*星のささやき*


 この世界に来て、星を見る重要性を教えて貰った。

 それまでは、何かを考えながら星を見るなんてことは、一度もなかった。

 星を見れば天候を知ることが出来て、その上、未来のことも知ることが出来るのだという。

 星をきちんと知って、読むことが出来るのならば、戦略を立てることも可能なのだ、

 軍師としてこの世界にいる以上は、花は星を正確に読むことが出来るようになりたかった。

 その重要性は、公瑾と孔明から学んだのだから。

 星を見て、軍略のために役立てる。

 それは表面的なもので、本当は自分の未来が知りたいのかもしれない。

 いずれは帰ろうと思ってはいるが、本当はあのひとのそばにいたいから、未来にその可能性があるのかだとか、そんなことばかりをつい考えてしまう。

 花の世界にも星占いがあるし、その結果に一喜一憂したものだ。

 普通に見ていた頃は、どちらかといえば恋の結果よりも、今日、全体の運勢のほうが気になっていた。

 恋なんてしていなかったから。

 だが、今は。

 少しでも大好きなひとのそばにいたい。

 役に立ちたい。

 それだけで星を見たいだなんて邪なことを考えてしまっている。

 

 花は目が冴えて余り眠れなくて、夜空を見ることにした。

 星を見る予行演習になるかもしれない。

 それに花がいた世界よりもずっと夜空が美しいということもあった。

 最初は窓から見ていたが、それでは余り綺麗には見られない。

 廊下に出て、花はぼんやりと星を眺めることにした。

 少しでも玄徳の役に立ちたい。

 花はそう思いながら星を眺めていた。

 玄徳をほんの少しで良いからサポートしたかった。

 大きな星に寄り添う可愛らしい星を見つけた。

 花はその星を、心の中で、“花と玄徳の星”とこっそり名前を付けてみた。

 あの星のように、玄徳と一緒に寄り添うことが出来たら良いのにと。

 ふたつの星を見つめていると、花はロマンティックな気分でいられた。

 花が星を眺めながら、夜風に涼んでいると、玄徳が偶然にもこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 玄徳のことだから恐らくはこの時間までみっちりと仕事をしていたのだろう。

「…花…!?」

 玄徳に声を掛けられて、花は驚いて見上げた。

「…玄徳さん…」

「こんな時間まで何をしているんだ? 早く休むんだ」

「はい、お気遣いを有り難うございます。だけど、私はもう少しだけ…星を見つめていたいんです」

「星…?」

 玄徳は怪訝そうに花を見つめた。

「…はい。星を細かく見ることが大切だと教わったので、きちんと読めるようになりたいって思って、星を見ていたんです」

 花がのんびりと話すと、玄徳もまた夜空を見上げる。

「確かに、星を見ることを大切だ。軍略をするのに重要なことだ」

「はい。皆さんにお世話になっているから、早く自分のものにして、恩返しが出来たらって思います。戦のない世の中になったら、恐らくは帰れると思うんです…」

 帰る。

 いや、帰らなければならない。というのは、ある。

 いつまでも玄徳のそばにいることは、赦されないのだから。

「…そんなに焦らなくて良い。ゆっくりと学べば良いんだ。…それに、いつまでもいてくれて構わないから」

 玄徳はいつもよりも力強く言ってくれる。

 有り難い。

「有り難うございます。だけど恩返しはしなくちゃならないです。それに星を見ながら、少し未来の自分を知れたら嬉しいなって…。私の世界では、女の子たちは星で占うのが大好きなんですよ。何だか未来が解って楽しそうでしょう? だからみたいですけれど。特に恋の未来を知りたいって、みんな、思っているみたいです」

 花が懐しい気分で言うと、玄徳は少し厳しいまなざしを花に向けて来た。

 このような玄徳はとても珍しいと思う。

「…花…、星を読んで、未来を知って、それを手掛かりにして元の世界に戻るつもりなのか…?」

 玄徳は真摯なまなざしで真直ぐ見つめて来る。

 何処か非難されているのではないかと、花が感じてしまうほどだ。

「…そこまでは…考えていません…。元の世界に帰る方法は…星を見なくても…私…」

 本当は星なんて見なくても解っている。

 あの本の空白頁をうめてしまえば帰ることは出来るのだ。

 あの本の空白頁がうまるのは、後、少しなのだ。

 だからこの世界にいるのも後少し。

 それまでに出来ることをしておこうと思っている。

 助けてくれて、しかも本当の意味でひとを愛することを教えてくれた大好きなひとに。

 感謝をして、爽やかに帰ることが出来るように。

 そして出来るのならば華やいだ気分で懐しく思い出して貰えるように。

 花が口を濁してしまうと、玄徳は不機嫌になった。

 仁愛溢れて、誰にでも優しい玄徳があからさまな不機嫌を示すのは珍しい。

 それだけ花を邪険に思っているのだろう。

 だからせめて最後だけは、きちんとお別れがしたかった。

「…星見を…、帰るのに使わないのであれば…、誰か決まった相手との占いにでも使うのか?」

 玄徳は明らかに機嫌が悪い。

 花は息苦しさを感じながら、空を見上げた。

「…誰か…将来を約束した決まった相手がいるのか?」

 玄徳は花にではなく空に問い掛けるように言う。

 そんな相手なんていない。

 将来をかけても良い。

 人生で最も愛したひとならばいる。

 すぐ隣りに。

 目の前に。

 だが、そのひとはもう、花の想いには応えてはくれないのだ。

 花は深呼吸をした。

「…そんなひとはいません…。ただ、もっと軍略に長けて、恩返しがしたいだけです…」

 花は純粋な気分で言いながら、夜空を見上げた。

 玄徳が結婚する以上、花は長らくここにいることが出来ないことぐらいは、充分に解っていた。

 だからこそ、残り少ない時間は役立ちたいと思う。

「早く玄徳さんたちの役に立てるように頑張りますね。師匠がいるから、大丈夫ですが、師匠が手が回らないところは、頑張ってお役に立ってるように」

 玄徳に嫌われている以上は、せめてそれぐらいして、笑顔で見送って貰えるようにしたい。花の望みは本当にそれだけなのだ。

 それしかない。

「…花…。そんなに急がなくても、慌てなくても良い。時間は幾らでもある。お前が望めば、いつまでもここにいて構わないから…」

 いつまでもここにいても構わない。

 だが、そうしてしまうと、益々帰れなくなる。

 そして、益々辛くなるのだ。それならば、早く帰ってしまったほうが良い。

 もう、いらないのだから。

「…花…。星見を使ったり、兵法の知識を使ったりして、軍略を考えるようにしてみろ。お前にはそれが必要だからな。そのためなら、幾らでもお前が勉強することが出来るように、手配をする。俺の出来る限りのことをする。…だから…」

 玄徳はそこまで言うと、苦しげに大きく溜め息を吐く。

「…本には頼るな…」

 玄徳はそれだけを言うと、苦しげに目を閉じた。

「花、余り若い娘がひとりで夜空を見ているのは感心しない。早く寝ろ」

 軽く花の頭をポンと叩くと、玄徳は踵を返す。

 背中を見ながら、花は泣きそうになった。

 本に頼らなければ、玄徳軍での花の価値はない。

 だからいないほうが良い。

 なのにどうしてこんなにも優しいのだろうか。

 恋心が疼く。

 星を見ても、答えは見つからない。

 花は恋の苦しさの余りに、声を押し殺すと、静かに泣く。

 お別れをしなければならないと、星に囁かれているように気がした。



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