*やわらかな時間*


この時空で生きていくことを決めた。

花が住んでいた時代よりも、千年以上も前の時代と似ている時空。

ただの過去でないことは解っている。

花が学校で習った歴史や、映画で見た同じ時代を扱ったものとは、明らかに違う。

偉人の名前も似てはいるけれども、違う。

ここは、花が生きていた場所の単純な過去ではない。

今や真新しい時間だ。

新しくここでやっていこう。

そう思える時間を沢山作ることが出来るのだ。

 

ようやくこの時空の装束にも慣れつつある。

軍師をしている頃は、制服の上に羽織りを着ていたけれども、今は丞相夫人として相応しいスタイルにはなっている。

くすぐったいけれども。

「花様! こちらへ」

侍女に呼ばれて、花は笑顔で向かう。

「はい?」

「丞相様から、お召し物を替えてお待ち下さいと言付かっております」

侍女は、綺麗な紙に包まれた衣をそっと手渡してくれる。

「有り難う」

「さあお召し替えを」

侍女に促されて花は部屋に入った。

綺麗な紙をゆっくりと剥して見ると、そこには可愛らしい普段使いの装束が入っていた。

これを着て、孟徳と町に出かけられたら、さぞかし素敵なのだろうと思う。

だが孟徳はかなり忙しい身だ。

国で一番の忙しさと言っても良いのかもしれない。

たまにはふたりでのんびりとしたいとは思うが、孟徳のそばにいられるだけで幸せだから。

花は衣を着替え終えると、孟徳にプレゼントして貰った耳飾りを着ける。

これは幸せを呼ぶ耳飾り。

これをしていると、本当に幸せな気分になれるのだ。

着替え終わるタイミングで、扉が叩かれる。

「花、準備が出来た?」

孟徳だ。

花は直ぐに扉を開けると、普段使いの衣を着た孟徳が立っていた。

きちんと丞相の衣装を身に纏っている孟徳も好きだが、こうして普段遣いの衣を纏っている孟徳のほうが身近に感じられて、花は好きだった。

「花、時間が出来た。久し振りに町に出ようか」

孟徳はまるでご褒美のように甘い笑みを浮かべると、花を柔らかく見つめてくれた。

「はい! 嬉しいです!」

「じゃあ、行こうか」

孟徳は大きな手でしっかりと握り締めてくれる。

花はそれが嬉しくて、孟徳に笑顔を向けた。

「久し振りだからね、思い切り楽しもうか」

「はい!」

孟徳と久し振りのデート。

これだけでもなんて幸せなんだろうか。

「花、久し振りに市を色々と見て回ろうか」

「はい。とっても楽しみです」

ふたりはくすりと顔を見つめ合う。

こうしていると丞相夫妻ではなく、巷にいる恋人同士のように思える。

それが嬉しい。

供はつけない。

孟徳がそう気遣ってくれるのも嬉しい。

ふたりで行動する時は、供がいることが多く、花は少し切ない気分になっていた。身の安全を確保するには大切なことだと思っているし、有り難くも思っている。

だが、やはり愛するひととは自由に闊歩したい。

許されないことは解ってはいるが、それが花の願いでもあった。

供も着けずに、ふたりは市に向かう。

楽しみ過ぎて、つい笑顔が零れ落ちてしまう。

「花、良い笑顔をしているね」

「連れ出したかいがあった!」

「有り難う、とても嬉しい」

「うん。俺もね」

市に出ると、既に多くのひとで活気が溢れていた。

花は嬉しくて興奮気味に笑う。

まだ孟徳軍に来た頃を思い出す。

あの頃は本当に楽しかった。

ふたりで耳飾りを選んだり、おやつを食べたり。

そんな何気ないデートが、花には幸せだった。

「色々と店を見て回ろうか」

「はい」

ふたりで市に並ぶ店を見て回る。

ウィンドウショッピングよろしく、孟徳と一緒ならば見るだけでも楽しいのだ。

それに今日は懐にはきちんとお金も持ってきている。

