花の世界ではよくあること。 妻が旦那様を温かな手料理と一緒に待っている。 花の母親も、いつも温かな食事を作って待っていてくれたから、それが当たり前だと思っていた。 だがそれは当たり前ではないことだということに、この世界に来て気が付いた。 花の世界のしきたりが良いと、孟徳は、花の作った食事を楽しみにしてくれている。 それは花にとってはかなり嬉しいことでもある。 週に二回ぐらいの頻度で、家事を休ませてくれるのも嬉しい。 母親よりもかなり恵まれていると、花は思っている。 一緒になってからというもの、花は仕事を余り頼まれなくなった。 孟徳が過保護だと思うぐらいに大切にしてくれるからだ。 それはそれで、花はとても嬉しいのではあるが、なるべくなら孟徳の仕事を手伝ってあげたかった。 孟徳の役に立ちたかった。 ただそれだけなのだ。 花の願いはそれだけなのだ。 孟徳は今日も驚くぐらいの過密スケジュールで仕事をこなしている。 丞相となれば、それだけ責務が重いのだろう。 今夜から明日の一日は、待望のお休みだ。 花は嬉しくて、つい躍り出してしまいそうになった。 この間のように、元譲がまた仕事を言って来るかもしれないが、それはそれだ。 ふたりともかなり厳しい条件で仕事をしているのだから。 花は、孟徳の疲れが吹き飛ぶようなスープを作る。 野菜たっぷりのものだ。 元譲も気苦労が多く大変だろうと、彼の分まで作っておいた。 孟徳を一番支えているひとには違いないのだから。 花は夕食を作り終えてのんびりとする。 本当に楽しみだ。 早く孟徳が帰って来ないかと、わくわくしてしまう。 孟徳とふたりきりで過ごせるのは久々だから、花はつい笑顔になる。 明日はふたりきりで何をしようか。 庭を散歩するのも良いかもしれない。 その時は、孟徳としっかりと手を繋ぎたいと、花は思った。 孟徳はやはり帰りが遅い。 仕方がないのは解っている。 孟徳は丞相として、広大な国を納めているのだから。 当然ではあるのだが、少しは休んでも良いのではないかと、花は思わずにはいられなかった。 「遅いなあ、孟徳さんは。早く帰ってきてくれないかな」 花は小さな子どものように肘を卓につけながら、ぼんやりと呟いた。 どんなに遅くなっても、笑顔で孟徳を迎えたい。 折角、一生懸命に仕事をしてくれているのだから。 花はそう思いながら、孟徳を待ち続けた。 お腹がペコペコに空いた頃、ようやく孟徳が帰ってきた。 「花、ただいま」 孟徳は明らかに疲れているだろうに、花にだけはとびきりの笑顔をくれた。 それが花には一番のお土産だ。 「おかえりなさい、孟徳さん」 花はとびきりの笑顔で、孟徳を迎える。 すると、孟徳はいきなり息が出来ないぐらいにギュッと強く抱き締めてきた。 孟徳にこうして抱き締められるのは嬉しい。 花も柔らかな力で、孟徳をギュッと抱き締めた。 「孟徳さん、お仕事、ご苦労様です。お食事を用意しましたから」 「有り難う、花ちゃん」 孟徳はこちらがつい笑顔になるような甘える声で言うと、名残惜しげに抱擁を解いた。 「こちらで座って待っていて下さいね」 「うん」 孟徳は椅子に腰を下ろして、花が作る食事を待っている。 その姿がとても可愛い。 甘やかせてもくれるけれど、甘えてもくる。 ひょっとすると、今は花が甘えるよりも、孟徳が甘える回数のほうが、多いのかもしれない。 花は温めた食事を、信頼が出来る使用人に頼んで元譲の所に持っていって貰った。 残りは、孟徳とふたりで食べる。 「孟徳さん、夕食が出来上がりましたよ」 「有り難う」 花が食事をセッティングすると、孟徳は嬉しそうにニコニコしている。 