*眠れぬ夜のために*


 夜は大好きで、大嫌いだ。

 美しい夜空を見上げるのはとてもロマンティックだけれども、同時に、闇の恐さも感じる。

 闇の孤独と呑まれてしまうのではないかと思う底なしの恐怖。

 それと同時に、闇の優しさも感じるのだ。

 総てを優しく包み込んでくれるような大きな安堵が、疲れを取ってくれる。

 特に大好きなひとと一緒に眠る幸せは、言葉では表すことが出来ないぐらいに幸せで、ロマンティックな気分になれる。

 これ以上ないぐらいに幸せな気持ちでいられるのだ。

 愛するひとの温もりを躰で受け取りながら眠る幸せ。

 満ち足りていて幸せで堪らない眠り。

 こんなにも満たされていたら、安心して眠ることが出来る筈なのに、眠れない夜もある。

 愛するひとだけが眠っていて、自分だけが眠れない夜は、特に切なくて堪らなくなる。

 泣きたくなるぐらいの孤独と切なさで、不安になって満たされない時間が続く。

 そうすると余計に眠れなくなってしまう。

 どうか。

 どうか、愛するひとが、目覚めて、物語や子守歌を紡いでくれたら良いのにと思わずにはいられなくなる。

 

 公瑾と濃密で愛が溢れた時間を過ごした後、花は柔らかな闇に抱かれて眠れたように思えた。

 しかし、実際には上手く眠れなかった。

 うとうとしていたのも束の間で、直ぐに目覚めてしまった。

 それからは妙に目が覚めて眠れなくて、花は何度も寝返りを打たなければならなかった。

 隣では公瑾がすやすやと眠っている。

 起こすわけにはいかなくて、花は寝返りがバレないようにとそっと愛するひとから離れた。

 こうしていれば、花の寝返りのせいで眠れないということはない。

 そう思って、少しばかり距離を置いた途端に、いきなり引き寄せられてしまった。

「……どうされたんですか……?」

 公瑾は眠そうななまめかしい声で言うと、花をいきなり抱きすくめてくる。

「……私が眠っている間に、何処かへ行ってしまうというようなことは……、本当にありませんか?」

 公瑾の声が不意に心許無い不安げなものになる。

 花は公瑾を柔らかく抱き締め返すと、ニッコリと微笑んだ。

「それはありませんよ……。眠れなかったんです……」

 花は素直に、どうして公瑾から物理的な距離を置いたかを伝える。

「……眠れなかった? あなたのほうが先に眠ったとばかり思っていましたが……」

「確かにそうだったんですけれど……、目覚めてしまって。そこからは全く眠れなくなってしまって寝返りを打っていたんです。流石に寝返りを何度も打つと公瑾さんを起こしてしまうことになりますから……。結局は、公瑾さんを起こしてしまいましたが」

 花が苦笑いを浮かべると、公瑾はその胸に引き寄せてくれる。

「あなたが眠れなくて、寝台から出てしまったら、私も寒くて起きてしまいますからね。ただそれだけですよ」

 公瑾は相変わらずの物言いだが、その裏には優しさが滲んでいることを知っている。

 花は甘えるように公瑾に抱き着いた。

「……公瑾さんは眠っても構わないんですよ?」

「いいえ、起きていますよ。私は、あなたがきちんと眠れなければ、明日の仕事は上手くいきませんからね」

 公瑾のひねくれた優しさに、花は笑顔を零した。

「眠れないのは、怖い夢でも見たからですか……?」

「いいえ、そうじゃないです。今夜は何だか眠りが浅かったみたいで、夢を見る手前で、目が覚めてしまいました」

 花が苦笑いを浮かべると、公瑾は背中を優しく撫でてくれる。

「明日も仕事がありますからね……。あなたはゆっくりと眠って下さい」

「はい」

「どうしたら眠れますか?」

「小さな頃は、お母さんによく子守歌を歌って貰ったり、後はお話を聞かせて貰ったりしていました」

「そうですか……。ですが、私は琵琶や笛を吹くことは出来ても、歌を歌うことも出来ませんし、それに話もよく分かりません。兵法ならば解るんですけれどね……」

 公瑾は困ったように笑いながら、花を優しいまなざしで見つめてくれる。

 それが嬉しくて、花はしょうがなかった。

「こうして、公瑾さんとお話をしているだけで、安心しますし、何だか幸せな気持ちになります。落ち着いた気分で眠れるかもしれないですし、甘い緊張にドキドキするかもしれないですし」

