*七夕*


 この世界の夜空はなんて美しいのだろうかと、花は思った。

 花の世界とは違って空気も澄んでいて、しかも灯もない。

 夜空をのんびりと見上げるには最高の環境なのではないかと思った。

 天の川も直ぐに見つけられる。

「そういえばそろそろ七夕なんだよね…」

 七夕祭は大好きだった。

 笹の葉につける飾りを作るのも、短冊を書いて願い事をするのも、大好きだった。

 家族みんなで、わいわいと楽しんだことを思い出す。

 子供は何も分からないから、七夕のお話はロマンティックだと思っていた。

 だが、今なら解る。

 残酷な話だ。

 愛するひとと一年に一度しか逢えないなんて、切な過ぎる。

 花には耐えられないと思った。

 愛する人と一緒になるために、この世界を選んだ花にとっては。

 織り姫と彦星はどこにいるのだろうか。

 花は夜空を見上げながら、一生懸命ふたつの星を探す。

 一年に一回だけ逢えるのではなくて、もっと逢わせてあげたいと花は思う。

「…こんなところにいたのか…」

 愛しいひとの声が聞こえて、花は振り返った。

 玄徳がこちらを見つめている。

「花、また星を見ていたのか? 星見の復習か?」

「星を見ていたのは、読むのではなくて、星そのめのを見ていたんです。天の川がとても綺麗で、織り姫と彦星はいるのかなあって」

「お前も機織りと牛飼いの昔話をしっているのか? 子供たちから聞いたのか?」

「いいえ、私の世界でもこのお話はとても有名で。星になった織り姫と彦星が年に一度だけ逢える日には、お祭りをするんですよ」

「そうなのか」

 玄徳は、花の世界と共通のところがあることを、素直に喜んでいるようだった。

「一年に一回しか逢えないなんて、可哀相だと思っているんですよ」

「そうだな…。年に一回しか逢えないとしたら、こんなにも辛いことはないのかもしれないな」

「そうですね。玄徳さんともし引き裂かれて、年に一度しか逢えないのなら、私なら辛くてたまらないです。…私は…玄徳さんとずっと一緒にいたいから、この世界に残ったのですから」

「…花…」

 玄徳は花を背中からしっかりと抱き締めると、胸に引き寄せてくれた。

「こうして俺がしっかりと捕まえて、お前を離さない」

「玄徳さん…」

 玄徳にこうして抱き締められているだけで、もう離れなくて良いのだということを実感する。

「…俺たちは引き裂かれることはない。それに俺もお前も、恋愛に夢中だからといっても、仕事を疎かにはしないからな」

「確かにそうですね」

 花はくすりと笑うと、玄徳の手をギュッと握り締める。

 お互いに夢中で見えないぐらいに愛し合っている。

 だが、きちんとやるべきことは解っているつもりだ。

 玄徳は民を導くものとして、花は玄徳を支えるものとして、やらなければならないことはきちんとしている。

 だから大丈夫。

 誰にも引き裂かれやしない。

 それは誰よりも解っている。

「花の世界の祭というのはどのようなものなんだ?」

「私の世界は、短冊に願い事を書いて、笹にしっかりと結び付けるんです。そうして笹の葉を玄関先に飾ります。こうすると願い事が叶うと言われているんですよ」

 花は、七夕祭を懐かしく思いながら、玄徳に言った。

「そうか…。じゃあ、俺たちもやるか。願い事」

「嬉しいです。欲張りなぐらいに願い事が沢山ありますよ」

「俺もな」

 玄徳は笑うと、花を更に抱き締めた。

「ずっとお前と一緒にいられるように…だとか…、後は、みんなが平和でいられるように…だとか…、お前と沢山の子供が欲しい…とか…な」

 玄徳は、短冊に書く前に、次々と願い事を言ってゆく。

 これには花はつい笑ってしまった。

「玄徳さん、願い事はひとりで心静かに願うものなんですよ」

「俺はお前が知っておいてくれたら、余計に叶うような気がするけれどな」

 玄徳の言葉は一理あるのではないかと思いながらも、花は笑顔で言う。

「心願成就するには、心静かに願わなければ」

「そんなものか?」

「そんなものですよ」

 花は笑顔で言いながら、玄徳の胸に凭れかかって、総てを預ける。

「…花、お前の願い事は何なんだ?」

「私の願い事ですか? 玄徳さんと変わりませんよ」

 本当に玄徳とは願いは同じだ。

 不思議なくらいにぴったりとくる。

「だったら教えてくれ」

「ダメです」

 花は笑顔でいながらもキッパリと言い切る。

「さっきの言葉で、お前は言ったのと同じだ」

「そうですね。だったら同じところだけ。いつまでも玄徳さんと一緒にいられますように。戦がなくなり、誰もが幸せで平和に暮らせますように。後は…」

 花は幸せな気分でいながらも、言葉を濁す。

 最後のひとつだけは、玄徳のものとはとても似ている願い事ではあるが、少しだけニュアンスが違う。

 だからこそあえて口にはしなかった。

「もうひとつも同じじゃないのか?」

「同じであるといえば同じかもしれないんですが…、少しだけ意味合いが違っていたりするんですよね」

 意味合いが確かに違う。

 だから花は曖昧にしか答えなかった。

「花、はっきり言ってくれないか?」

 玄徳は甘い声で花に囁いてくる。

 余程、知りたいのだろう。

 花はそんな玄徳が可愛くて、ついくすりと笑ってしまった。

「笑えるぐらいなら、直ぐに教えてくれるんだろう?」

 玄徳は、花を腕でしっかりと捕らえて離さない。

「教えてくれないか、花」

 玄徳はふざけるようにわざとギュッと抱き締めてくる。

 花はほんのりと苦しくは思っていたが、それもまた良い。

「花」

「知りたいですか? 玄徳さん」

「ああ」

 玄徳は真面目腐って言う。

 意地悪はこれぐらいにしておいてあげよう。

 花は玄徳の手を優しく取ると、自分のお腹に当てた。

「…無事にお腹にいる赤ちゃんが産まれますように…って、お願いしたいんです」

 花は柔らかなリズムで玄徳に呟く。

 玄徳は一瞬、信じられないとばかりに息を呑んだ。

「…花、お腹に子供がいるのか…?」

 玄徳は、信じられないとばかりの声で言う。

 同時に、お腹を柔らかく撫でる。

 その動きはとても優しくて、慣れてはいないからか、何処かぎこちなかった。

「本当に…?」

「はい。玄徳さんの最後の願い事は叶いつつあるということです」

 花が明るく言うと、玄徳は思い切り抱き締めてきた。

「有り難うな、花」

 玄徳が早く子供が欲しいと思っていることは、花も知っていたから、嬉しかった。

「私もとっても嬉しいです。玄徳さん」

「お前の願い事が叶うと良いな。俺の願いを変えなくてはならないな。健康な子供が産まれるように願おう」

「そうですね。ふたりで願いましょう。星に」

 花は静かに呟くと、目を閉じて願った。

 来年の七夕はもっと幸せなものとなるだろう。

 花は、玄徳と願いを重ねながら、幸せな気持ちになれた。

「花、星を見ながら、祝おうか」

「はい」

 ふたりは手をしっかりと繋げると、寝室へと向かった。

 

 愛し合った後、玄徳は花をしっかりと抱き締める。

「…花、七夕の願いは叶うな」

「はい」

 玄徳は、まだ平らな花のお腹を撫でながら、幸せそうに呟く。

 年に一度の逢瀬を楽しむ星に、ふたりは願いを託した。



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