お正月というのは、やはりこちらの世界でも重要であるということは、花もひしひしと感じていた。 神聖で張り詰めた空気を感じるのだ。 誰もが新しい年を飛躍の年にしようとばかりに意気込んでいるのは、ひしひしと感じられる。 誰もがスタートラインに新年を選びたいと思うのは、世界は違えど同じことなのだということを、花は感じていた。 来年はどのような年になるだろうか。 花にとっては大きな飛躍の年になるだろうと、そんな予感すらしていた。 今年はいよいよ公瑾との初めての子供が生まれるのだ。 公瑾との子供。 まさかこんなにも早く母親になるとは思わなかったが、生まれてくる我が子を想像するだけで甘ったるい幸せを感じずにはいられない。 花にとって出産は、人生最大のイベントのひとつになるのは確実だからだ。 今年は何が待っているかと思うと、花は楽しみで仕方がなかった。 昨夜も公瑾と甘い時間を過ごしたから、余り眠っていないというのに、心が澄んで、気持ちが満タンになっているからだろう。 花は気持ち良く目覚めて、躰を起こそうとした。 「…ん…、どうされたのですか…花…」 公瑾の半ば寝ぼけているような声が聞こえる。 それがまた可愛い。 公瑾がこうして無防備でいてくれるのが自分の前だけであることは、花は充分に解っているから、何だか嬉しい。 「そろそろ起きますね。公瑾さんは眠っていて下さいね」 「…まだ早いですよ…、あなたが起きるのも…」 「きゃっ」 言うなり、公瑾は花の腕を取って寝台に引きずり込んでくる。 「あ、あの」 「あなたがいないと寒いんです…」 公瑾は花を温もりごとしっかりと抱き締めて、離そうとはしない。 可愛いと思いつつ、花は柔らかく公瑾を抱く。 「支度がありますから、公瑾さん」 「…何の支度なのですか…? 城に参内するにはまだまだ早いでしょう?」 公瑾は断固として受け入れないとばかりに言うと、更に花を拘束してきた。 こうして求めてくれるのは嬉しいが、今朝はどうしても起きたかった。 「朝餉の準備に行きたいんです」 「そんなことは使用人に任せておけば良いでしょう?」 「お正月の朝はせめて準備だけでもしたいんです。公瑾さんに食べて貰いたいものがありますから…」 「…私に…?」 公瑾は驚いたように目を開く。その瞳は何処か嬉しそうだった。 「…私の世界のお正月に食べる料理をどうしても召し上がって欲しくて…」 花が柔らかく言うと、公瑾はゆっくりと抱擁する腕を緩めてくれた。 それならばと思ってくれたようで、少し意地悪で沢山愛情が籠ったまなざしで見つめてくる。 「…解りました…」 「有り難う、公瑾さん。公瑾さんはもう少し眠っていて下さい。お正月料理といっても、とても簡単なものなので、大したことはないんですが」 「解りましたよ。期待せずに待っておきますから」 「はい」 公瑾らしい捻くれが入った言葉にくすりと微笑みながら、花は寝台からするりと抜け出した。 手早く身支度をして、朝の寒い台所に入る。 使用人たちは奥方が厨房に立つということで、ほんの少し恐縮しているようだった。 花は雑煮を作ろうと為に、下準備をしていたので、作る自体は直ぐに出来る。 全く同じものは揃えられなかったが、それでもそれなりの形を作ることが出来た。 花が暮らしていた地域の雑煮は、すまし汁で、それも影響していたのかもしれない。 花は愛する公瑾の為に料理を作るのが幸せだと感じる。 花は、これからもずっとお正月には手作りの雑煮を食べさせたいと思った。 勿論、これから生まれてくる子供たちにもだ。 公瑾との子供たちは、花が生まれ育った世界の伝統を、少しでも良いから理解して貰いたかった。 花は愛情を込めて雑煮を作り、それを椀に盛る。 我ながら悪くない見た目に少しだけホッとした。 厳しい公瑾もそれなりに認めてはくれるだろう。 花は静かに雑煮を持って食卓に向かう。 勿論、こちらの食材も食卓には多数並べられている。 これらを作ってくれたのは、公瑾と花が信頼している料理人たちだ。 呉に来て思ったことは、料理がとても美味しいということだった。 花が元の世界で好きだった料理もあり、とても嬉しかった。 食堂に入ると、既に綺麗に準備がされていて、公瑾はラフなスタイルになっていた。 「公瑾さん、お待たせしました」 花が食卓に雑煮を並べると、公瑾は不思議そうに眺めていた。 「あなたの世界の正月料理というものは、随分と質素なのですね」 「おめでたいものなんですよ。これでも」 「そうなのですか」 公瑾はただじっと眺めていた。 花が食卓について、いよいよ朝餉が始まる。 「いただきます」 ふたりで礼儀正しくいただきますをしてから、先ずは雑煮を食べる。 花は内心緊張しながら、公瑾が食べる様子を眺める。 どうか美味しいと思ってくれますように。 味に厳しい公瑾だから、余計に緊張してしまう。 公瑾は一瞬だけ少年のように微笑んだが、またいつもの冷たい表情に戻った。 「…まあ、まあ、ではないでしょうか…」 「まあ、まあですか…」 「ええ。まあまあです」 公瑾の表情と声のトーンを聞いていると、それなりに満足してくれているのは、直ぐに解った。 公瑾らしい言葉だ。 花はホッとして、雑煮を食べ始めた。 我ながら有り合わせの材料を使ったわりには良く出来たと思った。 「これは雑煮と言って、一年間の無病息災を祈るおめでたい料理とされているんですよ。家族も仲良くいられるように」 「でしたら、来年もずっと続けたほうが良さそうな慣わしですね」 「はい」 「これから家族はどんどん増えるかと思いますが、続けてゆきましょう」 「はい」 公瑾が、花の世界の伝統を受け入れてくれたことが嬉しくて、つい満面の笑みを浮かべる。 こうしてお互いの伝統を受け入れて仕事が出来れば良いのにと、思わずにはいられない。 きっとそうなるだろう。 ふたりならば。 それが花には嬉しくて幸せなことだった。 城に向かって仲謀に謁見をするための準備をする。 花は久しぶりに美しく正装をする。 お腹が出てきているので、ほんの少しだけ恥ずかしかったのだが、花は女官たちに手伝って貰い、美しく着飾ってゆく。 髪も綺麗に結い上げて貰い、化粧もほんのりとした。 「都督もこれなら奥方様に惚れ直しますわ! 本当にお美しくて、可愛らしいですわ!」 使用人が余りにも花を絶賛するものだから、つい恥ずかしくなってしまう。 「…有り難うございます…」 嬉しいはにかみに、使用人たちが目を細めて微笑んだのは言うまでもなかった。 公瑾が待っている広間に向かう。 公瑾の正装はうっとりとする程に麗しい。 素敵過ぎてこのまま見つめていたいぐらいだ。 公瑾もまた、冷たい瞳に情熱的な光を滲ませている。 「本当は…あなたを誰にも見せたくはないのですけれど…」 公瑾は苦笑いを浮かべながら、花の手をしっかりと握り締めながら呟く。 「さて、行きましょうか。ずっと私の手は離さないようにして下さいね」 「解りました」 花が笑顔で答えると、公瑾は思い切り手を握り締めてくれた。 「仲謀様のご命令ですからね。夫婦で挨拶に行かなければならないのは」 「はい」 「ですが戻って来ましたら、覚悟をして下さいね…。あなたを独占しますから」 「はい」 公瑾の捻くれた甘い言葉を聞きながら、花はお年玉を貰ったような気分になった。 |