お正月が過ぎて、花の忙しさが少し落ち着いてきた。 国の中枢にいる男の息子が成人式を迎えるということで、孟徳に挨拶に来ていた。 花の世界の成人よりは、やはり小さな成人だ。 感覚的には中学生ぐらいだ。 何だか見ているだけで可愛らしいと思ってしまう。 孟徳に挨拶のために、正装をしているが、何だか衣装に着られているようで、何だかおかしかった。 それがまた可愛くもあるのであるが。 まだ少年と呼べなくもない男の子を、孟徳と花は一緒に見送った。 「可愛いですね。私の世界では、彼ぐらいでは成人じゃないんですよ。まだまだ子供なんです」 「そうなんだ…。だったら、どれぐらいの年齢が大人なの?」 「そうですね…。ちょうど…、私ぐらいの年齢でしょうか…」 花はそこまで言ったところでハッとする。 元の世界にいたら、ちょうど成人式ぐらいだ。 両親が成人式用の振り袖をどうしようかと、カタログを持ってきてくれたことを思い出す。 両親のことを思い出して、花は泣きそうになった。 もしあのままあちらの世界にいたら、きらびやかな成人式を迎えていただろう。 そう考えるだけで、涙が零れ落ちた。 「…どうした?」 孟徳には寂しい気持ちを悟られてはならない。 花はなるべく笑顔になるように、頑張った。 「何でもないですよ」 「何でもないわけじゃないでしょ?」 孟徳は心配さと何処か厳しさを漂わせて、花を見つめる。 きっと花に誤魔化されるのが嫌なのだろう。 「…花…」 「思い出していたんですよ。私もあちらの世界にいたら成人式だと…」 花は素直に孟徳に言うと、笑みを浮かべた。 「君の世界ではこちらに比べると、成人する年齢は高いんだね」 「はい。先ほどの子ぐらいの年齢だと、まだまだ学校に通って、子供なんですよ」 「そうなんだ」 孟徳は不思議そうに頷く。 「お母さんが、成人式がもうすぐだから、晴れ着を用意しなければって、よく言っていたことです…。だから、少ししんみりとしちゃいました」 花は正直に言うと、誤魔化すように舌をぺろりと出した。 こちらの世界にたったひとりきり残された花の気持ちが伝染したからか、孟徳はしっかりと手を握り締めてくる。 「…自分の成人式と重ね合わせてもしんみりとしてしまいますが、あの子と息子を重ね合わせて、大人になるのはあっという間なんだろうなあって、そんなことも考えていたんですよ」 「そうなんだ…。確かに、息子が成人式を迎えるのはあっという間なのかもしれないね…」 「はい」 本当にあれぐらいの年齢ならば直ぐになるだろうから。 「花、あなたの世界での成人式というのは、どのようなものなの?」 「私の世界の成人式は先ずは晴れ着を着て、式典に出席するんですよ。その後は、家族や友達とお祝いの会を開くんですよ」 「だったらこちらとはそんなには変わらないな…」 孟徳はひとりごちるように言うと、花をそっと引き寄せた。 「花、寂しくはないか?」 「寂しくないと言えば嘘になりますが、だけど、今の私には掛け替えのない家族がいますから。一番大切な…」 「有り難う」 孟徳は嬉しそうにすると、更に花の手をギュッと握り締めた。 「こちらは若くして…、いえ、まだ子供の部分もあるのに、大人として生きていかなければならないんですね…。少し厳しいですね…」 「そうだね。だが、人生は短い。だから早く大人として認めてやらなければならない」 「確かにそうですね…」 この世界の人生は短い。 だからこそなのだろう。 人生は生きた長さではなく、どのように生きたかが関わってくるのだということを、花はこの世界に来て知った。 「私たちの小さな息子も、きっと直ぐに大人になってしまうんでしょうね」 「そうだね…、あっという間に大きくなるだろうね…」 孟徳は感慨深げに呟いた。 「だからこそ今の時間を大切にしなければならないんでしょうね」 「そうだね。俺としてはあの子が早く大きくなって、俺と一緒に仕事をしてくれるのが、嬉しいけれどね」 「はい」 噂をすれば影とばかりに、息子がこちらに向かって走ってやってくる。 花は目を細めずにはいられなかった。 「母様ー!」 息子は一目散で花に突進をしてきたかと思うと、そのまま抱き着いてきた。 息子を受け止めながら、花は温かな気持ちになる。 この子が成人式を迎えて親離れをしたら、かなり寂しくなるだろう。 喪失感もあるかもしれない。 「お前はいつも母様ばかりだな。父様はどうなんだ?」 「母様が良い」 息子の一言に、孟徳は苦笑いを浮かべずにはいられなかった。 成人式。 母親と同じ気持ちで見られるようになり、花は切ないような嬉しいような気持ちになった。 寂しくて嬉しい気持ち。 それを経験させてあげられなかった自分が、一番切なかった。 孟徳が休暇の朝。 花はいつもよりも早く目覚めた。 なのに横には既に孟徳の姿はなかった。 これには驚かずにはいられない。 いつもならば、孟徳はかなり寝坊をするのだから。 珍しいこともあるものだと、花は思った。 同時に何処に行ったのだろうかと、逆に心配になってしまう。 花が寝台から起き上がると、女官がやってきた。 「花様、お目覚めですか?」 「はい」 「でしたらこちらにどうぞ」 花は何処に連れて行かれるのだろうかと思いながら、女官に別室へと連れて行かれた。 するとそこには、美しい漢服が飾ってある。 見事なまでに刺繍が施された漢服は、うっとりと見つめてしまうほどに美しかった。 見つめているだけで、本当に綺麗だ。 じっくりと見つめずにはいられないほどに、美しい。 「その漢服、お気に召されましたか?」 「…ええ」 「丞相からの贈り物ですよ」 「孟徳さん…」 こんなに綺麗な漢服を贈って貰えるなんて、花は感動の余りに泣きそうになった。 「これからこちらをお召しになって頂きますね。後はお化粧と髪を結いますね」 「有り難う」 まるで夢のようで、花はついうっとりとせずにはいられなかった。 女官はかなりの髪結いと化粧の腕前で、花を一気に美しくしてくれた。 こんなにも綺麗にして貰えるなんて、何かスペシャルなプレゼントでも貰った気分だ。 こんなにも着飾って貰い、花は何かお祝いか重要なことがあるのかと思った。 「さあ出来ましたわ! きっと丞相はさぞお喜びになられますわ!」 女官から絶賛されるのを、花はくすぐったく思いながらも、素敵な気持ちになっていた。 「花…」 女官に連れて行かれたのは広間で、宴の準備がされていた。 既に孟徳が正装をして待っていて、いきなり抱き締められてしまった。 「あ、あのっ…!?」 花がうろたえていると、孟徳は苦笑いを浮かべた。 「ごめん花」 「孟徳さん、これは?」 「うん。君の成人式を祝おうと思ってね。この世界に残ってくれている君が、あちらの世界と同じ経験が出来るようにね…」 孟徳の気遣いに、花は涙が激しく零れ落ちてくるのを感じた。 「有り難う…」 花はそれ以上は感きわまって言えなくて、そのまま孟徳に抱き着いてしまう。 なんて素敵過ぎる計らいなのだろうかと思わずにはいられなかった。 「さあ、花。君もこれで正式に成人だね」 「お母さんですけれどね」 花はくすりと微笑むと、孟徳に寄り添う。 愛するひとのおかげで世界で一番素晴らしい成人式を迎えることが出来た。 |