周家は安泰だと、巷では囁かれている。 それは子宝に恵まれたことによるものだ。 公瑾と花の間には、現在、息子ふたりに娘がひとりいる。 お腹にももうひとりいることから、公瑾が、周家を存続させるためだけに、第二夫人を取ることはないだろうと、誰もが言っている。 しかも、公瑾は、夫人の花を深く愛しているときている。 このまま花以外の妻は娶らないだろうと、誰もが囁いていた。 久し振りに公瑾は休みを取れ、自宅にいた。 自宅にいるだけで癒される。 いつもそう思っている。 花がいる。 そして子供たちがいるのだから、当然だ。 休みの日はとても忙しい。 息子の勉強を見たり、子供たちに琵琶を聴かせたり教えたりと、充実してはいる。 ただ、花ともう少しだけふたりきりの時間を過ごしたいのは、事実だ。 花とふたりでのんびりと過ごすことが、公瑾にとっては最高の贅沢であるからだ。 花とふたりで一緒に過ごす。 これが公瑾の今の楽しみだ。 息子の勉強を見る。 日に日に頭角を現してきているのは、喜ばしいことだ。 とても理解が早い子供で、幼い時の公瑾よりもかなり優れていると、我ながら思ってしまう。 それぐらいに息子はしっかりとしているのだ。 だが、よく出来ることを理解しているからこそ、公瑾は息子には厳しく接している。 余り厳しく接しても駄目なのは解ってはいるが、それでも周家の家督を継ぐ者なのだ。 その責任の重大さを、息子にはしっかりと理解して貰わなければならない。 公瑾のこのような厳しい姿勢を、花はきちんと理解してくれている。 それゆえに見守ってくれているのが嬉しかった。 公瑾のことを愛して信頼してくれているからだ。 これは嬉しい。 公瑾もまた花を信頼し愛しているからこそ、子供たちを任せていられるのだ。 息子の書く漢字を見て、公瑾は指摘する。 「そこは違いますよ。この間教えた筈です。思い出しなさい」 「はい」 息子は頷くと、一生懸命思い出そうとしている。 直ぐに助け船を出すようなことを、公瑾はしない。 そうすれば、身にはならないことぐらいは充分に解っているからだ。 息子にはしっかりと勉強して欲しい。 そして、今は危うい均衡で保っている平和をきちんと安定させて欲しいのだ。 花の力を借りて勝ち取った平和。 覇者になるよりも、ある意味難しいものだ。 それを息子に課すのは厳しいことだということは解っている。 それでも、そうして貰うことが、両親の願いでもあった。 息子は思い出せないのか、固まってしまっている。 だが、公瑾は辛抱強く待った。 ちらりと小さな娘が花と一緒にこちらを見ているのが解る。 兄のことが心配なのだろう。 「お母様、お父様は厳し過ぎる…」 「大丈夫。お父様は、お兄様にとって良いと思っているからしているんだよ。心配しなくても、大丈夫だからね。お父様の厳しさは大好きと同じだからね」 「…うん…」 公瑾がふたりを見ると、花と目が合う。 花は優しそうに微笑んで頷いてくれた。 これには本当に有り難いと思う。 「解った!」 辛抱強く待っていると、息子が嬉しそうに声を上げた。 これには公瑾も嬉しい。 思わず微笑んでしまう。 息子は得意そうに漢字を書く。 今度の答えは合っていた。 「正解です」 「良かった」 息子が嬉しそうに笑う。 この表情を見ているだけで、公瑾は思わず目を細めた。 「墨子の書をきちんと読んでおきなさい。これからのお前には必要になるでしょうから」 「はい」 息子の勉強を見る時間が終わると、もう昼食の時間だ。 子供たちとのんびりと軽い食事を取るのも、公瑾にとっては楽しみなことだった。 静かに食事をしながら、つい花を見つめてしまう。 