「かあしゃんーっ!」 息子が花に向かって一生懸命に走ってくる。 息子のひたむきなまなざしが可愛くて、花は笑顔で受け止めた。 その様子を孟徳は見つめながら、苦笑いを浮かべている。 「…全く、君を独り占めにする勢いだよね、この子は」 「そうでしょうか? まだまだ甘えたい盛りなんですよ」 まだよちよち歩きの息子を抱き上げながら、花は母親らしい柔らかな笑みを浮かべる。 「…何だか…君を取られているような気になるよ。君は俺の奥さんなんだからね?」 孟徳が嫉妬を滲ませながら拗ねるのが、花には可愛くてしょうがない。 こんなにも可愛い孟徳を見ていると、花もつい笑顔になった。 「…私は孟徳さんが大切ですよ?」 「この子よりも?」 息子と本気で張り合おうとしている孟徳に、花はつい笑みを浮かべてしまう。 国を動かす立場のひとなのに、子供のようで可愛いと思った。 「孟徳さんも大切ですけれど、この子も大切なんです」 花は幸せな気分でクスクス笑いながら言う。 すると孟徳は、不機嫌そうに眉を寄せた。 「それじゃあ答えになっていないよ、花」 「そうですか?」 「そうだよ」 孟徳は益々拗ねてしまう。 「孟徳さんは生涯共にしたいと思ったひとで大切です。この子は孟徳さんとの子供だから、余計に可愛いんですよ」 花は上手く伝えるのが難しいと思いながら、自分の気持ちを正直に伝えた。 「有り難う」 孟徳は途端に表情を崩して、本当に嬉しそうに笑う。 それがまた可愛くて、花は思わず笑った。 孟徳のこのような表情が見たいから、こうして素直に話したのだ。 「俺もこの子が可愛くてしょうがないよ。君との子供だからね」 孟徳はニヤニヤと幸せそうに笑いながら言う。 その表情がまた可愛いと思ってしまうのは、やはり孟徳に夢中なのだろう。 孟徳はすっかり機嫌が良くなり、息子に手を差し延べる。 「俺のところに来い。お母さんも大変だからな」 孟徳がにっこりと笑って腕を広げても、息子は嫌々と首を振るだけだった。 これには孟徳は苦笑いを浮かべる。 花も息子の顔を眺める。 「お父様はダメなの? お父様はお忙しい方だから、なかなか抱っこをして貰えないよ」 「…かーしゃんが良い…」 息子は花にギュッと掴まったままだ。 恐らくは先ほど、孟徳が拗ねたことに原因があるのかもしれない。 子供は驚くぐらいに敏感だということを、花は母親になって初めて知ったのだ。 「お母さん、腕が痺れてしまったから、お父様に代わっても良いかな?」 花は優しく言うが、息子は花にすがりついたままだ。 「しょうがないなあ」 花は苦笑いを浮かべると、息子の背中を撫でた。 息子のかたくなな態度に、花が困ったように孟徳を見つめると、また拗ねるような顔をした。 ふたりは本当に親子だと思う。 拗ねる表情がそっくりなのだ。 思わず花はくすりと笑った。 「お母さんを困らせるんじゃない…。ったく…」 孟徳が近付いて花から離そうとすると、息子は余計にすがりついてきた。 孟徳が更に不機嫌になる。 まるでふたりが対決をしているように見えて、花はすっかり困ってしまった。 「しょうがないな…。全く…、ふたりとも」 花は交互にその顔を見る。 「親子喧嘩はしないで下さいね。あなたたちは本当によく似ています」 花はふたりを叱るように見る。 「それはそうだろう。親子だからね。好きなものは同じだ」 「…もう」 孟徳がいけしゃあしゃあと言うものだから、花は困った表情を浮かべるしか出来なかった。 「とにかく。お母さんの腕が痺れちゃったから、下ろすよ」 最近、息子はとても大きくなり、花は以前に比べると長時間抱っこをすることが出来なくなった。 これも嬉しい悲鳴なのだが。 