*甘い後悔*


 心から愛するひとと、身も心も愛されると、今までにない力が沸いてくる。

 小さなことではくよくよしなくなったし、困難にもより前向きに立ち向かえるようになった。

 それはきっと愛するひとが大きな愛で包んでくれているからに他ならない。

 花はそう思わずにはいられない。

 力を得たのも、美しさの本質を理解することが出来るようになったのも、総ては愛するひとのお陰だと、花は思っている。

 随分と落ち着くことが出来たのも、大好きなひとのお陰なのかもしれないと、花は強く感じる。

 この時空で根を生やして生きてゆくことが出来るようになったのは、愛するひとが精一杯包み込んでくれているからだ。

 花は満ち足りた幸せに包まれている。

 

 花は仕事をしている公瑾の横顔をじっと見つめる。

 仕事に集中している公瑾はとても綺麗で、花はついうっとりと見つめてしまう。

 精緻なまでに整った横顔は、芸術品なのではないかと思う。

 ここまで美しいものが作れるのは、神様以外にはいないと、花は思わずにはいられなかった。

 仕事の手を止めてじっと見つめていると、公瑾が冷徹なまなざしでこちらを睨むように見つめてきた。

「何ぼんやりとされているんですか、あなたは…」

 溜め息混じりに呆れ返るように言うと、公瑾は氷のような怒りを滲ませる。

 仕事をサボっていたのは確かに自分だから、花は萎れたようにしゅんとなった。

「…公瑾さんが、とても綺麗だったから…」

 嘘を吐いてもしょうがないので、花は正直に言った。

「全く…。あなたはどうしようもないひとですね」

 公瑾はすこぶる機嫌が悪い。

 “美周郎”と渾名されることを酷く嫌っているから、“綺麗”っいう言葉は、彼にとっては禁句なのだろう。

 それは解ってはいるが、やはり美しいものは美しいのだ。

 公瑾は黙ったままだ。

 やはりかなり嫌なのだろう。

「…仕事に戻りますね…」

 花は公瑾から視線を机に落とすと、仕事に集中しようとした。

「…お待ちなさい…花」

 公瑾は更に深い溜め息を吐きながら言う。

 花は呼ばれるままに顔を上げた。

「…花…。普通、男性には“綺麗”という言葉は使いませんよ」

「公瑾さんならば似合うと思って…。本当に綺麗で素敵だと思ったものですから!」

 花は、純粋な気持ちを知って貰いたくて、素直に言った。

「花。ですから、“綺麗”というのは、男にはふさわしくはないと言ったでしょう…。あなたは馬鹿ですか」

 公瑾は、花が馬鹿な子供だとばかりに呆れ果てているようだった。

 軽蔑すら感じるまなざしを向けて来る。

 こんなまなざしで見つめられると、泣きそうになる。

 いきなり公瑾は、花の前に立ち塞がったかと思うと、不意に公瑾に手首を掴まれる。

「…あっ…!」

 そのまま公瑾に抱き寄せられてしまった。

「…綺麗というのは、あなたのような女性のことを言うのです…」

 公瑾は呆れているように言っているくせに、花を情熱的に抱き締めてくれる。

 言葉と行動が正反対。

 それが公瑾なのだ。

 だが本当は、言葉の端々で甘い恋情が滲んでいるということを、花は誰よりも一番解っている。

「…私には…、あなたのほうが、余程お綺麗だと思いますけれどね…」

 公瑾は苛々しているようなトーンで話をするくせに、掛ける言葉はこの上なく優しいのだ。

 それは嬉しかった。

 公瑾は、花の背中を何時あやすように撫でた後、顔を上にあげさせる。

 公瑾の整い過ぎた顔が間近にあるだけで、花の鼓動は甘く激しいリズムを刻んだ。

 花は恋情の熱で潤んだ瞳を公瑾に向ける。

 やはり本当に綺麗だ。

「…やっぱり、公瑾さんはとても綺麗です…」

「…花…、あなたはもう少し自覚したほうが良いですね」

「…何を…ですか?」

 花がきょとんとして小首を傾げると、公瑾は呆れるのを通り過ぎた唸り声を上げる。

