*桜日和*


 鈍い青色でありながらも、春の空は清々しい。

 昨日までは重い足取りだったひとたちが、はにかみながらも颯爽と歩き出す季節。

 春はそんな時期だ。

 春を象徴する、桜の花が咲き誇っている。

 鈍色の光を通して輝く花は、切ないぐらいに美しい。

 一瞬で咲いて、一気に散るからか、桜の花を見つめているだけで、胸がきゅんと締め付けられる。

 まるで初恋のようだ。

 昼間は透き通った桜色に見えるのに、夜は何故か白に見える。

 それはまるで何かの喪に服しているとすら思えてしまう。

 昼間の桜色は初々しい少女のようなのに、夜桜は艶やかな娼婦のように見える。

 麗しき二面性。

 夜と昼の顔が違うからこらこそ。惹かれてしまうのかもしれない。

 

 桜がいよいよ盛りになり、子猫のくしゃみで散ってしまうのではないかと思うぐらいに、儚くも盛りの美しさを見せている。

 花は桜の季節が好きだ。

 服装が重いコートから軽やかなワンピースに変わるのと同じように、心も随分と軽やかになる。

 花は、城の中庭に咲き誇っている桜を見上げながら、軽やかな気分になる。

 綺麗で可憐で、大好きなひととお花見をしたくなる。

 花が桜を見上げていると、ポンと肩を叩かれた。

 振り返ると、そこには玄徳がいて、柔らかな視線を花に向けていた。

「何をしていたんだ?」

「桜を見上げていたんですよ。綺麗だなあって思って。何処で見ても、桜は綺麗なものなんだなあって」

「そうだな……。確かにここにある桜はかなり立派だからな」

「桜って、春の光を浴びながらキラキラ光る宝石みたいですよね。色々な顔が見られて楽しくて、飽きませんよ」

「そうだな……。俺は、一気に咲いて散るところが好きだな……。潔い。かつてはそんな生き方をしてみたいものだと、思ったこともあったんだけれどな……」

 玄徳はまるで懐かしい過去を思い出すかのように、優しい瞳になった。

「今はそういうわけにはいかないけれどな。俺にも責任があるし、守るものもあるからな……。守るものは、民、軍、そして一番守りたいのはお前だけれどな」

 玄徳に背後からしっかりと抱き締められて、花は穏やかな幸せと同時に、言葉では表すことが出来ないときめきを感じずにはいられなかった。

「……桜は儚いから美しいですけれど、私たちはしっかりとやらなければならないですね。儚くない美しさが私たちの美しさですから」

「そうだな」

 玄徳は頷くと、花を更に抱き寄せた。

 こうしてふたりで昼間の桜を見つめるのも悪くない。

 だが、桜と言えば、美味しいご飯を食べながら花を愛でる、お花見がしたくなる。

 

「玄徳さん、桜の下で、ちょっとした宴会をしませんか? お花見をしましょう」

「それは良いな! 桜を見ながらメシを食うのは良いな!」

「とっても楽しいですよ! 是非、やりましょう! 私も、桜の下で食べるのに相応しいお弁当を作りますね。私の世界では、花見はちょっとしたイベントなんですよ。皆が楽しみにしているんです」

「そうか。だったらやろう」

「はい!」

 玄徳は、今や花が生まれ育った世界をより理解するために、そして花自身が寂しくないようにするために、花の世界の風習を少しずつではあるが取り入れてくれている。

 それが花には何よりも有り難いことになっている。

「じゃあ、早速、準備をしますね!」

「ああ。桜が咲いているうちだからな。今のうちが良いのかもしれないな」

「そうですね」

 みんなで花見をする。

 こんなに楽しくてわくわくすることはないと思いながら、花は早速準備に取り掛かる事になった。

 

