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安心して眠れる腕を、花はようやく手に入れた。 こうして毎晩、孟徳の腕の中で安心しきって眠っている。 孟徳も同じようで、花を抱き締めて眠っている間は、本当に安心しきって眠っているようだ。 だから朝になると、いつも名残惜しくなる。 もう少しだけ、もう少しだけで良いから、抱き合って眠っていたいと。 だが。孟徳は激務をしっかりとこなさなければならない。 かたや君主であり、かたやそれを支える夫人なのだから。 とはいえ。花は、三国一の君主の妻でもあるから、沢山の役割があるのだ。 朝日が部屋に差し込んで来て、柔らかな朝が始まったことを、花と孟徳に告げている。 君主とその妻は、何時までも一緒にうとうとしているわけにはいかないのだ。 とはいえ、こうした心地好いまどろみから、離れがたいことは事実ではあるのだが。 孟徳はと言えば、相変わらず花に甘えるように抱き着いて眠っている。 ひとを信じる事が出来なかった孟徳が、こうして花のそばではすっかり安心しきって眠ってくれている。それが花には嬉しい事でもあった。 何時までもこうしてあげたいし、していたいのも山々であるのだが、そろそろタイムリミットだ。 孟徳を起こして、仕事に行かさなければならない。 そうしなければ、元譲が困り果てて、花にまた泣き付いてくるだろう。 強表ではあるのだが、心は気の優しい男性だ。 花にとっては素敵なお兄さんと言ったところだろうか。 孟徳相手に苦労をしている元譲が可哀相なので、ここは起こさなければならないことぐらい解ってはいるものの、やはりその心地好さには、負けてしまう。 孟徳と一緒に眠るのは、本当に心地好い。 花にとっては極上の寝床と言っても良いぐらいだ。 だが、何時までも夫を離さないわけにはいかない。 夫は国を預かる者であるのだから。 ここに住むようになってから、日の光の差し込み具合で大体の時間が分かるようになった。 そろそろ本当にタイムリミットだ。 孟徳を起こさなければ、とんでもないことになる。 それに朝ご飯を作ってあげるにも、孟徳が離してくれないので、身動きが取れないのも事実だ。 花も本当に起きなければならないのだ。 花は孟徳にそっと声を掛けた。 「…孟徳さん、朝ですよ…」 「…ん…、もうちょっと…」 まるで寝坊をする子供のように、孟徳は呟く。これには花も苦笑いをするしかなかった。 「…孟徳さん、起きないと、皆さんが困りますよ」 「…困らせておけば良いんだよ…特に元譲なんかは…」 ムニャムニャと言う孟徳に、花は苦笑いを浮かべてしまう。 これでは大きな子供だ。 だが、こんな顔を見せるのは、勿論、花だけではなあるのだが。 「孟徳さん、起きましょうよ」 「…ダメ…、このまま花と一緒にいる…」 ムニャムニャと言いながら、孟徳は更に花を強く抱き締めてくる。 これでは、とてもではないが起きることは出来ない。 「ちょっ、孟徳さんっ! 起きないと、お仕事に間に合わないですよ?」 花がいくら焦りながら諭すように言っても、全く効果はなかった。 それどころか、孟徳は確信犯のように花の躰をまさぐってくる。 「…孟徳さんっ、ダメです…」 「だーめ。花からいっぱいやる気を貰わないと、俺はちゃんと仕事が出来ないからね…。まだまだ足りないんだ。花に沢山やる気を貰ったら、何時も以上に仕事が頑張れて、速さも増すから、皆が嬉しいんだよ。だからこの時間は必要なんだよ。解った?」 孟徳は持論を展開しながら、花の躰をゆっくりと撫でてくる。これ以上甘く撫でられてしまったら、孟徳を諭すことが出来なくなってしまう。 