*幸せ時間*

 

 子供が出来てからというもの、花は幸せでしょうがない。

 花がいた世界とは違って文明の力はないけれども、それでも愛するひととの子供を育てるのは楽しいものだ。

 公瑾は息子にはこの上なく優しく接してくれている。

 自我が芽生えたら少しずつ厳しくすると言っているが、それは事実だろう。

 公瑾ならば冷静沈着さを持ち合わせた息子に教育するだろう。

 公瑾は厳しいことを言いながらも、愛を持って見守る父親になる。

 だから花は、息子を大きな優しさで包み込みながら、公瑾の助けになればと思っている。

 なかなか上手く母親にはなれないかもしれないが、精一杯努力をしようと思っていた。

 だからこそ乳母の手を借りずに、息子を育てようと思っている。

 公瑾は、花が乳母の手を借りずに子供を育てることを、最初は良く思ってはいなかったが、最後は渋々ではあるが認めてくれた。

 反対していたのも、花に負担がかかるからということだった。

 公瑾は、花の育児に役立つようにと、あえて初老の“ベテランお母さん”を着けてくれた。

 これはとても有り難くて、花は嬉しかった。

 分からないことがあれば、素直に訊いている。

 子供をあやしながら、花はついにっこりと笑う。

 腕の中で笑う我が子は、公瑾によく似ていて、将来は綺麗な男性になるだろうと思っている。

 自分に似ているよりも、愛する公瑾に似ているほうが、花には嬉しかった。

 子供を腕に抱きながら、花は一緒に楽しむようにあやす。

 ようやく元気良く笑うようになって、花はとても嬉しかった。

 不意に子供が泣き出してしまい、花はその表情を読み取る。

 最初は子供が何を訴えているのかがサッパリ分からなかったが、今なら分かる。

「おしめだね。気持ち悪いよね」

 花は苦笑いを浮かべると、子供を寝台に寝かせておしめを代える。

 ぎこちなかったが、少しずつ上手くなっている。

 本当に母親というのはなんて大変なのだろうかと思った。

 自分の母親もさぞかし大変だったことだろうと花は思う。

 一緒にいる時は、花はまだ高校生で、母親に甘えてばかりいて、子育てがどんなに大変かを分からないでいた。

 だが、今なら分かる。

 あの頃は、母親を有り難いとは余り思わなかった。

 面と向かって“有り難う”と言うのも、何だか照れ臭かった。

 今なら素直に言える。“有り難う”と。

 母親になったからかもしれない。

 父親もずっと家族を支える為に頑張ってくれていたことも、親となって実感したことだ。

 公瑾を見ていると、父親がどのような役割をしてくれていたことも理解することが出来た。

 父親にも、“有り難う”をきちんと言えなかった。

 父親がしてくれる総てのことを、“当たり前”だと思っていたからだ。

 もう両親には面と向かって、お礼を言うことが出来ない。

 花は心の中で、何度となく感謝をしながら、親にして貰ったことは、しっかりと自分の子供に返そうと花は思った。

 それが花が出来る唯一の親孝行ではないかと思っている。

 おしめを代えた後、花は息子をあやす。

 しかし余り機嫌が麗しくはなかった。

 直ぐに解った。

 お腹が空いているのだ。

 授乳時間ということで、花は息子におっぱいを吸わせてやる。

 お腹いっぱいなるまで一生懸命に吸う息子が可愛くて、花は思わず目を細めた。

「一生懸命におっぱいを飲んで、早く大きくなってね」

 花が語り掛けると息子は理解が出来たのか、更に強くおっぱいを飲んだ。

 そのうちにお腹がいっぱいになったようで、息子は花の腕の中ですやすやと眠ってしまった。

 花は息子を寝台に寝かせると、その横に一緒に横たわった。

 息子をそっと抱き締めると、花はゆっくりと目を閉じる。

 まだまだ授乳の間隔が短いから、花は眠たくてしょうがなくて、いつの間にかぐっすりと眠ってしまっていた。

 