時期に、こうして甘えて来ることもなくなるのだろうと思うと、何だか寂しい気持ちになる。 それは親としての宿命なのかもしれない。 「はい。抱っこはお終いだよ」 花が声を掛けて下ろすと、息子は今にも泣き出しそうな顔になった。 「しょうがないな。お父さんが」 孟徳がそこまで言ったところで、息子はまた嫌々と首を振った。 今度は花の脚にすがりつく。 「お前は本当にお母さんが好きなんだな」 ここまで来ると、孟徳も困ってしまい、苦笑いを浮かべた。 「孟徳さんもこうだったのかもしれないですね」 花がからかうように言うと、孟徳は苦笑いを浮かべた。 「確かに、俺はこいつとよく似ているからね」 「ええ」 本当にミニミニ孟徳を育てている気分に、花は何度もなったのだから。 「さてと、仕事に戻るよ」 孟徳は諦めたように言った後、そっと花に耳打ちをする。 「…花…、後でたっぷりと独占させて貰うから…」 「…はい…」 甘くてほんのりと官能が漂う言葉に、花は頬を赤らめながら頷いた。 息子を寝かせた後、花はようやく一息を吐く。 ひとを育てるというのは、とても楽しくて、とても大変なことだ。 それでも充実しているのだが。 「花、ただいま」 孟徳が帰ってきて、花は笑顔で迎えた。 「おかえりなさい」 花が出迎えると、孟徳はギュッと抱き締めてきた。 「さっき君を独占することが出来なかったからね」 孟徳はそう言うと、花を抱き締めたまま離さなかった。 花は笑みを浮かべながら、孟徳をギュッと抱き締めた。 「今日もお疲れさまです」 「花をこうして抱き締めたら、疲れなんて吹き飛ぶ」 まるで息子のように甘えてくっついてくる孟徳に、花はやはりよく似ていると思う。 「…君をたっぷりと独占させて貰うからね。いつもはあいつがいるから、覇権争いが大変だからね」 「孟徳さん」 苦笑いを浮かべながらも、花はとても幸せな気分になる。 やはり愛するひとに、こうして一緒にいられることは、最高に嬉しい。 甘えて貰えると余計だ。 「花、膝枕して貰っても良い?」 「はい」 新婚の頃から、孟徳に膝枕をするのは定番になっている。 花は寝台の上に腰掛けて、孟徳に膝枕をした。 「俺の特権」 「そうですね。だけど、下の子が生まれたらお二人には少しご協力を頂けないといけませんが」 花は孟徳の髪を撫でながら呟く。 「…たまにはふたりで一緒の時間を作って、君への依存を少なくしないといけない…かもしれないね」 「そうですね。あの子にはしっかりとして貰わないといけませんね」 「まあ、そうだね」 孟徳はフッと笑うと、花の手を取った。 「俺たち親子は君に依存をしているかなね。それはなかなか止められないかもしれないけれどね」 「孟徳さん…」 「そろそろあの子にも、兄になることを自覚させなければならないね。君のお腹が出て来たら、あの子は兄になるんだからね」 「そうですね…」 花は今、二人目の子供をお腹に宿している。 息子はもうすぐ兄になるのだ。 それは母親として自覚を持って欲しいとも思う。 息子には、これからしっかりして貰わなければならないのだから。 「…今度は三人で君の取り合いになるかな?」 「女の子だったらそれはならないですよ」 「そうかな? 女の子も可愛いけれど、やっぱり君を取り合ってしまうことになると思うけれどね。子供は沢山欲しいけれども、なかなか大変だね」 「そうですね。ですが楽しいです」 「確かにね」 孟徳はくすりと笑うと花の手を更に握り締める。 「子供が沢山になっても、俺は君が大事なのは変わらないかな」 「有り難う。私もそうですよ」 ふたりの心に温かいものが流れたのは、言うまでもなかった。
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