戦乱が落ち着いたことを祝って、今夜は宴が開催される。 花はその宴の主賓だと言われて、いきなり着飾られてしまう。 「女性の支度は大変だからね。私も精一杯、花殿を綺麗にしますからね!」 綺麗にされる花よりも、何故か使用人のほうが盛り上がっている。 いつの時空であったとしても、女性の支度は大変なのだなと、花は実感をする。 花は先ず湯浴みをさせられる。 肌を綺麗に磨くためだと、使用人に言われた。 花を綺麗にする為に、尚香や大喬小喬が色々と手伝ってくれる。 「公瑾のいつもの笑顔を崩せるのは花だけだもんねー」 小喬は楽しそうに言う。 花はからかわれながら、幸せに何処か恥ずかしい気分になった。 「花を綺麗にして、公瑾の鼻を明かしてやりたいからねー」 「ねー」 大喬小喬の姉妹は、ニシシと笑いながら言う。 「花殿、とっておきに美しく致しましょうね。公瑾様はいつもに穏やかに笑っていらっしゃいますが、あの表情を崩すことはなかなか難しいと思っていましたが、花様ならば崩せるのではないかと思いましてね。如何でしょうか?」 使用人や尚香、大喬小喬がくすくすと笑いながら花をからかいと期待が入り交じったまなざしで見つめてくる。 あの公瑾の鉄壁な笑顔をどうしたら崩すことが出来るのかを、一生懸命考えているのが解る。 「花殿、私たちの手で最高に美しくしますからね」 尚香も乗り気だ。 仲謀軍の誰もが、ゲームのように楽しんでいるようにも思えた。 「有り難うございます」 だが、公瑾のために綺麗になりたいのは間違いない。 公瑾のそばにいても相応しいように。 美しいと言われたい。 綺麗と言われたい。 公瑾にだけそう思われたい。 公瑾がいればそれだけで幸せなのだ。 「さてと、先ずはこの漢服をお召しになって下さいね。皆様が花様に似合うと言って選んで下さったものなんですよ」 「有り難うございます」 用意されていた漢服は、見事な刺繍の施された素晴らしいものだった。 「…綺麗…」 花がうっとりと見とれていると、尚香が優しいまなざしを向けてくれた。 「この漢服を用意したのは公瑾なんですよ。選ぶのは私たちも手伝いましたが、この漢服には、公瑾の愛情がたっぷりと詰まっているんですよ」 尚香の話を聞いているだけで、花は本当に泣きそうになる。 公瑾のさり気なく深い愛情を感じずにはいられなかった。 「さあ、この服を着た後はしっかりとお化粧をして、もっと綺麗になりましょうね」「有り難うございます、尚香さん、大喬さん小喬さん…」 「お礼は私たちではなくて、公瑾にしてあげて下さいね。花殿のお礼だけで、公瑾は飛び上がるほどに喜ぶでしょうから」 「…はい、有り難うございます」 花はいささか緊張しながら漢服に袖を通した後、綺麗に化粧をされる。 こんなにも念入りに化粧をされるのは初めてで、嬉しさと緊張が胸を焦がす。 最高に綺麗になって、花は公瑾に喜んで貰いたかった。 暫くして、化粧が終わり、髪が結い上げられる。 愛らしい髪飾りがつけられて、花はとても華やいだ気分になれた。 「…花殿…、これでしたら、公瑾の鼻は充分に開かすことが出来るぐらいに美しいですよ」 「…有り難うございます…」 花は褒められて嬉しくてついはにかんだ笑顔になる。 「これで公瑾もイチコロだよね」 「ね! だけど公瑾は最初から花にはイチコロだよ」 「確かにそうかも」 大小たちはお互いに笑いながら、満足するかのように頷いている。 「さ、花様、美しいあなたを見てみませんか?」 「はい」 使用人は鏡を持ってきてくれ、映してくれる。 花は鏡に映っている女性が、自分だとはにわかには信じることが出来なかった。 それぐらいに見事に美しくしてくれていた。 花は嬉し過ぎて、つい涙が出そうになる。 