 花がくすりと笑うと、公瑾はスッと甘く目を細めた。

「全く……。あなたはしょうがありませんね」

 公瑾は笑いながらも、花をあやすように背中を撫でてくれる。

 ふたりに子どもが出来たなら、きっととても素敵な父親になるだろう。

 花はしみじみそう思わずにはいられない。

 公瑾ならば厳しくて温かい父親になれるだろう。

 想像するだけで、花はつい顔をニヤけさせてしまった。

「どうしたのですか、あなたは……。そんな締まりのない顔をされて」

「何でもないですよ」

「言いなさい」

 公瑾は怒っているというよりは、花が何を考えているのかが、知りたくてしょうがないといったところだった。

「……公瑾さんがお父さんになったら、きっと、こんな風の眠れない子どもをあやすのかなあって思ったんですよ」

 花は恥ずかしさと幸せな気持ちの両方で、真っ赤になってはにかみながら呟く。

 すると公瑾は花を頭ごとしっかりと抱き締める。

「ここまで密着するのはあなただけですよ」

 公瑾はそう言うと、花の背中を撫で付ける。

 確かに、こんなにも官能的なリズムで背中を撫でるのことを、子どもにはしないだろう。

「花……。あなたは本当に、どうしようもないですね」

 言うなり、公瑾は深い角度で唇を重ねてきた。

 その甘さと艶やかさに、花はうっとりと溺れてしまう。

 こんなにも熱くなるなんて、思ってもみないことだった。

 息が乱れてしまうぐらいに甘くて、激しい。

 お互いの熱を共有しながら、ふたりは何度も唇を重ねてくる。

 その甘さに、花は気が遠くなりそうだった。

 背中に欲望が滲んで、愛が感じられるキスを、ふたりは何度となく交わす。

 その沸騰してしまった情熱に、もう手が負えなくなっていた。

 何度も何度もキスをした後で、ふたりは息を乱しながら、ようやく唇を離した。

 甘い感覚に、花は蕩けてしまいそうだ。

 ついうっとりとなってしまい、花は潤んだまなざしで公瑾を見つめた。

「……本当にあなたはいけない方ですね……。どうなっても知りませんからね……」

 公瑾は艶がたっぷりと閉じ込められた甘くて低い声で呟くと、花を組み敷いてしまう。

 いきなり押し倒される格好になってしまい、花は思わずおののいた。

「……あ、あのっ!? 公瑾さんは何をされるんですか?」

 花が焦るように言っても、公瑾は微笑むだけだ。

「何をと言われましても、あなたが眠れるように最終手段を取るだけですよ。あなたにはこれが一番ですから……」

「えっ、あ、あのっ、そのっ!?」

 花がいくら焦っても、公瑾は止める気配はない。

 そのまま甘い愛の世界へと、花を誘った。

 

 愛し合った後、花はようやく安らかな眠りを手に入れた。

 優しい寝顔に、公瑾は思わず笑みを零してしまう。

「……やはりあなたの寝顔はとても可愛いらしい」

 公瑾はフッと微笑むと花を腕の中に閉じ込める。

「…あなたを結局は寝かせることが出来ませんでしたが、結果的には良かったようですね……。おやすみなさい、良い夢を」

 公瑾は優しく囁くと、そのまま目を閉じる。

 最高の夢の世界に向かって、公瑾は眠りについた。

 



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