「…孟徳さん…ダメ…っ」 孟徳に触れられた場所から、甘い熱さが滲んで、花は思わず息を乱してしまう。 このまま、孟徳が作り出す快楽に溺れてしまえば、諭すことなんて出来なくなる。まさに、孟徳の思うツボだ。 流石にそれは避けたいと思っているのに、やはり孟徳が指先から紡ぎ出してゆく甘い感覚には勝つ事が出来ない。 震えてしまうほどに甘い感覚に、花はどうして良いのかが解らない。 孟徳の愛撫はそれぐらいに罪深いものなのだ。 「…孟徳さん…起きないと…」 花が息を乱しながら言うと、孟徳は面白そうに笑みを浮かべる。 「止めない…」 孟徳は甘さを含んだ声で意地悪に言うと、袷の隙間から手を入れてくる。 なんて意地悪なのだろうか。 こうして躰をまさぐられるだけで、花は冷静な判断が出来なくなってしまう。 息を乱しながら、孟徳にいつしか抱き着いてしまう。 「…ほら、君だって、本当は止めて欲しくないんだろう?」 くすくすと笑いながら、孟徳は花への愛撫を続ける。 「…花…、君が悪いんだよ。そんなにも可愛くて魅力的だからね」 孟徳は花をしっかりと抱き締めながら、更に先を続けていく。 甘い感覚に、花はもう我慢が出来なくなってしまい、とうとう孟徳には降参してしまう。 ふたりで交わした、甘い、甘いキスに、お互いの魅力に降参したという想いが込められていた。 結局、朝から孟徳と愛し合ってしまい、大幅に起きるのが遅くなると思っていたが、それは花の勘違いだった。 「…間に合うんですね」 「そうだよ。だから俺もああやって本気を出したってわけ」 「あ、余り、本気を出さなくても大丈夫です」 花が焦るように言うと、孟徳は茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべながら、抱き寄せてきた。 「俺は君が困るようなことはしないよ。いつでもね」 「はい」 確かに、一緒になってからというもの、孟徳は花が困るようなことはしない。 花も孟徳を甘やかせてはいるが、それ以上に甘やかされてもいる。 「今日は朝から君をたくさん感じることが出来たから、しっかりと仕事が出来る。元譲なんて泣いて喜ぶんじゃないかな」 「だったら安心です」 花はにっこりと微笑みながら、孟徳を見た。 「今日はしっかり仕事をしてくるから」 「はい。朝ご飯は作ることが出来ませんでしたが、夕ご飯はちゃんと作りますからね」 「ホントに!? それは嬉しいよ! 君とこうして食事をすることが何よりも幸せだからね。益々頑張るよ」 「はい」 激務を繰り返す孟徳に、少しでも役立てればと、花はいつでもあれこれ考える。 孟徳をこうして支えることが出来れば、何よりも嬉しい。 本当にそれだけだ。 孟徳を支えられたら、花はそれだけで幸せなのだから。 「じゃあ行って来るよ。今夜を楽しみにしているから」 「はい、いってらっしゃい」 花は孟徳を執務室へと送り出す。 かつて孟徳は、かなりの妾がいたと聞いている。 しかし、今は花だけを大切にしてくれている。 花にとっては、それが何よりも嬉しい。 花だけを妻にすると言ってくれた。 それだけで頑張れるのだ。 孟徳が仕事に行っている間、花は漢字の勉強と、夕食の支度をする。 腕はまだまだであることは、自分自身が一番よく解ってはいるが、それでも孟徳の喜んでくれる顔が見たくて準備をした。 夕方になり、孟徳が帰ってきて、ふたりで温かな時間を過ごす。 そしてまた明日の朝も、今朝と同じような攻防が繰り広げられるのだ。 甘い日常の繰り返し。 それこそが幸せのカケラ。 花は孟徳とふたりで、このような時間をずっと持つことが出来ればと思わずにはいられない。 この何気ない時間の繰り返しこそが、幸せなのだと花は思った。 |