 公瑾は仕事を手早く終えて、今日も邸に早く戻った。

 愛する妻と息子の顔を、いち早く見たかったからだ。

 公瑾は寝室に足早に向かう。

 早く花に逢いたい。

 勿論、息子にも。

 公瑾に、ありとあらゆる意味で生きる喜びを教えてくれるふたりに、逢いたくてしょうがなかった。

「…花…」

 愛する妻の名前を呼んだが、出ては来ない。

 いつもなら、息子を抱いて笑顔で出迎えてくれるというのに、今日に限っては出て来ない。

 都督の妻子として、身の安全はしっかりと確保しているつもりではあるが、いつ何が起こるとは限らない。

 いつもならばこんなにも下らない心配なんてしないのだが、花と息子が絡むと別だ。

 小さなことで心配してしまい、不安になると公瑾は思った。

 公瑾は、不安になりながら、寝室に入る。

「…あ…」

 寝室に入ると、愛する妻と息子がすやすやと寝台の上で眠っていた。

 なんて清らかなふたりなのだろうか。

 公瑾はついフッと甘く微笑んでしまう。

 ふたりの寝顔は、本当に可愛い。

 特に花はまだまだあどけなさが残っている。

 花と一緒になって、直ぐに子供も授かった。

 花はこちらでは適齢期ではあるのだが、花がいた世界ではかなり若くして結婚し子供を産んだ部類に入るのだという。

 確かにこのあどけなさを見れば、それも納得する。

 本当に愛らしい。

 公瑾は、花の柔らかな頬を優しく撫で付ける。

 本当になんて柔らかくて優しい頬をしているのではないかと思う。

 愛らしくて見ていても全く飽きなかった。

 息子とふたりで眠っている表情は無防備に美しかった。

 花の手をそっと握る。

 花は自分の手で一生懸命に子育てをしてくれている。

 それにはとても感謝している。

 母親の愛情をたっぷりと受けた息子は、真直ぐ育つことだろう。

 正直、我が息子ながら、公瑾は時折、嫉妬すら覚えてしまう。

 純粋な花の母親としての愛情を受ける息子が、羨ましいことすらあるのだ。

 我ながら子供だと思わずにはいられない。

 花の手の柔らかさを感じる。

 公瑾は思わず微笑んでしまった。

 息子の小さな手を握ると、ほっこりとした幸せな気持ちになる。

 勝つためならば手段を選ばない固い鉄のように冷たい公瑾が、妻や子供にはこんなに柔らかくて優しい気持ちを抱いていることを、誰も想像出来ないだろう。

 家族だけは特別だ。

 特に花は。

 公瑾は、大切で大切でしょうがない息子と花をすっぽりと抱き締める。

 それだけで幸せが溢れて思わず笑みが零れた。

「…んっ…」

 花が艶のある声を上げながら、ゆっくりと目を開く。

 うっとりと開かれた瞳はとても魅力的で、公瑾は思わず見惚れてしまう。

 それほど、花の瞳は魅惑的だった。

 公瑾の姿に気が付いて、花は思わず起き上がった。

「…ご、ごめんなさいっ! 起きますね」

「いいから…このままで暫くいて下さいませんか…?」

 公瑾は、慌てふためく花を制すると、柔らかく抱き締めた。

「…少しじっとしていてはくれませんか…?」

「…はい…」

 花がじっとしている間、公瑾は安らぎを独り占めする。

 今は息子がいる。

 息子と花を一緒に抱き締めて、公瑾はこの上ない幸せを感じていた。

「…公瑾さん…、とっても幸せです…」

「…私もとても幸せです…。あなたとこの子がいれば、とても幸せです…」

 ふたりは心を通わせながら、互いに寄り添い合う。

 夕餉の時間だが後少しこのままで。

 ふたりは幸せをじっくりと感じた。

「…ですが、息子が目覚めるまでに、食事をしなければなりませんね」

「そうですね」

 ふたりはタイムリミットだと理解し、息子を連れて食事に向かう。

 幸せで温かな時間は、尽きることはなかった。



Top