*恋する服*


 戦乱が落ち着いたことを祝って、今夜は宴が開催される。

 花はその宴の主賓だと言われて、いきなり着飾られてしまう。

「女性の支度は大変だからね。私も精一杯、花様を綺麗にすしますからねー!」

 綺麗にされる花よりも、何故か使用人たちのほうが盛り上がっている。

 いつの時空であったとしても、女性の支度は大変なのだなと、花は実感をする。

 花は先ず湯浴みをさせられる。

 肌を綺麗に磨くためだと、使用人に言われた。

 

「花様、貴方様を美しくするのはとても楽しいですわ。丞相もお喜びになるかと思いますわ。さあ、先ずは、漢服に着替えて頂きますね」

「有り難うございます」

「今日の漢服はとっておきにデザインなので、是非ご覧下さい」

 見せられた漢服は、かなり豪華なのに派手な幹事がせずに気品が滲んでいる。

 花は思わずうっとりと眺めた。

 女の子なら誰もが憧れるデザインだ。

「本当に素敵です…」

 花はじっと漢服を見つめる。

 孟徳が用意してくれたものだと思うと、余計に嬉しかった。

「では花様、この漢服に着替えて下さいね」

 使用人の女性は静かに言うと、花が着替えるのを手伝ってくれる。

「私は古くから孟徳様にお仕えしていますが、ずっと結婚されないのかと、ヤキモキしていたんですよ。ですが、花様のような方がお相手と伺って、本当に嬉しい気持ちになりましたよ。花様は本当に素晴らしい御方ですね」

「あ、あの…」

 ここまで褒められると、花は照れ臭くてしょうがなくなる。

 褒められるのは嬉しいが、何処かくすぐったい。

「丞相は、私たち古く仕えている者に対してはしっかりとそれは面倒を見て下さいます。ですが、やはり何処か壁があるような感じがしていたんですよ」

 使用人の女性の話を聞きながら、花は泣きそうになった。

 孟徳の本当は傷つきやすい心を思い出して。

「だけど花様が丞相のお側にいらっしゃってからは、壁が薄くなったように思えます。特にここ最近はそう感じますよ。花様、あなたは凄い方ですよ」

 使用人の女性は心から言っているように思う。

 それだけ力強かった。

「私が…ですか…?」

「ええ。あなた様は丞相の心をようやく解きほぐしたんですよ。今まで、どんなに美しくて聡明な女性がそばにいても、表面上はとてもお優しくされますが、いつも何処か壁を作っていらっしゃったんです。どの女性も、大切には扱われましたが、結局は妻にはなさらなかった。それどころか、恋人にすらされなかったんですよ。皆さん、最後は諦めていらっしゃいましたけれどね。だけどあなたは違いました。ようやく、孟徳様が心を柔らかくされたんですよ。このようなことが出来たのは、貴方様が初めてです。ですから、あなたを妻にと思われたのでしょう…」

