*幸せを感じる場所*


 心から愛するひとと、身も心も愛されると、今までにない力が沸いてくる。

 小さなことではくよくよしなくなったし、困難にもより前向きに立ち向かえるようになった。

 それはきっと愛するひとが大きな愛で包んでくれているからに他ならない。

 花はそう思わずにはいられない。

 力を得たのも、美しさの本質を理解することが出来るようになったのも、総ては愛するひとのお陰だと、花は思っている。

 随分と落ち着くことが出来たのも、大好きなひとのお陰なのかもしれないと、花は強く感じる。

 この時空で根を生やして生きてゆくことが出来るようになったのは、愛するひとが精一杯包み込んでくれているからだ。

 花は満ち足りた幸せに包まれている。

 

 出来る限り、孟徳の仕事を手伝おうとは思っている。

 それもひとえに愛するひとの役に立ちたいからだ。

 花にとっては、少しでも良いから孟徳の助けになることをしたかった。

 しかし孟徳はと言えば、相変わらずの過保護ぶりだ。

 花に汚くも厳しい政の世界を見せたくはないのだろう。

 余り政治的な手伝いはさせないようにと、配慮をしてくれている。

 それはとても嬉しい。

 だが、それでは孟徳の助けにはならないような気がして堪らなかった。

 なるべく愛するひとの役に立ちたいからだ。

 孟徳の為に何が出 来るのだろうか。

 花はそればかりを考えてしまう。

 

 花は探るようにじっと孟徳を見つめる。

 こうして見つめていると、いつもの甘い孟徳のかけらは何処にもない。

 そこにいるのは、厳しい丞相としての顔だ。

 きちんと国を見るための顔だと思っても良い。

 それぐらいに精悍な顔立ちだ。

 恋のときめきとはまた違った感情を、花は抱かずにはいられない。

 丞相としての冷徹な部分は、花は尊敬すらしていた。

 ふとお茶を見ると、綺麗になくなっていた。

 花が今出来ることは、心を込めてお茶を淹れてあげることぐらいだ。

 花は静かに立ち上がると、愛する孟徳の為に、とっておきのお茶を淹れた。

 美味しくて疲れが取れるお茶でありますように。ただ祈るだけだ。

 ずっとデスクワークばかりをしていると、頭が上手く動かないだろうから、花は甘い菓子を出すことにした。

 お茶と菓子を出すと、孟徳は仕事の手を止めて、顔をあげる。

「有り難う、花」

 孟徳に笑顔でお礼を言われると、ついこちらも笑顔になってしまう。

 輝くような笑顔で頷くと、孟徳はまるで少年のような笑顔を向けてくれた。

「折角、お茶も淹れてくれたから、少しだけ休憩しようかな」

「はい」

 花もまたお茶を手にする。

「休憩といっても、私は休憩してばかりですけれどね。何もしなくて、ただ孟徳さんのそばにいるだけですから…」

 苦笑いを浮かべながら言うと、孟徳は首を横に振る。

「そんなことはないよ、花」

 孟徳は優しく穏やかな笑みを花だけに向けてくれる。

 思えば、孟徳はいつも微笑んでくれていたけれども、こんなに優しい笑みを向けてくれるようになったのは、つい最近のことなのだ。

 ふたりで生きてゆくと決めてからのことだ。

「君はそばにいるだけで俺を癒してくれる。俺に力をくれる。それは本当のことだよ」

 孟徳は花の手をしっかりと握り締めてくれる。

 その力強さに、花は素直な笑みを浮かべた。

「…君がいるから、過酷な仕事も頑張れるんだよ」

 孟徳は、握り締めた花の手を更に強く握ると、そのまま唇に持っていってキスをしてくる。

 甘いキスに、花はうっとりとしてしまう。

 こうして甘く心をくすぐられるものだから、花はいつもときめいていられるし、幸せでもいられるのだ。

「花、君は良いの? 俺が忙しいばっかりに、君になかなか時間を割いてはやれない。いつも君に我慢ばかりを強いてしまっている。…心が疲れたりしないかな…?」

 孟徳は甘えるように切なそうな声で言う。

 時折、迷子のように花を見つめる孟徳が、とても愛しく思える。

 そばにいてあげなければ。

 支えてあげなければと、思わずにはいられなくなる。

「大丈夫ですよ、孟徳さん。私は孟徳さんのそばで、お世話をするだけで幸せなんです。それに、一生懸命、私のために時間を作ってくれるでしょう? 私にはそれがとても嬉しくてしょうがないんですよ。大切な時間があるから、頑張れるんです」