今朝も朝まで抱き締めていたのに、もっとそばにいたいと思ってしまう。 いつまでも愛しい。 花を嫌いになるなんてことは、どんなことがあってもあり得ないと思った。 食事の後は、小さな子供たちが公瑾のそばにやってくる。 「お父様、琵琶を聴かせて下さい」 公瑾の子供たちは、誰もが琵琶を聴くのが大好きだ。 それは、お腹の中にいる時から、聴いているからだろう。 花が妊娠中によくせがまれて聴かせている。 だからなのだろうか。 特に初めての子供の時は、よく聴かせていた。 そうだからなのか、やはり一番上の息子が、琵琶の技術に長けていた。 子供たちは父親を囲むようにして、琵琶を練習する。 長男などは調弦はお手の物だ。 まだまだ小さいのに、しっかりと調弦をしている。 「みんな上手だね。みんなの琵琶を聴かせて欲しいな」 「はいっ!」 子供たちは、花に嬉しそうに返事をすると、一生懸命琵琶を奏でる。 まだまだたどたどしい。 だがとても素晴らしい音色だ。 胸を打つ音色だ。 父親から子供たちへと受け継がれる温かな音色だ。 やがて公瑾の音色が加わり、素晴らしい音を奏でる。 花にとっては最高に癒される音色だった。 お腹の子供も心地良いのだろうと直ぐに感じられた。 「みんな、有り難う。とても良い演奏だったよ」 花の言葉に、家族全員が笑顔になる。 それがとても嬉しかった。 「お母様、嬉しいです」 息子が言うと、下の子供たちも真似をする。 しかし長男は本当に公瑾によく似ている。 公瑾の幼い頃も、このような小さな大人だったのだろうかと思って、くすぐったくなった。 琵琶演奏をみっちりと父親に習いながら、子供たちは真剣に取り組んでいた。 日に日に上手くなっている。 大きくなれば、父親のように素晴らしい演奏を聴かせることが出来るだろう。 花はそう思いながら、子供たちを見守っていた。 子供たちは盛り沢山な休日を過ごして、昼寝をする。 全員が眠ったことを、公瑾と花は見届けた。 「…子供たちがこんなに可愛いものとは、子供が出来るまでは気付きませんでしたよ」 「そうですね。私もここまで可愛いとは思いませんでした」 花がにっこりと微笑みながら頷くと、公瑾はそっと引き寄せた。 「…有り難う…。あなたが私に幸せと生きる意味をくれたのですよ」 「公瑾さんもです。公瑾さんが私に幸せやこの世界で生きてゆく意味をくれたのですから…」 花はにっこりと笑うと、公瑾を見つめる。 「有り難う…」 公瑾はフッと優しい笑みを浮かべると、花をしっかりと抱き寄せた。 「花、暫くの間、あなたを独占させて頂いても良いですか?」 「はい」 花が幸せな気分で頷くと、公瑾もまた頷いた。 公瑾と風通しの良い庭に出る。 庇のある長椅子の上で、ふたりはのんびりと腰を下ろした。 「こうしているだけで気持ちが良いですね」 「はい。気持ち良くて、幸せな気分です」 「そうですね」 ふたりは顔を見合わせると、甘いキスを交わした。 今は子供が眠っているから、まるで恋人同士に戻った気分で寄り添う。 「…花…。私も少し疲れたようです。眠っても構いませんか?」 「どうぞ」 花が柔らかく返事をすると、公瑾は花の膝を枕にしてゆっくりと横たわった。 心地良さそうに目を閉じる公瑾を見つめながら、花は幸せな気分になった。 暫くして、昼寝から覚めた子供たちがやってくる。 母親に膝枕をして貰ったままの父親を見て、子供たちは笑みを浮かべる。 花は子供たちに「しーっ」と唇に人差し指を宛てて囁く。 子供たちが、父親の為にそれに従ったのは、言うまでもなかった。
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