公瑾が風邪を引いた。 鬼の撹乱ではないかと、軍内部でまことしやかに流れている。 花が風邪を引くと、冷たい言葉を浴びせながらも、過保護なぐらいになる。 それに比べて、自らが風邪を引いてしまうと、本当に無頓着以外の言葉が見つからない。 今朝も公瑾は顔色が悪そうだった。 朝食の席で、花は公瑾をじっと観察をした。 「…公瑾さん、やっぱりかなり顔色が悪いですよ…。このままだと、余りよくありませんよ」 「…解っていますよ…。あなたに言われなくても…、そんなことぐらいは…。ですが、仕事が出来ないというほどではありませんから、ご心配は無用ですよ」 公瑾はさらりとかわすように言うが、食欲は全くと言って良い程にないようだった。 「…公瑾さん、余り食べていませんよね」 花は少し厳しいトーンで公瑾に言う。 「そんなことはありません。あなたの思い違いではありませんか?」 公瑾は相変わらず強気発言をする。 それを聞きながら、花は公瑾を睨み付けた。 軍広しといえど、公瑾を睨み付けることが出来るのは自分しかいないと、花は思っている。 「公瑾さん! 風邪が万病の元だということをお分りなんですか!? 風邪を引いたままでおいておくと、大変なことになるんですよ!? それに酷くなってしまったら、それだけ回復には時間がかかって、結局は皆さんに迷惑をお掛けすることになるんです。だから、今日一日しっかりと休んで下さい! 良いですか。今日、お仕事をしたからといって、そんなにも効率が上がるとは思えません。それならきちんと休んで、後で取り戻したほうが良いです」 いつも公瑾に言われてしまうことを、花はキッパリと言い放つ。 理路整然とキッパリと言ってしまえば、公瑾とて何も言わなくなるだろう。 花が睨み付けながら言うと、公瑾は面を食らったような顔になった。 その後、観念したように深々と溜め息を吐いた。 「公瑾さん」 花は公瑾の額に手を当てる。 明らかに熱がある熱さだ。 これには花も溜め息を吐く。 「熱もありますよ、公瑾さん。だから、今日はきちんとお休みにになって下さいね」 花は断固として、今日の出勤は認めないつもりだった。 「…解りました…。城に早馬を飛ばして、今日は登城しないと伝えて下さい」 「はい。直ぐに手配をしますね。公瑾さんは、寝台に戻ってしっかりとお休みになって下さい」 「…ああ。解った…」 公瑾は負けたとばかりに溜め息を吐くと、素直に受け入れるとばかりに頷いた。 「朝食は?」 「もう良いです…。今日は眠ることにしますよ…」 「はい。寝台に行きましょう」 花は公瑾に付添うと、寝台で眠るのを手伝った。 「今日はぐっすりと眠って、疲れと病気を撃退して下さいね」 「はい。解りました」 公瑾は苦笑いを浮かべると、花を見つめる。 「…あなたには完敗です。いつもならこれぐらいでは仕事をするのですが…、流石に駄目ですね…。素直に従うことにしますよ」 「はい。では、しっかりと眠っていて下さいね」 花は、公瑾の躰にうわ掛をきちんと掛けておくと、一旦、部屋から出た。 花がいなくなり、公瑾は溜め息を吐く。 具合が一気に悪くなってしまったような気がする。 そんな気分だからか、何だか心許無くなる。 早く花にはそばにきて欲しい。 そばで手を握っていて欲しいなどと、気弱な気持ちになる。 今までだとそんなことは一切なかったというのに。 真実の愛を得てしまうと、強がりはこんなにも出来なくなるのだろうか。 公瑾はつい溜め息を吐いてしまう。 花にしっかりと手を握り締めていて欲しい。 ぼんやりとそんなことを考えてしまっていた。 しかし。 こちらが甘えてしまいたくなるぐらいに、花は強くなった。 恐らくは、それは愛を得たことによるものなのだろう。 愛するひとの為に強くなる。 花の強さが、公瑾には妙に心地が良かった。 花は直ぐに都督府の使用人に頼んで、早馬を城にやって貰った。 テキパキとする花に、使用人頭の女性は感心してくれる。 「流石は花様ですね。公瑾様は、いくら私たちが休むように言っても、全くお聞きになられなかったんですよ。無理をして仕事ばかりをされるから、いつか重病にかかるのではないかと、私たちは気が気でなかったんですよ。それを奥様は黙らせて、休ませてしまわれるなんて、流石としか言い様がないですよ。ある意味公瑾様が唯一従うのは花様だけかもしれませんね」 使用人はくすくすと笑いながら、花を優しい笑みを浮かべて見つめてくれる。 そのまなざしがとても優しくて、花もつい笑顔を浮かべた。 「公瑾様にとっては花様のような奥方様がぴったりなんでしょうね。これもう結ばれるべきおふたりが結ばれたということなのでしょうね」 使用人の女性は、それはもう楽しそうに呟いている。 花は恥ずかしくて真っ赤になってしまったが、それは決して悪いことではなかった。 「花様、こちらは薬湯です。こちらを都督様に飲ませて差し上げて下さいませ」 「有り難う」 こうして気遣ってくれる使用人に恵まれて、花は嬉しい。 「人を信じることを、余りされない方でしたのに、花様がいらしてからはお変わりになりましたね。私どもはそれがとても嬉しく思っていますよ」 「はい。有り難うございます」 こうして、様々な人たちに支えられて、花はとても幸せだと思っていた。 花が薬湯を持って、房に戻ると、公瑾は眠っていた。 額に手を当てるとかなり熱い。 花は先ずは、冷たい水に漬けた手ぬぐいを固く絞って、公瑾の額に当てた。 すると公瑾は溜め息を吐いて、ホッとするように力を抜く。 気持ちが良いのだろう。 ふと公瑾の手が何かを探している。 花はそっと手を差し延べると、公瑾にいきなり手をしっかりと握られてしまった。 息が出来なくなるぐらいに甘くて熱い。 花は公瑾の手をしっかりと握り返す。 「公瑾さん、ずっとそばにいますから、大丈夫ですよ…」 花が柔らかく語り掛けると、公瑾はホッとしたように、花の手を握り返した。 その力強さに、花はつい笑顔になる。 「ずっと一緒にいますから、公瑾さん…」 花は公瑾の額に置いた手ぬぐいを頻繁に変えながら、優しく看病をし続けた。 重苦しい世界にいたとばかり思っていたのに、いつの間にかそこから抜け出していた。 とても気持ちが良くて、このまま漂っていたくなる。 安堵感が広がる。 そんな気持ちになりながら、公瑾はゆっくりと目を開けた。 「公瑾さん、ご気分は如何ですか?」 「…あ…、花…」 にっこりと微笑む愛しいひとに、公瑾はフッとつられるように微笑む。 本当に愛しいひとだ。 手をしっかりと握り締めて貰っている。 だから安心しているのだということを、感じずにはいられなかった。 「…随分と楽になりました…。明日は仕事が出来そうです」 「たまには仕事のことなどは、お忘れになっては如何ですか?」 花は優しい苦笑いを浮かべた後、公瑾を見た。 「では、早く治るように、薬湯を召し上がって下さいね。嫌だと言っても駄目ですよ」 花は笑いながら、わざと怒るような口調で呟いた。 「解りました。あなたには敵いませんね」 公瑾は躰を起こすと、花を真直ぐ見た。 「…花、あなたはいつからそんなに強くなりましたか?」 公瑾の問いに、花はにっこりと呟いた。 「都督夫人になったからですよ」 その一言につい頷く公瑾だった。 |