お正月というのは、やはりこちらの世界でも重要であるということは、花もひしひしと感じていた。 神聖で張り詰めた空気を感じるのだ。 誰もが新しい年を飛躍の年にしようとばかりに意気込んでいるのは、ひしひしと感じられる。 誰もがスタートラインに新年を選びたいと思うのは、世界は違えど同じことなのだということを、花は感じていた。 来年はどのような年になるだろうか。 花にとっては大きな飛躍の年になるだろうと、そんな予感すらしていた。 今年はいよいよ孟徳との初めての子供が生まれるのだ。 孟徳との子供。 まさかこんなにも早く母親になるとは思わなかったが、生まれてくる我が子を想像するだけで甘ったるい幸せを感じずにはいられない。 花にとって出産は、人生最大のイベントのひとつになるのは確実だからだ。 今年は何が待っているかと思うと、花は楽しみで仕方がなかった。 昨夜も孟徳と激しくも甘い時間を過ごしたから、余り眠っていないというのに、心が澄んで、気持ちが満タンになっているからだろう。 花は気持ち良く目覚めて、躰を起こそうとした。 「…ん…、どうしたの…花…」 孟徳の半ば寝ぼけているような声が聞こえる。 「孟徳さん、私、起きますね。支度しなければなりませんから」 花が寝台からすり抜けようとした途端に、孟徳はそのまま中に引きずり込んでくる。 「きゃっ! 孟徳さんっ!」 「駄目だよ花。まだまだ早いんだから…」 孟徳は決して認めないとばかりに言うと、そのまま花を思い切り抱き締めてきた。 息が出来ないぐらいに思い切り抱き締められて、花は胸がいっぱいになる。 このまま孟徳と一緒にヌクヌクとしていたいところではあるが、どうしても孟徳に朝食を作ってあげたい。 お正月には雑煮を食べさせてあげたいと思い、花は随分と前から準備をしていたのだ。 花の世界の伝統的なお正月料理を、愛するひとには是非、味わって貰いたかった。 「孟徳さんの朝餉の準備がしたいんです」 花の一言に、孟徳がピクリと動いて反応する。 「それ本当?」 「はい。私の世界で、お正月には欠かせないご飯があるんですが、それを作ろうかと思っています。孟徳さんには是非、食べて頂きたいんです」 「それだったら…、構わないかな」 孟徳は機嫌良さそうに言うと、花からやんわりと抱擁を解いてくれた。 「孟徳さんはもう少し眠っていて構わないですから…。私は朝餉を作って来ますね」 「うん、解ったよ。楽しみにしているよ」 「はい」 孟徳の期待しているような笑みを見ると、張り切って作ろうかと思う。 勿論、料理人が作った美味しい料理も並ぶのだが、その中の一品として気に入って貰えたらと、花は思っ た。 花は寝台から下りると、素早く身支度を整える。 孟徳に美味しい雑煮を、いち早く食べさせてあげたかった。 厨房に立つと、花は雑煮を作り始める。 厨房は花だけのために、特別に作られたものだ。 孟徳が花が自由に料理が出来るようにと作ってくれたものなのだ。 それはとても嬉しい贈り物だった。 孟徳の世話は無理をしない程度にさせて貰っている。 正月の朝餉も、花が作るのは雑煮だけで、後は料理人が作るのだ。 花は自分が作る唯一の正月料理だからと、張り切って作る。 孟徳が美味しいと言って笑顔でいてくれるのを想像するだけで、花はくすぐったい幸せに包まれた。 愛する孟徳に美味しいと言って貰いたい。 花は愛情を込めて料理をする。 全く同じ食材が見当たらなかったものもあるから、似たようなものにはなるのだが、それでも懐かしい味に近付けることが出来た。 是非、孟徳には食べて貰いたいと、花は強く思った。 味見をするとなかなかの味に仕上がっていて、花は満足した。 椀に雑煮を盛って完成だ。 花は我ながら上手く出来たと思いながら、孟徳が待つ食卓へと向かった。 すると孟徳は既に、食卓に着いていて、他の食事も既に並んでいた。 「お待たせしました」 「うん。楽しみにしていたよ」 「はい」 花はそっと雑煮が入った椀を孟徳に差し出した。 「どうぞ」 「有り難う、花」 孟徳が子供のように甘い笑みを浮かべるものだから、つい笑顔になった。 花が食卓に着くと、孟徳は待ちきられないとばかりに、雑煮を見る。 「美味しそうだね」 「どうぞ、召し上がって下さいね」 「うん。有り難う花」 孟徳は頷くと、「いただきます」と言いながら、雑煮を先ずは食べてくれる。 孟徳は本当に美味しいと言ってくれるだろうか。 花は緊張しながら、孟徳が食べる様子を眺めていた。 孟徳が美味しいと言ってくれるのかばかりが気になってしまい、なかなか手につかなかった。 ドキドキし過ぎて、孟徳を見つめ過ぎてしまった。 「うん! 花、とても美味しいよ! この汁は味わい深いし、餅ともよく合うね!」 孟徳は本当に美味しいと言ってくれているようで、嬉しそうにどんどん食べてくれる。 作ったかいがあったと、花は頬を緩ませた。 「お正月に食べる縁起の良いものなんですよ。無病息災を祈ったり、後は、家族がいつまでも仲良くいられるように祈りながら食べるんです」 「じゃあうちにぴったりだね」 確かにそうだと思い、花は頷いた。 今年にはいよいよふたりの子供が生まれるのだから。 「これだったら、うちの正月の定番にしなければならないね」 「そうですね。嬉しいです」 「これは正月しか食べないの?」 孟徳が名残惜しそうに言うものだから、花は笑顔で答える。 「お正月の三日間はよく食べるんですよ。それ以降は余り食べなかったですね。うちでは」 「だったら、明日も作って貰って良いかな?」 「勿論ですよ」 「良かった、有り難う」 いつもは厳しい丞相なのに、花の前だけは、優しくて甘い孟徳でいてくれる。 それはとても嬉しいことだった。 雑煮を食べた後、ふたりは他の豪華な食事も少しずつではあるが食べた。 美味しい食事に、花はつい笑顔になってしまう。 「美味しいですね、やっぱりお正月料理は」 「俺は花の雑煮のほうが美味しかった」 「有り難うございます」 孟徳の言葉が嬉しくて、花はつい笑顔になった。 食事の後は謁見の準備がある。 孟徳は、忙しく準備を始めた。 花は謁見には出ないので、そのまま留守番をする。 だが、正月ということで正装をする。 美しく化粧をして貰い、髪も結い上げて貰う。 着付けから身支度まで手伝ってくれた女官の腕は確かで、花は想像以上に美しく着飾れた。 最高のお正月の晴れ着だ。 この姿で、孟徳を見送る。 部屋に戻ると、既に孟徳が正装をして待ち構えていた。 惚れ惚れしてしまうほどに精悍さが漂う孟徳を、花はついうっとりと見つめてしまう。 本当に素敵だ。 いくら見ても飽きないとすら思ってしまう。 だが、花以上に孟徳がうっとりと見つめてくれているのには驚いてしまった。 「…花、本当に綺麗だよ…」 孟徳は花を蕩けるような瞳で見つめた後、ギュッと抱き締めて来た。 「このまま抱き締めていたいけれど、少しだけ待っていて。なるべく早く帰ってくるから」 「はい。待っています。だから孟徳さん、いってらっしゃい」 「ああ。いってくるよ、花」 孟徳を見送りながら、花は幸せな気分で見送る。 孟徳との甘いお正月の続きを思い浮かべながら、花は明るいこの一年に想いを馳せていた。 |