*賀正*


 お正月というのは、やはりこちらの世界でも重要であるということは、花もひしひしと感じていた。

 神聖で張り詰めた空気を感じるのだ。

 誰もが新しい年を飛躍の年にしようとばかりに意気込んでいるのは、ひしひしと感じられる。

 誰もがスタートラインに新年を選びたいと思うのは、世界は違えど同じことなのだということを、花は感じていた。

 来年はどのような年になるだろうか。

 花にとっては大きな飛躍の年になるだろうと、そんな予感すらしていた。

 今年はいよいよ玄徳との初めての子供が生まれるのだ。

 玄徳との子供。

 想像するだけで甘ったるい幸せを感じずにはいられない。

 花にとっては、人生最大のイベントのひとつになるのは確実だからだ。

 今年は何が待っているかと思うと、花は楽しみで仕方がなかった。

 

 余り眠っていないというのに、心が澄んで、気持ちが満タンになっているからだろう。

 花は気持ち良く目覚めて、躰を起こそうとした。

「…ん…、花…」

 まだ花を起こしたくはないとばかりに、玄徳はそのまま寝台に引きずり込んでくる。

「玄徳さんっ」

「…まだ…早いだろう?」

 半分寝ぼけているような声で玄徳が言うものだから、花はついくすりと笑ってしまう。

「…何だか目覚めが良いんですよ。やっぱりお正月だからでしょうか」

「そうかもな」

「わくわくしてしまうんですよ、お正月って。子供の頃からずっと…」

 花は懐かしく思いながら言うと、玄徳も甘く笑いながら頷いてくれる。

「確かにそうだよな。俺も小さな頃は正月が楽しみだった。貧しかったが、少し贅沢が出来て嬉しかったな」

「そうなんですよね。ほんの少しではあるけれど贅沢させて貰えるんですよね。私もそれが嬉しかったんですよ」

「俺たちの共通点がまた見つかったっていうことだな」

「そうですね」

 共通点があるというところを見つける度に、やはり嬉しくなる。

 共通点。

 違う世界に生まれたふたりだからこそ、見出だすと貴重で嬉しいものなのだ。

 花はつい笑顔になる。

「玄徳さん、私は支度がありますから、そろそろ起きますね」

「そうだったな…。朝から挨拶があるんだったな…」

「そうですよ。皆さんのご挨拶を受けなければなりませんね」

 花はのんびりと言うと、寝台から起き上がる。

「起きるか…」

「玄徳さんはもう少しだけ眠っていて下さいね。私は朝ご飯代わりにお雑煮を作りますから」

「雑煮? 何だ、それは」

「私の世界の伝統的なお正月料理なんですよ。朝、食べるんですよ」

「そうか…。じゃあ楽しみにしている」

「はいっ!」

 花は素早く身支度をして、台所へと向かう。

 餅は手に入れてあるので、以外に簡単に雑煮を作ることが出来る。

 愛するひとには美味しい雑煮を作って欲しい。

 美味しいと玄徳が言ってくれるだけで、花は天にも昇る心地になるのだ。

 それを思うだけで幸せな気分になった。

 朝餉は準備をしなくても良いと女官には言っておいたので、雑煮を作ってふたりで正月らしいひとときを経験出来るのだ。

 花の地域はすましの雑煮だから、余計に準備がスムーズにいったのかもしれない。

 雑煮と言っても、完全に同じものではないけれど、それに近いものにはなった。

「玄徳さん、お雑煮が出来ましたよ」

「おっ、有り難うな」

 玄徳は既に食卓についていて、きちんと準備をしてくれていた。

「有り難うございます」

「楽しみにしてたぞ。こっちこそ有り難うな」

 玄徳に微笑まれると、花はそれだけで嬉しくなった。

「どうぞ。これが私の国で食べるお正月の食事です。“お雑煮”って言うんですよ」

 玄徳は珍しそうに椀の中を覗いている。

「美味そうだな。正月に食べるからには、めでたいものなんだろうな」

「そうなんですよ」

