*眠り癖*


 花がこの時空に、そして公瑾のそばで根を下ろそうと決めてから、間も無く一月が経とうとしている。

 婚儀の準備で忙しく過ごしながらも、充実した時間を過ごしている。

 大好きなひとはと言えば、傷を癒しながらも、都督として意欲的に仕事をしている。

 これには花は感心せずにはいられない。

 まだ傷が完全に癒えたわけではないというのに、常に厳しい仕事をしているのだ。

 本当に素晴らしいと、花は思う。

 一緒に過ごす時間は少ないが、それもわがままは言えない。

 大好きな男性のほうが、もっと大変であるということは、花には充分過ぎるほどに解っているから。

 

「ねえ、花殿、公瑾と一緒にいられなくて、寂しくないの?」

 婚儀の準備を手伝ってくれている尚香が、心配そうに声を掛けてきてくれた。

「公瑾さんが一生懸命、仕事をしてくれていることが、私には嬉しいんです。だから、それで良いんですよ。今は。だって一生、大好きな男性と一緒にいられることは、もう解っていますから。だから良いんだ。これからずっと一緒ですから、焦って一緒にいることはないから…」

 花は幸せで満たされた気分になりながら、落ち着いた素振りで呟いた。

「やっぱり永遠の愛は強いってことですね! 花殿も公瑾も凄く固い絆ですよね。私にもそのように素晴らしい男性がいつか現われるでしょうか?」

 尚香は何やら羨ましそうに呟いてくれる。

「尚香さんならきっと…。魅力的だから…」

「そうでしょうか」

 尚香は恥ずかしそうにしながら俯いている。

 花は可愛らしいと思ってしまう。

 強いけれど可愛らしさが同居するなんて、花は憧れてしまう。

「ですが花殿と公瑾のように、お互いのするべきことをやりながら、共に人生を歩むことが出来るなんて、素敵ですね。私も花殿たちのようになれる方を探さなければなりませんね」

「尚香さんならきっと見つかります」

「有り難う。あなたにそう言って頂けると、嬉しいです」

  ふたりはお互いに笑顔になると、見つめあって笑いあう。

「兄が、公瑾はそろそろ限界だと申していました…」

「何が限界なんですか…?」

 公瑾の何が限界なのかが花は分からなくて、素直に訊いてみることにした。

 自分で手助けすることが出来るのであれば、何とかしなければならないと思う。

「尚香さん、何か深刻なことだったら教えて欲しい。私に出来ることがあれば何でもしますから」

 花は真剣に尚香を見る。何かがあれば本当に言って欲しかった。

「…私も詳しくはよく分からないのですが…、公瑾は忙し過ぎて、花殿と逢えない日々が限界なのだとか…」

 尚香はそこまでしか分からないと、ほんのりと心配するように呟いた。

「確かに公瑾さんは病み上がりなのに働き過ぎだから…」

「そうなんですよ…。兄が働かせ過ぎなのだとは思います。兄は公瑾がいないと、本当に何も出来ないですから」

「それだけ仲謀さんもやることが多くて大変だって言うことだよ」

「そうだったら良いんですけれど…」

 尚香は申し訳なさそうに言っている。

「公瑾さんも後少しで時間が出来ると言っていましたから、恐らくは大丈夫だと思います」

「…だったら良いのですが…」

 尚香の心優しい言葉に、花はにっこりと笑った。

 