「本当に綺麗ですね、花殿は」 尚香は嬉しそうにうっとりと呟く。 「…あ、有り難うございます」 「花ちゃん、とっても綺麗だよねっ! これであの公瑾も骨抜きー!」 「骨抜きバンザイっ!」 大喬小喬はふたりでやんやと言いながら、楽しそうに囃立てる。 花は本当に恥ずかしくて、耳まで真っ赤にして俯いた。 「花殿、公瑾殿が待っていますから、行きましょうか。どんな顔をするのかが私たちは本当に楽しみです」 完全に尚香と大小たちに遊ばれている。 花は恥ずかしさと嬉しさで、ただ微笑むしかない。 公瑾に愛されているのは、充分に解っている。 公瑾が何処まで気に入ってくれるのかが、不安だ。 二人きりになればとても優しくて甘い人。 だけど人の前では、あくまでクールなスタンスを崩さない人。 だからどこまで感情を出してくれるのかどうかは分からない。 花はドキドキしながら、公瑾がいる場所へと向かった。 公瑾は宴の前に琵琶を整えていた。 花が尚香たちに連れていかれてしまいかなり経つ。 正直、かなり気になっている。 恐らくは宴の準備で飾り立てられているのだろう。 花はいつも宴の時は軍師の格好で、飾り立てることなく出ていた。 あくまで軍師として、使者として、客人としてこの場所にいたのだから、当然といえば当然なのではあるが。 たがら、花が女性らしい格好をするのを見るのは、初めてといっても良かった。 漢服は幾つか用意をして、既に花は着てくれてはいるが、それでも着飾ってはいなかった。 花が最初に美しく着飾るからと、公瑾は美しくも品のある漢服を仕立てて、贈ったのだ。 花に似合うと思った薄い蒼と白の色調の漢服。 その色は公瑾の象徴する色でもあるから、花には是非とも身に着けて貰いたかった。 花が周公瑾の妻であることをしめすために。 正式な婚礼は準備中ではあるが、花は既に実質的に公瑾の妻だった。 公瑾は早く花に逢いたいという気持ちを抑えることが出来なくなってしまっている。 本当に花にいち早く逢いたかった。 「公瑾、花の支度が出来たそうだぞ。迎えにいかないとな」 仲謀が、またからかう為にやってきた。 公瑾は照れ臭くてしょうがないと思いながら、なるべくクールにしようと思っていた。 花に逢いたい気持ちは誰よりも強いのだから。 「琵琶を調えたら向かうつもりです。尚香様や大喬殿小喬殿には感謝しております。それは花も同じことでしょう」 公瑾はあくまでも冷静を装った。 公瑾が琵琶を置くと、扉が叩かれた。 「公瑾殿、花殿です」 「有り難うございます。尚香様」 公瑾はなるべく冷静を装って扉を開ける。 扉を開けるまでは、冷静でいられると信じていた。 しかし。 扉を開けた途端に、総ての冷静な気持ちを吹き飛んでしまう。 それぐらいに花は美しかった。 綺麗で艶やかで華やかな大人の女性だ。 ふたりで暮らし始めてからというもの、花は日に日に美しくなっていく。 公瑾は冷静に装うのを忘れて、ただ息を呑んで花を見つめた。 公瑾が艶のある潤ったまなざしで見つめてくれる。 二人きりの時間に見せてくれるとっておきのまなざしだ。 もう世界には二人しかいないのではないかと、思わずいられなかった。 「花、行きましょうか」 「はい」 公瑾は花の手を取ると、室を出る。 ふたりが余りにもの甘くも熱情的な愛を溢れさせていたから、仲謀たちはからかうのを忘れてしまい、ただ見つめていた。あのような恋をしたいと。 「…花、今日はとてもお綺麗ですよ…」 「有り難うございます」 ふたりは手を取り合って宴へと向かう。 後日、ふたりの甘さと熱さが、格好のからかいの材料になったのは言うまでもなかった。
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