 孟徳はかなり派手な女性関係があると小耳に挟んだことはある。

 嫉妬をしたことさえ一度ではない。

 だが、誰も本当の孟徳を知らないままに諦めてしまったのだ。

 花は、愛しているからこそ諦めなかったのだ。

 だからこそこうして孟徳のそばにいることが出来るのだ。

「私はただ…、孟徳さんが大好きで幸せになって欲しかった…。それだけだったんです」

 花は素直な気持ちを吐露する。

「花様がそばにいらっしゃってから、丞相は穏やかになられましたしね」

 使用人はにこやかに笑うと、花を綺麗に着付けてくれた。

「では後はお化粧ですね。花様が綺麗に見えるようにしておきますからね」

「有り難うございます」

「おぐしも柔らかくて綺麗ですね。髪を結ってかんざしをつけておきましょう」

「有り難うございます」

 花は、綺麗にして貰えるのを嬉しく思いながらも、胸を甘くドキドキさせる。

「後はお化粧ですね…。綺麗にして丞相を驚かせないといけませんからね。婚礼の時はもっと綺麗に致しますが、今宵は丞相が花様から目を離せないようにしましょうね」

 そうなってくれたら嬉しいのに。

 孟徳の周りの女性は綺麗な人ばかりだったから、花はいつも自信がなくなった。

「はい、お化粧が終わりましたよ」

「有り難うございます」

 鏡で今の姿をサッと見せてくれる。

 花は鏡に映る自分の姿に、驚いてしまう。

 今まで見たことがないかのように綺麗にしてくれている。

 これは驚きだった。

「…あ、あの…。これが本当に私…なんですか…?」

「ええ。花様ですよ。花様の明るさやお優しさ、そして最近は本当に色香が出てきていらっしゃったから、それも含めて表現していますよ。本当に最近はとても美しいですよ」

「有り難う…」

 やはり彼女に託して良かったと思うぐらいに、綺麗にして貰った。

 本当に嬉しくて、花は泣きそうになる。

「孟徳様は宴で花様以外にご覧になられないのではないでしょうか?」

「…そうだととても嬉しいです…」

 少しだけでも自信を持っても大丈夫だろうかと、花は思う。

「そろそろ、孟徳様がお迎えにみえられますよ」

「はい」

 孟徳がやってくる。

 気に入ってくれるだろうか。

 綺麗だと言ってくれるだろうか。

 花は、それを気にしながら、ドキドキしていた。

 

 花を迎えにいかなければならない。

 というよりは、花を迎えに行きたいというのが、孟徳の本音だった。

 花に似合うと思って、とっておきの漢服を準備した。

 花には身も心も漢の人間になって、ずっとそばにいて欲しかった。

「孟徳様、花様のお支度が終わられたそうですよ」

「解った。有り難う」

 孟徳は静かに言うと、自室を後にする。

 花に逢える。

 誰よりも美しい花に。

 これほどまでに愛しいと思う相手は、他にはいないと孟徳は思った。

 ふたりで本当の意味で信じあい、愛し合うようになってからというもの、花は本当に綺麗になった。

 女性としての美しさや艶やかさが出てきたといっても良い。

 花はうっとりとするほどに綺麗だろう。

 本当は走って迎えに行きたいと思っていたが、皆への手前上、出来なかった。

 孟徳は、花がいる室の前に来ると、背筋を糺した。

 扉を叩く。

「孟徳だ」

「ただいまお開けしますね」

 扉が開かれて、使用人が出てくる。

「花は?」

「ええ、それはもうお美しいですよ」

「そう」

 孟徳はつい子供のように笑ってしまうのを感じながら、室中にゆっくりと入ってきた。

「花様…、孟徳様がお出ましになりましたよ」

 使用人が声を掛けると、花は華やいだ可愛らしい声で返事をして、ゆっくりと振り返った。

 すると、そこには息を呑んでも足りないぐらいに美しい花がいた。

 余りに可愛くて美しくて、孟徳はどうして良いかが分からない。

「…花…」

名前を呼ぶと、はにかんで花のように微笑む。

余りにも可憐で、孟徳はその場で思い切り抱きすくめたくなった。

孟徳は花だけをうっとりと見つめながら、そっと手を差し延べる。

「…花…、素晴らしく綺麗だ…」

「有り難うございます、孟徳さん。孟徳さんも素晴らしく素敵ですよ」

 花の言葉に、孟徳はこのまま宴に出ずに、花を連れて帰りたいと思った。

 だが、そんなことは許されない。

「花…行こうか」

「はい」

 孟徳は花の手をしっかりと握り締めると、宴会場所へと誘う。

 花は何度見つめても、本当に飽きなかった。

「…花…。とても綺麗だ…。宴が終わったら直ぐにふたりの場所に帰ろう…。君を独占したいからね…」

「…はい…」

 花がはにかんで返事をしてくれるものだから、孟徳は幸せな気分になる。

 ふたりで手を取合って宴会場所へと向かう。

 最高に幸せな瞬間だった。



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