今夜は重要なお客様がやってきて、丞相邸では盛大な宴が開かれるらしい。 今夜は、孟徳に勝手な本の読み聞かせが出来ないことを残念に思いながら、花は蚊帳の外から準備をしてバタバタする様子を見ていた。 今夜は静かに過ごして、のんびりしよう。 このような宴に、花は参加しないことが多いのだ。 花の顔見知りの使用人がこちらに向かってやってくる。 「忙しそうだね、大変だね」 花が笑顔で挨拶をすると、使用人に思い切り手を握り締められてしまった。 「え!? 何?」 「花様っ! お探ししていましたよっ!」 そのまま花は引っ張られてしまう。 「何処に行くの!?」 花は上手く状況を把握することが出来なくて、戸惑ったまま連れていかれてしまう。 部屋に連れて行かれると、気品がある美しい装束が既に飾られていた。 「え…!?」 「本日の宴には、花様もご参加頂きますよ」 「え…!? そんなことは孟徳さんからは聞いていないよ。宴のお世話は侍女の皆様がやるって聞いていたから…」 花は驚きと戸惑いを感じながら、使用人を見つめる。 「それはお客様へのお酌などのおもてなしのことです。花様は丞相とご一緒して頂くんですよ」 「孟徳さんと!?」 花は驚いて目を丸くする。 今日の宴は全く関係がないと思っていたので、その驚きはかなり大きかった。 「…私は出なくても良いと思っていたよ…」 「丞相が是非にと」 「そうなんだ」 孟徳に頼まれると、やはり花も弱い。 それにとても美しい衣装が着られるのも、花にとってはかなり魅力的なことなのだ。 惹かれる。 「分りました。宴には出ます」 花が笑顔で返事をすると、使用人はホッとしたように微笑んだ。 「花様が美しく着飾られたら、それこそ丞相はお喜びになられますよ」 「そうかなあ」 花は照れ臭い気持ちになりながら言う。 確かに孟徳に綺麗と言って貰えることが、花にとっては一番嬉しいことなのだ。 花にとって、称讃が一番気になる相手は、やはり孟徳だからだ。 孟徳に褒められることが、女の子として誇らしいことだった。 使用人は本当に嬉しそうに花を着飾ってくれる。 「こうして花様を着飾らせて頂くのはとても楽しいんですよ。少なくとも私は」 にっこりと微笑みながら、使用人はテキパキと花を美しくしてくれた。 いつもよりも丁寧に着飾ってくれたのが、花にはとても嬉しいことだった。 「はい。これでおしまいですわ、花様」 「わあ!」 やはり綺麗に着飾って貰うというのは、女の子心を刺激してくれる。 鏡を見ると、本当に綺麗にしてくれていて、花は思わずうっとりと見つめてしまった。 「有り難う…。とっても嬉しいです…」 花がはにかんだ笑顔で使用人に感謝の気持ちを伝えると、嬉しそうに頭を下げてくれた。 「私も花様をこうして綺麗にさせて頂くのが大好きなんですよ。花様は綺麗にするかいのある方ですから。後、いつもは厳しいところを捨てない丞相が、花様だけには心からの笑顔を送られるのを見るのも好きなんですの。丞相に勝った気分になれますからね」 使用人の女性は本当に幸せそうに、ふふっと笑った。 「今日の花様は本当に美しいですよ」 「どうも有り難う…」 いつも信頼している女性に言われると、やはり嬉しい。 花はにっこりと微笑むと、女性に頭を下げた。 「花様はやはり、丞相にはぴったりのお方ですね」 女性は嬉しそうに頷く。 「…どうして?」 「花様は私たちのような者にも丞相にも態度を変えられませんから。いつも同じで謙虚でいらっしゃるんです。そのような方は余りいらっしゃいませんから…」 「え…? 私は当たり前のことをしているだけだよ。