 花は素直な気持ちを元気いっぱいに明るく言う。

 すると孟徳は急に立ち上がると、花のそばに来て抱き寄せてきた。

「も、孟徳さんっ…!?」

 甘えるようにギュッと抱き締められて、花はほんの少しだけ戸惑う。

 だが、直ぐに熱くて甘い抱擁を受け入れて、幸せな気分になった。

 お互いに甘えて、甘えさせる。

 互いに同じ目線でいられる瞬間だ。

 ふたりでいる時だけは、こうして同じ目線でいられるのが嬉しかった。

「…それに、私、孟徳さんがお仕事をしているのを見るのが好きなんですよ。見ているだけで、本当に幸せな気分になれますから」

 花はいつもの明るいトーンで話をする。

 その途端、孟徳が息を飲むのが聞こえた。

「孟徳さん…?」

「花、君は本当になんて可愛いことを言うんだ…」

「…へ…?」

 孟徳は降参とばかりにとろとろとした甘い声で呟くと、花を更にきつく抱き締めてきた。

 抱擁の強さに、花は息が出来なくなる。

「…だから君を一生、離せないんだよ…」

 孟徳はまるで子供が甘えるように言うと、花の唇に自分のそれを重ねてきた。

 縁日で食べた綿菓子よりもずっとずっと甘いキス。

 この歯の浮くような甘いキスに、花は夢中にならずにはいられない。

 うっとりとした気分に浸りながら、花はキスを返す。

 お互いに求めるように唇を啄んで、想いを交換するように、舌と唾液を絡ませる。

 甘いふわふわとした幸せと、獰猛なまでの欲望が同居するなんて思ってもみないことだった。

 甘さと激しさ。

 それが同居するのは、愛する孟徳が相手だからだと、花は思わずにはいられない。

 本当に幸せを表現するような甘いキス。

 お互いにキスに夢中になる余りに、呼吸をすることですらも忘れてしまっていた。

 花は孟徳に応えるように、腕をしっかりと背中に回して抱き締める。

 こうしてお互いに硬く抱き合うだけで、魂がより熱くなった。

 仕事中ではあるが、これぐらいならば、神様は許してくれるだろうか。

 花と孟徳は、ふたりがここにいること以外は、最早、何も感じられなくなってしまっていた。

 呼吸困難の限界まできて、ふたりはようやく唇を離した。

 花は潤んだ瞳で、つい本能のままに孟徳を見つめてしまう。

「…孟徳さん…」

 名前を呼ぶだけで、孟徳はいきなり花を抱き上げた。

 そしてそのまま奥の寝室へと向かう。

 いきなりの展開に、花は焦らずにはいられない。

「え? あ、あのっ、孟徳さんっ!」

 花が焦っているのを、まるで楽しんでいるかのように孟徳は微笑む。

「花、君が余りにも可愛い過ぎるから、俺の我慢の限界が超えたみたいだ」

 孟徳は平然と言い放つと、寝台へと向かう。

「限界を超えるって、元譲さんが来るかもしれないじゃないですかっ!?」

 元譲に艶やかな秘め事は見られるわけには行かない。

 それを孟徳は解っているのだろうか。

「大丈夫。しっかり鍵をかけて、つっかえ棒をしているからね。誰も入って来られないよ。花、ふたりでほんのひとときだけれど、甘い時間を過ごそう」

 孟徳の言葉に、恥ずかしいながらも、欲望には勝てず、花は頷かずにはいられなかった。



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