 忙しくて、花に逢いにゆく暇すら取る時間がない。

 公瑾はひたすら仕事をこなしていた。

 子敬も手伝ってくれるが、子敬は子敬で自分の仕事を抱えている上に、何しろなごみ系の自分のペースを守るひとだ。

 そのため、公瑾の仕事は余り触れなかった。

 婚約者の花も精一杯頑張って公瑾の助手を務めてくれてはいるが、婚儀の準備もありなかなか仕事をする時間がないのは事実だった。

 婚儀の準備よりも仕事をすると花は言ってくれたのだが、公瑾が忙しい以上花に頼むしかない上、早く結婚したさから、なるべく仕事は振らなかった。

 花に逢えない日々が続いてしまい、公瑾は花に逢いたくて、しょうがない。

 花を抱き締めたい。

 花に口づけをしたい。

 最後に触れたのは何時だっただろうか。

 それほどまでにふたりで過ごす時間は減っている。

「公瑾、さっき尚香から連絡が入って、婚儀の準備はほぼ終わったそうだ。だから、花を仕事に向かわせることが出来るそうだ」

「有り難うございます」

 花に逢えるのが嬉しくてしょうがなかったが、公瑾はなるべく冷静に対処した。

「では、花をこちらにお呼び下さい。色々と手伝って貰わなければなりませんからね」

「そうだな。じゃあ直ぐに呼ぶように手配しておく」

「有り難うございます、仲謀様」

 仲謀が部屋から出た後、公瑾はつい笑顔になってしまう。

 愛する花とようやく仕事をすることが出来るなんて、こんなに幸せな時間はない。

 ついそわそわとしてしまう。

 花がそばに来てしまったら、それこそ仕事どころではなくなってしまうのかもしれない。

 ただ花を抱き締めて、その幸せを噛み締めてしまうのかもしれない。

 花に逢いたい。

 逢いたくてしょうがない。

 花恋しさに、公瑾は気持ちが高ぶってゆくのを感じていた。

 

 公瑾の帰宅前、花は執務室へと向かった。

「公瑾さん、花です」

 声を掛けると、公瑾は相変わらず素っ気なかった。

「花、では参りましょうか。申し訳ありません。仕事を手伝って下さって」

「大丈夫です。公瑾さんのお仕事を手伝うのは楽しいですから」

 花はにっこりと楽しい気分で笑う。

 最近は公瑾の仕事を手伝えずに楽しくはなかったので、やはり、手伝うのは嬉しい。

「あなたにそうおっしゃって頂けるのはとても嬉しいですよ」

「有り難うございます」

 花は嬉しくて、公瑾を見上げる。

 公瑾はようやく柔らかく微笑んでくれた。

 公瑾とふたりで邸に向かう。

 何度も過ごした、花にとっては我が家同然のところだ。

 今は婚儀の準備があるので城でお世話になっているが、それが終われば公瑾と一緒に住むのだ。

「ここに来ると落ち着きます」

「もうすぐ一緒になれますから、それまでの辛抱ですよ」

「…そうですね」

 花は微笑むと、公瑾にそっと寄り添った。

 

 美味しい食事の後、花は公瑾の仕事を暫く手伝った。

「今宵は遅くなりますから、あなたはうちで泊まると良い。泊まるという表現は少しおかしいのかもしれませんが…」

「そうですね」

「明日は一緒にうちを出ましょう」

「有り難うございます」

 花は公瑾の仕事を黙々と手伝う。

 結婚するとこんな風になるのだろうかと思うと、くすぐったい幸せに満たされた。

「…花…、有り難うございました。これで終わりですよ」

「こちらこそ有り難うございます」

 花は、公瑾が喜んでくれたことがとても嬉しくて、つい微笑みを浮かべた。

「…花…」

 公瑾の艶のある声が耳元に響いて、胸がキュンと高まる。

「…ようやくふたりきりになれましたね…」

 花も嬉しいのと官能的な気分とで、ドキドキし過ぎてしまう。

 公瑾は花の手を取って、寝台へと連れていってくれる。

 ふたりで腰を下ろして、しっかりと抱き合った。

「…公瑾さん…」

 花が名前を呼ぶと、帰ってきたのは公瑾の寝息だった。

 これには花は苦笑いするしかない。

「お疲れだったんですね…。ご苦労様です」

 花は優しい気持ちになると、公瑾を寝台の上に乗せて、そのまま眠らせる。

 抱き締めて背中を撫でながら、とても幸せな気分で眠りに落ちた。

 

 翌日。

 寝落ちの事実を知った公瑾が深々と溜め息を吐いたのは、言うまでもない。

 



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