鈍い青色でありながらも、春の空は清々しい。 昨日までは重い足取りだったひとたちが、はにかみながらも颯爽と歩き出す季節。 春はそんな時期だ。 春を象徴する、桜の花が咲き誇っている。 鈍色の光を通して輝く花は、切ないぐらいに美しい。 一瞬で咲いて、一気に散るからか、桜の花を見つめているだけで、胸がきゅんと締め付けられる。 まるで初恋のようだ。 昼間は透き通った桜色に見えるのに、夜は何故か白に見える。 それはまるで何かの喪に服しているとすら思えてしまう。 昼間の桜色は初々しい少女のようなのに、夜桜は艶やかな娼婦のように見える。 麗しき二面性。 夜と昼の顔が違うからこらこそ。惹かれてしまうのかもしれない。 桜がいよいよ盛りになり、子猫のくしゃみで散ってしまうのではないかと思うぐらいに、儚くも盛りの美しさを見せている。 都督府の美しい庭にも、見事なまでの桜が咲き乱れている。 ついうっとりと見つめてしまう。 この世界にきて、こんなにものんびりと桜を眺めるのは初めてで、花は嬉しい気分になっていた。 この世界で見る桜もまた見事だ。 満開の桜に優しい光が差し込んで、幻想的に美しい。 ほんのりと風が吹いたら、散ってしまうのではないかと思うぐらいに儚い。 だが、力強くも感じる。 「何をされているのですか?」 振り返ると、優しい笑みを浮かべた公瑾が立っていた。 「桜を見ていたんですよ。都督府の庭はとても立派で大好きですが、春になると、本当に楽園のように綺麗なんだなあって、感動していました。特に桜が美しいです」 花が嬉しさを隠しきられない声で言うと、公瑾もまた嬉しそうにフッと微笑んでくれた。 「嬉しいですよ。私は、春の花の中では桜が一番好きですから」 「私もですよ! 公瑾さん。私たちは気が合いますね」 「気が合わなければ、結婚したりはしないでしょう?」 「確かにそうですね」 花は納得して頷くと、くすりと笑った。 「桜は透明な美しさが好きですよ、私は。公瑾さんは…?」 花が公瑾を見ると、彼は美しくも愁いを滲ませた瞳を桜に向けていた。 「……私は……、一気に満開になり、一気に弱い風でも散ってしまうような潔い儚さが好きなのかもしれませんね……」 公瑾はこちらの胸が切なく痛んでしまうようなまなざしと声になる。 花は今にも泣きそうになってしまう。 「……桜の儚さが、私の武人としての生き方と共通していたからかもしれないですね……」 「……公瑾さん」 花が切なくも重い想いを滲ませながら公瑾を見ると、ふと優しい笑顔をくれた。 「今はあなたがいますし、家族ももうすぐ出来ますから、桜のような生き方をしたいとは、私も思わなくなりましたけれどね」 公瑾は、花をこれ以上心配させまいとばかりに、さり気なく気遣ってくれるように、力強く言ってくれた。 それが花には嬉しかった。 「こうして、公瑾さんと一緒に、桜の花を見る事が出来ることを、私は嬉しくて思います。今年は、最高の春を迎えられましたよ」 「ええ、私もですよ」 公瑾は、花をしっかりと背後から抱き締めると、首筋に唇を這わせてくる。 桜を眺めながら、首筋に愛撫をするようなキスを受けて、花は思わず甘い吐息を上げた。 「……桜の花を見つめるあなたは……、本当に美しいですよ……。私がうっとりしてしまいそうになるぐらいに……」 「……公瑾さん」 公瑾に甘い言葉と声で愛でられてしまうと、花はつい官能に心を奪われてしまう。 「花……」 いつもはイジワルでツンツンしているところもあるが、ふたりきりでいる時は、こうして甘い時間を感じさせてくれる。 幸せだ。 