特に特別なことなんて何も」 本当に花は普通通りにしているだけだ。 同じ人間だから優劣なんてあるはずもないのだから。 「いいえ、なかなかそうはいかないですよ。今まで丞相に取り入ろうと頑張っていらっしゃる方を多く拝見致しましたが…、皆様、やはり、丞相に対してと、その部下や使用人への態度は違っていらっしゃった…。丞相はああ見えても、厳しく見極めが出来る方でいらっしゃるから、そのような方を決して長く側には置かれませんでした。…花様、あなた様が初めてなんですよ? こんなにも長く丞相のそばにいらっしゃった方は…」 女性は本当に嬉しそうに微笑んでくれる。 花は嬉しくて更に笑顔になった。 「有り難うございます。私は皆さんが大好きですから」 花は、玄徳の周りにいる人々が優しくて素敵だったから、こうしていられるのだ。 だからいつも感謝していた。 「では、丞相のところに行きましょうか」 「はい」 花が返事をすると、女性は笑顔で孟徳のところへと連れて行ってくれた。 こんなに綺麗にして貰えて、花はほくそ笑んでしまうぐらいに嬉しい。 「何だか凄くウキウキします。孟徳さんに喜んで貰えたらと思います。 「そうですね。きっと喜んで下さいますよ。丞相は、花様に夢中ですから」 「有り難う」 自分が夢中であるぐらいに、孟徳にも夢中でいてくれて欲しい。 花は孟徳にもっと夢中になって欲しいと、欲張りにも思っていた。 孟徳が待つ部屋に行くと、流石に緊張してしまう。 「花様をお連れ致しました」 「解った」 孟徳の声が聞こえて、益々緊張してしまった。 扉が開くと、孟徳が自ら出迎えてくれる。 それがとても嬉しかった。 「ご苦労だったね。有り難う」 孟徳はさり気なく使用人を労う。こういったさり気ない気遣いが、孟徳が慕われる理由なのだろうと、花は思った。 「さあ花、中に入って」 「はい」 花は孟徳に笑顔で返事をした後、振り返る。 「どうも有り難うございます」 使用人の女性は嬉しそうに微笑んでくれた。 部屋の中心に向かうと、ふたりだけの料理がセッティングされていた。 綺麗な花も飾られていて、ふたりだけで食事をするような雰囲気だ。 「孟徳さん、今日は大切な宴ではなかったんですか?」 「そうだよ。大切な宴だよ」 「そういう風には見えませんが…」 「だって花と一緒にふたりだけで食事をすることが出来るのは、大切な宴でしょ? 少なくとも俺はそう思っているけれど」 孟徳は不思議そうに言うと、花を甘いまなざしで見つめた。 確かにそうだ。 花にとっても、孟徳と一緒にいる時間はとっておきのものだ。 花は大好きな孟徳にそう言って貰えるのが、とても嬉しかった。 「今日は花と一緒にゆっくりと食事が出来る素晴らしい日だよ。仕事が一段落したからね」 「それはとても嬉しいです」 丞相という立場であるために、孟徳はかなり忙しい。 それでも沢山の時間を作ってくれているが、それは充分かと言われたら、そうではなかった。 だからこうして特別な食卓を設けてくれる孟徳に、感謝せずにはいられない。 「じゃあ今夜はゆっくりと食事を楽しんで、ゆっくりと時間を過ごそうか。明日は寝坊をしても構わないからね」 「はい」 新婚なのに新婚らしい時間を送ることが出来なかったから、こうしてふたりでのんびりと過ごすことが出来るのが、なによりものプレゼントだ。 こうして素晴らしく着飾っても貰えた。 着飾るのは大好きなひとの前だけで良いから。 孟徳と一緒に食卓を囲んで、食事をする。 平和で幸せであること。 だからこそこんなに素敵な時間が過ごせるのだ。 花は素敵なサプライズを用意してくれていた孟徳に感謝をするように、微笑んだ。 |