無駄遣いはするつもりはないが、それでもとっておきの宝飾品は、自分で買いたかった。

「この衣、有り難う。とっても気に入りました」

「それは良かった! 花に似合うと思って直ぐに決めたんだよ。花ならば好きそうかな、って思ってね。動き易そうだし」

「有り難う。動き易い洋服は大好き」

「だったら良かった。本当によく似合っている」

大好きな孟徳に言われると、嬉しくてドキドキしてしまう。

それで喉がからからになってしまいそうだ。

「孟徳さんが選んで下さったから、余計に気に入ったのかもしれません」

花がにっこりと笑うと、孟徳は更に嬉しそうに頷いてくれた。

「花、君は余り優美で豪華なものは欲しがらないね。女の子はみんな、好きだと思っていた。君は自分の感覚で、気に入りを見つけているよね。俺にはそれがとても好ましいよ」

「いくら綺麗なものでも、自分の感覚がずれたものなら要らないです。お気に入りのものに囲まれたほうが良いです。それはみんな、変わらないんじゃないでしょうか? 高いから、キラキラしているからといって、それが気に入るわけではないですから。あ! だけど、孟徳さんが選んで下さったものは、全部お気に入りです」

「うん。嬉しいよ」

孟徳は、本当に眩しい太陽のような笑顔を向けてくれる。

それがとても素敵だと思った。

「花…、色々と見ながらお気に入りを探そうか」

「はい」

先ずは、やはり宝飾品の店に目が向く。

豪華できらびやかなものよりも、花はシンプルで可愛らしいものを中心に見る。

「どうしようかな、このピンクの石で出来た耳飾りも可愛いし、こちらのブルーの石で出来たのも捨てがたいし…」

花が真剣になって選んでいると、孟徳が苦笑いを浮かべる。

「どちらも買えば良いじゃない」

「だけどこうして迷ってお気に入りを見つけるのがお買い物の醍醐味なんですよ」

花は楽しい気分で耳飾りを迷う。

「そういうものなのかな」

「そういうものなんですよ」

花が機嫌良く呟くと、孟徳は頷いた。

「君はやっぱり素敵に変わった可愛い女の子だよ」

「有り難う」

花は、迷っている耳飾りを耳にあてがって孟徳に見せてみる。

「どちらが似合いますか? こちらとこちら」

花を見つめながら。孟徳は真剣に見極める。

「そうだね…。この薄い桃色が似合っているよ。この衣にもぴったりだよ」

孟徳の一言で、花は決める。

「じゃあこれにします」

花は自分でお金を出して買い求める。

孟徳が支払いたがっているのは解ってはいたが、ここは自分で出したかった。

耳飾りを買った後、今度は孟徳に腕を引っ張られて向かった店は、髪飾りの店だった。

「今度は俺に出させて。花、どれが良い? この衣にあうかんざしがいるからね」

「有り難う」

華やかに可愛いかんざしが沢山あり、花は感嘆の声を上げる。

こんなにも沢山あるなんて目移りしてしまう。しかもどのかんざしも、細工がしっかりとしていた。

その中でも、薄い黄色の花のかんざしが素晴らしいと思った。

「孟徳さん、これ」

花が髪に宛ててみると、孟徳はうっとりとするような甘い笑みを浮かべた。

「うん。花にとても似合っているよ。これにしよう」

「はい」

孟徳は代金を支払ってくれた後、花の髪に優しく飾ってくれる。

孟徳にかんざしを着けて貰うだけで、花はドキドキし過ぎてどうしようもなくなる。

甘く躰を震わせてしまった。

「はい、似合っているよ」

「有り難う」

孟徳に幸せそうに微笑まれて、花も同じように微笑み返す。

「さてと、まだまだ楽しもうか」

「はい」

ふたりは更にしっかりと寄り添うと、市を覗く。

最高にご機嫌な休日。

花はご褒美のような時間に、幸せを感じていた。

 



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