公瑾は、腕の中で、花の躰をクルリと回転をさせた後、唇を重ねてくる。 桜の花の前でキスをするなんて、最高にロマンティックなシチュエーションだ。 花は公瑾の優しいのに艶のあるキスに酔い痴れながら、しっかりと男らしい公瑾の躰に腕を回した。 風が吹いて、美しい桜の花が庭を優雅に飛んでゆく。 まるで天国の花園にでもいるような気分だ。 キスの後、さらさらとした綺麗な公瑾の髪に、桜の花びらが着いていた。 花は思わず手を伸ばしてしまう。 「公瑾さん、桜の花びらが髪に」 花が手を伸ばすと、公瑾は屈んで、取り易いようにしてくれた。 それがまた絵になるぐらいに素晴らしい。 「有り難うございます、花」 「公瑾さんって、本当に綺麗なんですね……」 関心するように言うと、公瑾は苦笑いを浮かべた。 「あなたのほうがずっと綺麗ですよ。花びらが綺麗に髪に着いていますよ。あなたはまるで桜な精のようですよ」 公瑾はそう言うと、花の髪に絡んだ桜の花びらに触れた。 とても綺麗な指先で、花はついうっとりとしてしまう。 「何だかドキドキします。公瑾さんは特に綺麗ですから」 「全く……あなたというひとは……」 公瑾は苦笑いを浮かべた後、花の髪に絡んだ桜を取り除いてくれた。 「有り難うございます」 花が礼を言うと、公瑾はただフッと笑ってくれた。 公瑾とふたりでこうして桜の花を見られるなんて、こんなに素敵でロマンティックなことは他にはないと、花は思わずにはいられない。 「……こうして桜を見るのは、久し振りです。生まれ育った世界では、皆でお弁当を食べながら桜を見るのが楽しかったんです。皆、桜の美しさの前で、ハメを外しているのも楽しかったですし」「…では、昼食はこちらに持って来させましょう。ふたりでこちらで桜を見ながら昼食を食べるのも楽しそうですから」 「有り難うございます」 まさか、ここでお花見が出来るとは、花は思ってもみなかった。だからこそ嬉しくてしょうがない。 公瑾は、早速、昼食を庭に用意させてくれた。 レジャーシートのようなものを敷いて、まるでピクニックに来ているかのような錯覚になる。 「では、桜を見ながら、昼食を取りましょうか?」 「はい」 ふたりでこうして昼食を食べながら桜を見つめることが出来るなんて、今日は本当に素晴らしき日だ。 まさかこうしてこの世界に来てまでも、桜の花で花見が出来るなんて思ってもみなかった。 愛するひとと出来るなんて。 恐らくは公瑾が気遣ってくれたのだろう。 公瑾は、ひとり異国に残る花を、こうしていても寂しくないようにと、精一杯の気遣いを見せてくれているのだ。それが嬉しかった。 ふと、公瑾がウトウトとしているのが見える。 「公瑾さん、お疲れですか? いつも一生懸命、お仕事をして下さっていますからね」 「ここのところ仕事が立て込んでいましたからね。疲れているのかもしれません」 「余り無理をされないで下さいね」 「はい」 公瑾は頷くと、花を見る。 「花、膝を借りても良いですか? 少し眠りたいのです」 「どうぞ」 公瑾に膝を貸して、花は温かなほんわかとした幸せを感じる。 花は公瑾の髪を緩やかに撫でる。 それだけで甘い幸せを感じずにはいられない。 花は、産まれてくる子どもが、公瑾にそっくりだったら嬉しいのにと、思わずにはいられなかった。 本当に幸せだ。 桜を見つめながら、大好きなひとをそばに感じる。 春うらら。 春色の光を感じながら、花はこの世界に残って良かったと、思わずにはいられない。 自分の選択は間違っていなかった。そう感じる。 来年はお腹の子どもと公瑾と、もっと幸せな桜が見られるだろう。 それが楽しみだった。 |