「だったら、新しい年には相応しいものだな」

「はい」

「それは嬉しい。じゃあ頂こうか」

「はい。私もいただきます」

 ふたりでいただきますをして、雑煮を食べる。

 玄徳が気に入ってくれるか、それが気になってしょうがない。

 花はドキドキしながら、玄徳を見つめる。

 やはり愛しいひとには美味しいと言ってもらいたかった。

 玄徳は最初の一口を味わうなり、唸る。

「美味いっ!」

 玄徳が心から美味しそうな顔をしてくれたから、花はホッとした。

「美味しいですか。嬉しいです」

 花が笑顔になると、玄徳は本当に嬉しそうな顔をする。

「お前が作ってくれただけでも嬉しいが、これは本当に美味い。材料があれば、是非明日も食べたい」

 玄徳は相当気に入ってくれたようで、雑煮を物凄い勢いで平らげる。

「解りました。明日の朝餉もこれにしますね」

「ああ、頼んだ」

 玄徳がリクエストしてくれたのが嬉しくて、花は明日も張り切って作ろうと思った。

 

 朝食の後、挨拶を受ける為に正装に着替える。

 花にとっては久々の正装で緊張してしまう。

 髪を綺麗に結い上げて、化粧もする。

 玄徳に気に入って貰えたら、花はそれだけで幸せだった。

 花は女官たちに綺麗にして貰っている間、うっとりとしてしまうほどに幸せな気分になった。

「花様、婚儀の時よりもずっとずっとお美しくなられましたね。本当に驚く程に…。お綺麗ですよ」

 こんなに褒められると、照れ臭くなる。

 だけど嬉しくて、花ははにかみながら礼を言った。

「玄徳様もさぞかしお喜びでしょうね」

「そうですわ」

 女官たちが余りにも囃立てるものだから、花は恥ずかしくてしょうがなかった。

 玄徳がこの姿を気に入ってくれますように。

 花はただそれだけを思った。

 

 玄徳は雑煮で幸せに満たされるのを感じながら、正装に着替える。

 堅苦しい衣装は余り好きではないが、州牧としては着なければならないからしょうがない。

 皇帝への謁見の時も着なければならないが、いつも息苦しく感じていた。

 正装に着替えた後、玄徳は花を楽しみに待つ。

 花はきっと素晴らしく美しい姿でやってくるだろう。

 美しい花を想像しながら、玄徳は待った。

 全く楽しみでしょうがなかった。

「玄徳さん…」

 花の可愛いはにかんだ声が聞こえて、玄徳は真直ぐ見つめる。

 やはり晴れ着を着た花は美しいことこの上ない。

 ついうっとりと見惚れてしまうほどだ。

 本当に綺麗で、玄徳はこのままお約束にも寝台に連れ込みたくなった。

「…お待たせしました」

「…お前はやはり美しいな…」

 感嘆の吐息を吐きながら呟けば、花は恥ずかしそうに瞳を伏せる。

 その仕草ですらも華やかで艶がある。

 だがこのまま押し流されてはいけない。

 玄徳は、ニヤけていると自覚しながらも、花の手をしっかりと取った。

「じゃあ行こうか。綺麗なお前は俺だけで独占したいんだけれどな。今日だけはしょうがないな」

 玄徳は半ば諦めた気分で言うと、花の手を引く。

「ずっと俺の手を外すなよ」

「はい」

 花はしっかりと頷くと、玄徳に寄り添って着いていった。

 

 長い謁見が終わり、ほんの少しだけふたりきりになれた。

「…今日は本当に綺麗だな。一年の初めからとても良いものを見せて貰った」

「玄徳さんたら…」

 苦笑いをする花を尻目に、玄徳は思い切り抱き締める。

「今年も、これからもずっと一緒だからな…」

「はい、ずっと一緒です」

 花とふたりで唇を重ねながら幸せな時間をシェアする。

 こんなにも幸せでしょうがない時間は他にはないと、思わずにはいられなかった。

 最高で最強の年の始まり。




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