう風に言って貰えて」 花を軍の一員として認めてくれるのは、嬉しかった。 「花、ゆっくりと眠るのよ」 「はい。有り難う」 花は小さく頷くと、寝台の上に横になった。 そのまま目を閉じると、花はゆっくりと夢の世界へと向かった。 花の体調が優れない。 それだけで胸が苦しい。 花がこのまま寝たきりなんてことであれば、どうして良いかが分からなくなる。 花はいつでも元気で笑顔でいて欲しかった。 花の様子が心配でしょうがなくて、玄徳は花の様子を見に行く。 男が、眠っている女性のところに行くなんて、とんでもないことではあるのだが、そんなことぐらいで躊躇をしたくはなかった。 花の病状が何よりも心配だった。 医師には疲労だと言われたが、それでは可哀相だと、玄徳は様子を見に行く。 花にはのんびりと休んで貰うチャンスなのかもしれない。 しかし、それが引き換えになって、花が帰ってしまったとしたら。 それこそ堪らないと玄徳は思った。 周りの人払いをした後、玄徳は花の様子を見る為に部屋の中に入った。 落ち着いて眠っているのが解る。 寝息を聴くだけでホッとした。 花が息をしていなかったらどうしようかだとか、そんな下らないことばかりを考えてしまっていた。 花は安らかに眠っている。 このままだと間も無く目覚めるだろう。 それは玄徳にとっては、喜ばしいことではあった。 「…花…」 花のまろやかな頬を優しく撫でる。 すると花の瞼が僅かに動いた。 花が間も無く目覚める。 そばにいたいのに、そばにいてはならない。 花と一緒にいられない。 それが一番辛いことではあった。 「…ん…んんっ…」 花の瞼がのんびりと動く。 玄徳は慌てて部屋を出ようとしたが、それは出来なかった。 余りに花の様子が清らかだったから、このままずっと見つめていたかったのが、本音だった。 「…玄…徳…さん…?」 花は視界に入った玄徳の姿を見つけてしまい、一気に目覚めた。 どうしてここにいるのだろうか。 花は驚きの余りに、玄徳を見つめた。 「…具合はどうなんだ?」 玄徳が心配そうに見つめてくれる。 大好きなひとに心配をさすたくはなかった。 「大丈夫ですよ。もうすぐいつも通りに元気になれると思いますから」 花が笑顔で言っても、玄徳は心配そうだった。 玄徳はふわりと花の頭を撫でる。 まるでお兄ちゃんのようだと思っていた行為も、今は切なさしかない。 触れられるだけで、胸の奥が痛くなった。 かつては親愛の情と感じていた行為なのに、今は他の人のものだと思うだけで、苦しかった。 「花…」 名前を呼ばれてビクリとしてしまう。 玄徳を見ると切なそうに苦笑いを浮かべていた。 「…お前は今まで頑張り過ぎたのかもしれないな。軍師として、俺もかなり無理をさせてしまったからな。だからゆっくりと休むと良い。時間は気にしなくても構わない」 「…はい…」 返事をしながら、花は虚ろな気持ちになった。 もうお払い箱ということなのだろうか。 だからゆっくりと休めということなのかもしれない。 師匠が軍に加わった以上は、もう軍師としての花は必要とはしないのだ。 自分としてもやるべきことをなし終えたということなのかもしれない。 もう、いつでも帰ることが出来るのだということだ。 「子供がかかる知恵熱のようなものですよ。だから、心配されないで下さい。今日、一日のんびりとしていたら治りますから…」 花は気丈に振る舞う為に、姿勢をしっかりと整えて笑顔で言う。 「しかし、無理は駄目だ」 「大丈夫です。玄徳さんには、恩返しをしなければならないですから。後少し、恩返しをさせて下さい」 花が言うと、玄徳の表情が強張る。厳しくなると言っても良かった。 今までそのような表情を見たことがないせいか、花は息を呑む。 やはりここにいることを望まれてはいないのだろう。 「…やるべきことをさせて下さい。このままでは帰るに帰れないですから」 花が言うと、玄徳の表情は更に厳しくなった。 泣きそうな気分になる。 花は目を閉じると、横になった。 「とにかく無理はするな…」 玄徳は静かに言うと、そっと部屋から出て行く。 その瞬間、花の大きな瞳からは大粒の涙が零れ落ちた。 玄徳は部屋から出るなり溜め息を吐く。 花は間も無く帰ってしまうだろう。 そう考えるだけで苦しくなる。 花がそばからいなくならないように、黙って行かないようにと、玄徳は祈るしかない。 玄徳は、花が帰らないように、出来る限りのことはしようと思っていた。 |