子供が出来てからというもの、花は幸せでしょうがない。 花がいた世界とは違って文明の力はないけれども、それでも愛するひととの子供を育てるのは楽しいものだ。 花は腕の中にいる息子を見つめる度ににんまりとする。 息子は顔立ちがしっかりすればするほど、益々孟徳に似てきている。 それが花には嬉しい。 孟徳も赤ちゃんの頃はこんな風だったのだろうかと、思わずにはいられなかった。 柔らかい息子。 ギュッと抱き締めるだけで、花は幸せになる。 愛する孟徳との愛の結晶だから、本当に大切に思っていた。 息子が腕の中で突然泣き出す。 花は直ぐにその表情と泣き方で、息子の欲求を察知した。 「子桓、おしめが気持ちが悪いのかな?」 生まれた頃は、息子が何を求めているかが分からなかった。 だが少しずつ分かるようになった。 乳母を置くようにと、孟徳には言われたが、花はなるべく手元で息子を育てたくて、断ったのだ。 そばで育てれば真直ぐ育ってくれる。 それは花の持論だ。 それに自分の子供だからこそきちんと育てたかった。 「子桓、おしめを代えてサッパリしようね」 花は手早く息子のおしめを代える。 子育てでもまだまだ不慣れなところがあるから、花には子育てのベテランが着いてくれて、色々とアドバイスをしてくれる。 頼る母親もいない花にとっては、とても有り難いことだった。 素直に様々なことを質問している。 それをきちんと応えてくれて教えてくれる存在がいることを、花は感謝していた。 おしめを代えた後、花は息子を抱き上げる。 「よく頑張ったね」 花は優しく声を掛けると、息子をあやした。 もう少ししたら一緒に遊ぶことも出来るようになるだろう。 そ うすればもっと子育ては楽しくなるに違いない。 子桓がまた泣きそうな顔をする。今度は間違いなくお腹が空いているのだろう。 「子桓、おっぱいを飲もうか?」 花は優しい気分になりながら、息子におっぱいをあげる。 一生懸命におっぱいを飲む息子を見ていると、充実感すらある。 本当に幸せだ。 「お腹いっぱいになろうね? 子桓」 花はまだまだぽちゃぽちゃの息子の躰を撫でながら、授乳をしてやる。 子供と一緒にいると毎日が飽きない。 毎日、少しずつ成長してゆくのを見るのが、とても嬉しかった。 「…子桓、早く大きくなって、遊べるようになろうね」 花は息子に声を掛けながら、母親もこんなにも幸せだったのだろうかと思う。 そしてこんなにも大変だったのかとも。 親になって初めて、両親が一生懸命に愛情を込めて育ててくれていたことに気が付いた。 両親が支えてくれたから、利害を越えて育ててくれたから、今の自分があるのだ。 ただののんびりとした高校生をしている頃は、そんなことは思わなくて、当たり前ですら思っていた。 だがそれが当たり前でないことを、花は母親になって初めて知ったのだ。 もう面と向かっては“有り難う”とは言えなくなってしまった。 だから心の中で、花は何度も感謝をする。 “産んでくれて有り難う” “育ててくれて有り難う” それを強く感謝していた。 両親ならばきっと解ってくれる。 花が感謝をしていること。 そして違う世界で愛するひとと生きてゆく決意をしたことを。 両親への感謝は、子供をしっかりと育てることで、花は返そうと思った。 出来ることはそれぐらいだから。 今は、孟徳とふたりで、息子に精一杯の愛情を注ごうと思っている。 かつて自分がそうして貰ったように。 段々と息子のおっぱいを吸う力が弱くなってきた。 お腹がいっぱいになって眠いのだろう。 花はくすりと微笑むと、息子の背中を撫でた。 「子桓、おっぱい飲みながら眠らないでよ…」 花が苦笑いをすると、息子は口からおっぱいを外して、寝息を立てて眠り始めた。 「お腹いっぱいで眠いんだね。ねんねしようか」 花は息子を寝台の上に寝かせると、自分も横になる。 息子が眠っている間が、休息を取るチャンスなのだ。 花は柔らかい息子の髪を撫でた後で、一緒に寄り添って眠る。 とても心地良い眠りだった。 丞相としての職務を終えて、孟徳は自室へと意気揚々と戻る。 愛する掛け替えのない家族が待っているのだ。 本当に信頼出来る家族を得てから、孟徳は少しずつではあるが、部下たちを信じることが出来るようになった。 そして、仕事を任せることも。 孟徳以下丞相を支える者たちの絆は一段と深くなり、誰もが仕事を効率よく出来るようになった。 これは大きい。 そのせいか、孟徳も比較的早く帰ることが出来るようになった。 これもやはり花の存在が大きいのだ。 花と息子に逢いたい。 この気持ちが、孟徳を更なる仕事に掻き立てる。 警護の者を労った後、孟徳は自室に入った。 「花?」 声を掛けても返事はない。 いつもならば息子を抱いて、出迎えてくれるというのに。 ゆっくりと寝台に向かうと、花と息子が幸せそうに眠っているのが見えた。 家族が一つの場所で温かく暮らす。 これは花の世界の風習を取り入れたのだ。 孟徳の世界では、妻、息子は別に部屋を与えられて、離れた場所で別々に暮らす。 同じ部屋を使うことはない。 だが孟徳は、あえて花と息子と寝室を共にしたのだ。 勿論、お互いに一人になりたいこともあるだろうから、そのためのスペースとして、部屋を幾つか繋げて、内部で行来が出来るようにしたのだ。 それが一番生活がしやすいと、孟徳は思っている。 そのお陰で、いつも楽しく幸せに暮らしている。 「ふたりとも可愛いね」 花はまだあどけなさを残した寝顔を見せている。 愛しくてしょうがない。 孟徳は花の寝顔をじっくりと堪能する。 孟徳の世界では、花の年で結婚をして子供を産むのは珍しいことではない。 所謂、適齢期というやつだ。 しかし花の世界ではそうではないのだという。 花のように若くして出産するケースはなかなかないのだという。 だからなのか花はとても幼いところがある。 といっても、それがまた魅力的だったりするのだが。 孟徳は花をじっくりと眺めた後、息子を見つめる。 息子を眺めているだけで幸せな気分になれるのだ。 息子は自分によく似ていると我ながら思う。 自分に似た子供を産んでくれた花には心から感謝をしていた。 孟徳が寝顔を眺めていると、先ずは花がゆっくりと目を覚ました。 目が開かれる瞬間が、孟徳は好きなのだ。 「…孟徳さん…」 花は寝ぼけた声で名前を呼んだ後、にっこりと微笑む。 「おかえりなさい、孟徳さん」 「ただいま、花」 孟徳は優しい声で名前を呼ぶと、花の唇に軽くくちづける。 唇を離すと、花は幸せそうに笑った。 「花、疲れているんじゃないか?」 「大丈夫です。子育てはとっても楽しいですから」 花が笑顔で言うと、孟徳はフッと笑う。 「うん。君を見ていたらそう思うよ。だけど子桓には妬けるね」 「え?」 「君を独り占めしている」 ほんのりと息子への嫉妬心を滲ませると、花は困ったような笑みを向けた。 「私は孟徳さんだけです。子桓も可愛いですけれど」 「うん有り難う」 孟徳はとっておきの一言を聞けたのが嬉しくて、思わず花を抱き締めた。 「花、息子が目覚める間、ふたりでこうしていようか。目が覚めたら、三人で抱き合おう」 「はい」 花は幸せそうに笑うと、孟徳を抱き締める。 幸せ。 何よりも代えがたい幸せを、孟徳は手に入れたと思った。 |