*ハレの日*


 公瑾の屋敷では、誰もがバタバタと準備に忙しくしている。

 花もまたそのひとりではあるのだが、肝心のところではかやの外にされてしまう。

 誰もが本当に忙しそうにしているから、手を貸そうとすると、そんなことはしなくても良いと断られてしまうのだ。

 何だかつまらない。

 少しでも良いから手伝いたいのに、それすらも許されないのだろうか。

「何だかおつまらなさそうですね。花様」

 侍女が優しく声を掛けてくれる。

 彼女も先ほどまではかなり忙しそうにしていたのだ。

「…一段落ついたの?」

「はい、私は…」

 にっこりと微笑む侍女に、花は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「ごめんなさい…、お手伝いをしたいのは山々なんだけれど…」

「ええ、私どもは花様のお気持ちはしっかりと受け止めておりますよ。お気遣い有り難うございます。ですが、花嫁様が宴の準備をしなくても大丈夫ですよ。他に色々とお忙しいですから」

「…有り難う…。だけど、手伝いたいなあって思うの。私のいたところでは、宴の計画は花婿と花嫁が考えるものなんだよ。自分達で宴の招待状を作ったりしてね」

「まあ! そうなんですか。ですが、私どもにお任せ下さいませ。公瑾様も花様もきっと幸せなご気分になりますわ」

 侍女はにこやかな笑顔で言うと、花を真直ぐ見つめた。

「楽しみにしています。皆様のことだからかなり素晴らしい宴を開いて下さるでしょうから」

 温かな想いが籠った結婚式。

 花は、素晴らしいものになるだろうと、笑顔で予想していた。

「花様、婚礼衣装が届いたそうですよ。寸法が合うか、最終確認致しましょうか」

「はい」

 何もしなくて、衣装だけを合わせに行く。まるでお姫様にでもなった気分だ。

「何だかお姫様にでもなった気分です」

 侍女ににっこりと微笑みかけると、頷かれる。

「当然ですわ。花様は都督夫人ですから、お姫様であることは当然ですわ。さあ、花様、衣装に着替えて頂きましょうね」

「はい…」

 花はドキドキしながら婚礼衣装を見に行く。

 綺麗に掛けられた美しき蒼と白の婚礼衣装。

 簡素なのに気品が溢れているそれは、憧れにも似た想いを花に抱かせてくれた。

「美しいですね…」

「ええ。公瑾様の雰囲気に染められる花様のようですよ。だけど、花様もご自分の清らかな白い部分は失っていらっしゃらない…。そんな雰囲気を感じます…」

 侍女の言葉がすとんと胸に落ちる。

 全くその通りだと、花は思った。

「では衣装に袖を通して下さい」

「はい」

 花は甘い幸せのときめきにくすぐったい想いを抱きながら、婚礼衣装に袖を通した。

 公瑾の花嫁になる。

 そんなことは夢物語だと思っていたのに実現するなんて思ってもみなかった。

 花は、婚礼衣装に袖を通すだけで、気持ちが引き締まると同時に、幸せが心に滲んでくるのを感じていた。

「寸法はぴったりですわね。花様。よくお似合いですわ。当日のお化粧をされたお姿を見られたら、公瑾様もお喜びになられると思いますよ」

「有り難う…」

 公瑾が選んでくれた花嫁衣装だから、似合うと思って貰いたい。

 大好きな男性を魅了したい、

「花様、婚礼の当日が楽しみですね」

「はい」

 花は、当日、花嫁衣装を着て、化粧をした姿で、公瑾の妻になるのが楽しみでしょうがなかった。

 