 料理人にも手伝って貰い、花は料理に勤しむ。

 おにぎりを作ったり、それに合うおかずを作る。

 料理人たちは、この世界に相応しい料理を見事に作ってくれ、花は余計に楽しみになる。

 この世界と自分が生まれ育った世界とのコラボレーション。

 ある意味、玄徳と自分みたいだと、花は思わずにはいられなかった。

 

 桜の下で座れるようにと、花はレジャーシートの代わりになる布を探し出して敷く。

 その上にお弁当を並べて、花見の準備を整えた。

「わあ! 凄い! 楽しそうよ!」

 招待をしていた芙蓉姫が、花見場所に来るなり感嘆の声をあげてくれる。

 それが花は嬉しくて、にんまりと笑った。

 後から続々とやってくる軍の関係者も、かなり好意的だった。

「何だか楽しい宴になりそうだな!」

「そうですよね! 本当に楽しそうです」

「良かったな」

 玄徳も嬉しそうに、部下たちの様子を見つめている。

 誰もがリラックスをして、本当に楽しそうだ。

「これからは毎年の定番にしたいものだな。春の楽しみになる」

「そうですね。私もそう思います」

 玄徳はふと柔らかく目を細めると、花のお腹に手を宛てると、甘い笑みを浮かべた。

「こいつもきっと喜ぶだろうな……。来年は、みんなで一緒に花見をしような」

「はい」

 玄徳と子供と、そしてかけがえのない仲間たちとの花見。

 こんなにも楽しくて温かなものは他にはないのではないかと、花は思う。

「本当に楽しみです。来年はもっと」

「そうだな」

 ふたりは、美味しいお弁当をのんびりと食べながら、桜を見上げる。

 翼徳などは楽しそうに踊っているぐらいだ。

「綺麗な桜を見ながら、こうしてみんなで花見をするのも本当に良いな。桜は、本当に綺麗だな…。春の光を透き通らせて……」

「そうですね……。本当に綺麗です……」

 ふたりでのんびりと桜を見つめているだけで、幸せがひしひしと滲んでくる。

 ほわほわとした温かな幸せに、花はついつい笑顔にならずにはいられない。

「花、夜桜も見事だろうな……。なあ、今夜はふたりきりで夜桜を見ないか? 幸いにも俺たちの室からは桜が見事に見えるからな」

「そうですね、是非、そうしましょう!」

 ふたりはふたりだけで、そっと今夜の約束をする。

 ふたりだけの秘密のように思えて、花は嬉しくてしょうがなかった。

 

 夕食も終わり、玄徳と花は、お茶を飲みながら、のんびりと夜桜を眺める。

 こうして夜桜を寄り添って眺めると、なんてロマンティックなのだろうかと、花は思わずにはいられない。

 昼間に皆とわいわい言いながら桜を見るのも楽しかったが、やはり愛するひととふたりきりで見つめる夜桜は格別だと思う。

「桜って、ふたつの顔を持っているな。昼間は健気で清らかな美しさを持っているのに、夜は闇すらも飲み込んでしまうんじゃないかって思うぐらいの妖艶さを持っている……」

「そうですね。清らかさと妖艶さは相反するものでありながらも、同居が可能なものなのかもしれないですね」

「そうだな……。俺にとってはお前みたいなものなのかもしれないな……。健気で清らかで可愛いのに、夜は無意識に艶のある雰囲気で俺を誘ってくるんだからな……」

 玄徳こそどれほど色気があるのだと思いながら、花は見つめる。

 玄徳は艶やかで、花をドキドキさせる。

 昼間は明るい前向きな桜のような元気のあるひとなのに、夜はうってかわって妖艶な雰囲気を滲ませてくる。

「玄徳さんだって……」

 花は上目遣いで玄徳を見つめる。するといきなり抱き締められた。

「…あ…」

 いきなり唇を深く奪われる。

「花……。夜桜よりも綺麗なお前が見たい…」

 玄徳はくぐもった声で囁くと、花を抱き上げる。

 そのまま寝台に連れてゆかれ、白い肌に夜桜を咲かされた。




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