その姿がまた可愛いの。 「じゃあ食べよう、食べよう」 「はい」 孟徳とふたりで食卓を囲んで食事をする。 「こうして花と食事をするのは、何よりもの贅沢だと、俺は思うよ」 「私もです。孟徳さんと一緒にいることが何よりもの贅沢ですよ。こうして、ふたりでご飯を食べるのは嬉しいです」 「花が作るご飯は本当に美味しいよー」 孟徳が喜んでくれる。 それだけで花は心が満たされるぐらいに嬉しいのだ。 花はニコニコと微笑みながら、美味しそうに食べる孟徳の様子を見つめていた。 こうして温かい食事を作って、愛するひとを待ってあげる。 それがこんなにも幸せなことだということを、花は初めて知った。 だからこそ愛し合うひとのためにいくらでも待っていられるのだ。 それは愛するひとの笑顔を見たいからだ。 花もまた、孟徳の笑顔が見たいだけなのだ。 「花も食べなよ。美味しいから、ものすごく」 「はい、じゃあ食べますね」 特に料理が上手いわけでもないし、特に豪華な食事を作っているわけじゃない。どれも素朴なものばかりだ。 孟徳は丞相という地位だから、こな世界では最も高級で美味しいものを食べているだろうに。 それでも、孟徳は美味しいと言って喜んでくれる。 その愛が詰まった優しさが、花は嬉しかった。 孟徳と一緒に食べていると、素朴だが心を込めて作った料理は、最高に美味しいものに思える。 孟徳が喜んでくれるのだから、尚更だと思う。 「明日の朝は、孟徳さんが大好きなサンドイッチにしますね」 「ホント!? あの餅に肉と野菜を挟んだやつだよね! 楽しみだよー」 「それに合う汁物も作りますね」 「楽しみだなあ」 孟徳が子どものように楽しみにしてくれているのが、花には嬉しい。 本当に愛するひとはなんて可愛いのだろうか。 こうして、孟徳と心から打ち解けられる日が来たなんて、本当に夢のようだ。 悩んだ日々がなかったように思える。 花が孟徳を見つめてニコニコとしていると、彼はほんのりと困ったように眉を下げた。 「…花ちゃん、そんな目で見つめられると、俺は堪らなくなるだけれどね。何だか、誘惑されているみたいで」 孟徳は苦笑いを浮かべながら、花の手を握り締めて、そのまま自分の口許に持っていってキスをする。 こちらこそ誘惑されている気分になるということを、孟徳は少しも解ってはいないのだろう。 「…食事よりも美味しいものを食べたくなってしまうけれどね。俺としたら…」 孟徳は手を握り締めたまま、花の手の甲をゆっくりとしたリズムで撫で付ける。 「花、夜は長いよ。一緒に過ごそう。花がいたら、どんな長い夜も、あっという間に過ぎてしまいそうだ」 孟徳の愛情が声や指先に込められているのが解る。 お互いに縋がり縋られる愛。 花はお互いにこの愛情がないと、生きてはいこないだろうと思わずにはいられない。 「花、食事の時間をゆっくりと取りたいのは山々だけれど…、このあたりで打ち止めをしようか? 君と一緒に熱い時間を過ごしたい…」 「…はい…」 花は甘いときめきに息が止まってしまいそうになりながら、孟徳にはにかんで返事をした。 「うん。じゃあ行こうか」 「はい」 花が返事をすると、孟徳にしっかりと抱き上げられる。 「…花、愛しているよ…」 「私も愛しています…」 花が甘く囁くと、孟徳は頬にキスをすると、そのまま寝室に連れて行ってくれる。 ずっと夢見ていたこと。 こんなに素敵なシチュエーションが実際に起こるなんて思ってもみなかった。 寝台に寝かされて、そのまま抱き締められる。 花はうっとりとせずにはいられなかった。 |