 公瑾は幸せを噛み締めながら、婚礼用の衣装を身に着けていた。

 後少しで、愛する者と一緒になれる。

 愛しくてしょうがない相手と結婚することが出来るのだ。

 花さえそばにいてくれたら、それだけでどのようなことでも頑張れるような気がしていた。

 今宵の宴では愛する者のために、琵琶を演奏する予定だ。

 花が大好きな琵琶をほんの近い場所で演奏をするのだ。

 花と出会ってから、琵琶から温かな音色が出るようになった。

 それも花のお陰なのだ。

「公瑾、似合ってるな。都督は益々活躍するって雰囲気だ」

 控えの間に入ってきた仲謀が冷やかすように言う。

「仲謀様、お止め下さい。確かに生涯最良の相手を見つけることが出来ましたので、これから益々職務に専念致しますが」

 公瑾は穏やかな笑みを浮かべながらも、力強く呟く。

 からかわれるのは本意ではないが、これからはしっかりと未来を見据えて職務を遂行出来る。

 その裏には、精神的に支えてくれる者の存在があるのだが。

 花がいるから。

 安らぎがあるからこそ、これからは更に先に進んでゆける。

 公瑾は強くそれを感じていた。

「俺も益々お前の手を借りながら前を向いて頑張らなければならないってことだな。公瑾、今日だけは羽目を外して…、まあおまえにはそれは有り得ないだろうが…」

 仲謀の言葉に、公瑾は穏やかに微笑むばかりだ。

 羽目を外す。

 それが素の自分を見せることなのならば、それは花以外には出来ないだろう。

 唯一の素を見せられる相手を見つけられたのは、公瑾には大きなことだった。

「今日はおめでと。会場でみんなでお祝いしよう」

「有り難うございます」

 仲謀が控えの間から出ていった後、公瑾はいよいよ花がいる場所に向かう。

 花はどれほど素晴らしい花嫁になっているだろうか。

 公瑾は楽しみで仕方がない。

 同時に甘い鼓動が走り始める。

 こんな風に鼓動が激しくなるなんて思ってもみなかった。

 ましてや恋をして結婚をするなんて有り得ないことだとずっと思っていたのだ。

 自分は相応しい相手と、結婚をする。

 そこには愛はなく、ただ職務の為だけ。

 そんなことをずっと思っていた。

 恋をして結婚をするなんて考えられないことだったのだ。

 だが今は、その夢のまた夢が叶おうとしている。

 公瑾にとっては何にも替えがたい幸せだった。

 

「花様、間も無く都督が見えられますよ」

「はい」

 公瑾がやってくる。

 緊張し過ぎてしまい、花は息を浅くしながら背筋を質して待つ。

「花様、都督が見えられました」

「はい」

 椅子から立ち上がって振り返ると、そこにはうっとりとするほどに凜とした公瑾が、正式な装束を纏って立っていた。

「さあ、花…。行きましょうか」

 公瑾が真直ぐ手を差し延べてくれる。

 花は迷うことなく、その手をしっかりと取った。

 手を取った後、公瑾は花をじっと見つめてくる。

 まなざしはとても熱くて、花は息が苦しくなる。

「…綺麗ですよ…花…。誰にも見せたくはないぐらいに…」

 公瑾の落ち着いた艶やかな声で言われると、花は胸が苦しくなるほどの幸せを感じる。

「…有り難うございます…。公瑾さんも素敵です…」

「有り難うございます。行きましょうか。みんなにからかわれに」

「はい」

 ふたりは、お互いにその手をもう二度と離さないと誓いながら、宴の開かれる広間へと向かう。

「…花…、これからはずっと一緒ですから」

「はい」

 公瑾の手は温かくてとても力強い。

 花はさの強さに心が満ち溢れてくるのを感じた。

「公瑾さん、琵琶の演奏を楽しみにしていますね」

「あなたに言われると、聴かせたくなりますよ。今宵はあなたと、私たちを見守って下さっていたひとたちにお礼を込めて演奏致しましょう」

「お願いします。本当に楽しみにしていますね」

「…はい」

 公瑾は甘い笑みを浮かべると、花に耳打ちをする。

「…愛していますよ…花…。今日は余りにあなたがお美しいから、宴を途中で抜けたくなるかもしれませんね…」

 公瑾の艶やかな声と言葉に、花は真っ赤になって俯く。

「さあ、行きましょうか。あなたには一生責任を取って頂かなければ」

「はい。責任を取ります」

 ふたりは一緒に扉を開ける。

 これからふたりでの新しい人生への扉を、今、開け放った。

 



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