「花」

 名前を呼ばれたかと思うと、公瑾に唇を奪われてしまった。

 クールな態度とは裏腹に、公瑾は激しい情熱をぶつけるかのようにキスをしてくる。

 激し過ぎるキスに、花は飲み込まれてしまう。

 ごく自然に公瑾の背中に腕を回して、キスに夢中になった。

 激しい公瑾のキスに、花もまた激しく情熱を返していく。

 お互いに唇を激しく吸い合い、舌を絡ませあう。

 唾液を交換しながら、流れていくのすら気にはならなかった。

 これが愛するひととのキスなのだ。

 愛するひととのキスは、ふわふわとした綿飴のようなものだと、ずっと思っていた。

 だが、実際にはそんなことはないのだということを、公瑾から学んだ。

 花は、公瑾とキスをしながら、思い切り大胆になる。

 するまでは恥ずかしいのに、キスをしてしまうと全く恥ずかしくなかった。

 これは公瑾を激しく求めている故のことなのだろうと、花は感じていた。

 キスをした後、公瑾は花を見つめる。

 花もまた潤んだ瞳で公瑾を見つめた。

 少しだけ乱れて、艶のある美しさを滲ませている公瑾は、うっとりと見つめてしまうぐらいに美しい。

 本当の意味で色気があるというのは、まさに公瑾のことを言っているのだろうわ

 うっとりと見つめていると、公瑾はまた悩ましげに溜め息を吐く。

 その仕草が、信じられないほどに美しいということを、本人は気付いていないに違いない。

 美しいから益々見つめてしまう。

 すると公瑾は綺麗な顔を益々不機嫌に歪めた。

「…公瑾さん…、本当に綺麗です…」

 綺麗過ぎる。

 その讃辞をどうしても伝えたくて、花が口にすると、公瑾は再び不機嫌になった。

「…何なんですか…あなたは…」

 公瑾は花を胸の中に閉じ込める。

 その男らしい仕草に、花はドキリと鼓動を跳ねあげさせながら、ときめいた。

 やはり武人だけあり、彼の胸はしなやかに鍛えられていて男らしい。

 美しさと男らしい強さを持ち合わせた、類いまれなひとなのではないかと、花は思わずにはいられなかった。

「…こんなことを私の前以外で口にしてはいけませんよ。ましてや私以外の男に、その瞳で見つめるのもお止めなさい。いいですね」

 公瑾は、口が酸っぱくなるぐらいに言い飽きたとばかりに、花には懇々と言ってきた。

 花はそれをきょとんと聴く。

「公瑾さん、こんなことは公瑾さん以外には言いませんよ。だって、そう思うのは公瑾さんに対してだけですから」

 花は不思議に思いながら、公瑾に言ったが、彼は我慢出来ないとばかりにうんざりとした表情になった。

 どうして公瑾がこのような表情になったのかが、花には理解が出来なくて、ただ唖然とした。

「…どうしてあなたはもう…っ!」

 公瑾は苛々が最高潮に達したとばかりに言葉を吐き捨てると、いきなり花を思い切り抱き上げてきた。

「あ、あのっ!?」

「あなたが可愛いのが悪い」

「へ?」

 花は何が何だか解らなくて、公瑾を見上げる。

「どういうことですか?」

「あなたこそ、綺麗で…可愛い…。仕事中だからと、私がずっと我慢をしていたのが解らないのですか? まあ、それがあなたらしいと言えばそうなのですが…。私が仕事で我慢出来ないぐらいに可愛いことばかりを言うのはお止めなさい…。きっと、もう可愛いことは言いたくないと思うはずですよ…」

 意味深な笑みと言葉を向けられたかと思うと、公瑾は寝室へと向かう。

「あ、あのっ! お昼間です」

「それがどうしたというのです。ひとは来ません。鍵もかけましたからね」

 焦る花を尻目に、公瑾はさらりと言って、寝室に入る。

 

 花が甘い後悔をしたのは言うまでもなかった。

 



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