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婚儀の準備で忙しく過ごしながらも、充実した時間を過ごしていた。 大好きなひとはと言えば、丞相として国を守るために、意欲的に仕事をしている。 これには花は感心せずにはいられない。 まだ混乱が消え去ったわけではないが、常に良い状態になるようにと心掛けて仕事をしてくれている。 本当は孟徳が一番平和の意味を知っているのだろうと、花は思っていた。 本当に素晴らしいと、花は思う。 一緒に過ごす時間は少ないが、それもわがままは言えない。 大好きな男性のほうが、もっと大変であるということは、花には充分過ぎるほどに解っていた。 「花様、丞相とご一緒にいられなくて、寂しくないですか?」 婚儀の準備を手伝ってくれている気心が知れている使用人が、心配そうに声を掛けてきてくれた。 「孟徳さんが一生懸命、平和の為に仕事をしてくれていることが、私には嬉しいんだよ。だから、それで良いんだ。今は。だって一生、大好きな男性と一緒にいられることは、もう解っているから。だから良いんだ。だってこれからずっと一緒なんだから、焦って一緒にいることはないから…」 花は幸せで満たされた気分になりながら、落ち着いた素振りで呟いた。 「やっぱり永遠の愛は強いってことですね…。花様も丞相も凄く固い絆ですね。お羨ましいですわ」 使用人は何やら羨ましそうにうっとりと呟いてくれる。 「いつか私にもそのような殿方が現われるでしょうか?」 使用人は恥ずかしさと期待、更には不安が入り交じった表情をしている。 「あなたなら大丈夫だよ。だって可愛くて魅力的だから」 花が素直な気持ちを伝えると、本当に嬉しそうだった。 「そうでしょうか…」 使用人は恥ずかしそうにしながら俯いている。 花は可愛らしいと思ってしまう。 芯は強そうな使用人だが、可愛らしさが同居するところもあり、花もこのようになりたいと願う。 「ですが、丞相と花様のようにお互いのするべきことをされながら、共に人生を歩むことが出来るなんて、素敵ですね。私も花様たちのようになれるよう、頑張ります」 「あなたならなれるよ。きっと」 「有り難うございます。花様におっしゃって頂けるとお心強いですわ」 ふたりはお互いに笑顔になると、見つめあって笑いあう。 「ところで…、孟徳様はそろそろ限界だとおっしゃっていたのですが…、花様は心当たりでもございますか?」 「…ないけれど」 孟徳は何が限界なのかが花は分からなくて、小首を傾げた。 何であるかを知りたい。 自分で手助けすることが出来るのであれば、何とかしなければならないと思う。 「誰か知ってそうなひとは…」 「元譲様ならきっと…」 「そうだよね…。きっと」 あの苦労人ならば、何かを把握しているだろう。 「有り難う。何か深刻なことだったら教えて欲しい。私に出来ることがあれば何でもするから」 花は真剣に使用人を見る。何かがあれば本当に言って欲しかった。 「分りました。何か兆候があればお伝え致しますね」 「うん。有り難う」 花は使用人に礼を言った後、早速、元譲のところに行くことにした。 元譲ならばよく話している手前、孟徳のことは訊きやすかった。 「元譲さん、少しよろしいでしょうか?」 「ああ」 元譲は相変わらず野性的に挨拶をすると、中に入れてくれた。 「どうかしたのか?」 「あ、あの、少しお訊きしたいことがあるんですが…」 「何だ?」 「…孟徳さんのことなのですが…」 花が言葉を濁すと、元譲は眉をあげた。 「孟徳の何を?」 「孟徳さんが…、“限界だ”とおっしゃっていたのは、どういう意味かと?」 花の言葉を聞くなり、元譲は溜め息を吐いた。飽きれていると言ったほうが良いのかもしれない。 「…あ、あのっ! 私が出来ることであるのなら、精一杯、孟徳さんを助けたいんですっ! あ、あのっお願いしますっ!」 花が懇願するように言うと、文若は更に溜め息を吐いた。 「孟徳の切迫感を取ることが出来るのは、確かにお前だけだ。では、とにかく、孟徳の今宵のご予定は入れないでおこう」 「有り難うございます」 花は丁寧に礼を言うと、元譲の部屋から出た。 孟徳の助けになりたい。 それが花の一番の願いだから、一生懸命、頑張ろうと思った。 花となかなか自由な時間が持てない。 それがこんなにも辛いことだとは思わなかった。 一緒の部屋を使いたいと思ったが、婚儀前にそれは不埒だと反対され、花の名誉を守るために、別室を使っている。 孟徳が仕事を終えて眠る時間には花はとうに夢の中だし、そこから起こすというのも、孟徳には出来なかった。 花もひとりで婚儀の準備をしているから、かなり疲れて辛いのは解っていたからだ。 だから我慢をしてきた。 我ながらかなり我慢強いのではないかと思わずにはいられない。 花を抱き締めたい。 花とキスをしたい。 花と愛し合いたい。 孟徳はそればかりをぐるぐると考えてしまい、限界を感じていた。 本当にこのままではおかしくなってしまう。 今夜あたり、花を夜這いしてしまうかもしれない。 そう思わずにはいられなかった。 「孟徳、入るぞ」 花と逢えない諸悪の根源のその一がやってきた。 漢王朝のために、民のために仕事をする。 それは孟徳も納得している。 だが、最近の山のような仕事の量は、本当に辟易していた。 「何だ、元譲」 つい不機嫌に声を掛けてしまう。 「孟徳、本日の仕事はここまでにして、花と過ごしてのんびりしろ」 次の瞬間、孟徳には元譲が心優しき仙人に見えた。 「解った。今日はこれで仕事を止める。後は頼んだ」 「はい、かしこまりました」 孟徳はわざと落ち着いているように言ったが、内心は明るい詩作をしたいような気分だった。 花とのんびりと夜を過ごせる。 これで、花に夜這いする必要はない。 孟徳は嬉し過ぎて堪らないと思いながら、自室に戻った。 花はいつもよりも美しく着飾って、孟徳の私室に向かった。 久し振りに一緒に過ごすことが出来るのが嬉しい。 同時にドキドキしてしまう。 「孟徳さん、失礼します」 花が部屋に入ると、孟徳は嬉しそうに出迎えてくれた。 「先ずは食事をしようか」 「はい」 花は孟徳と食卓を囲んで、楽しく食事をした。 料理はどれも美味しくて、つい笑顔になってしまう。 孟徳とゆっくりと話ながら食べる食事は、最高に美味しかった。 食事の後、孟徳に手を繋がれてそのまま寝台に向かう。 ふたりで寝台に腰をかけてロマンティックな気分になる。 抱き締めあって何度かキスをした後、そのままごく自然に寝台に倒れこんだ。 花が孟徳に総てを預けた瞬間、寝息が聞こえてきた。 これには驚くと共に、微笑ましい気分になった。 「…お疲れだったんですね…」 花は苦笑いを浮かべると一緒に眠る。 結局は、孟徳の切ない欲求は適えられなかった。 翌朝まで眠りこけたことを、孟徳自身がひどく後悔したことは、言うまでもない。 |