*節分*


 間も無く春がやってくる。

 こちらではそれが正月なのだ。

 春と冬の境目と言えば、花の世界では節分ということになる。

 鬼やらいをして、一年の健康や安全、五穀豊穣を祈る行事であるから、元々は年末からお正月の行事として定着したのだろう。

 柊の葉っぱを探して、大豆は炒れば良いし、今までで一番準備が簡単な行事ではないかと思った。

 それにとても楽しいから、子供たちも喜ぶ筈だと、思わずにはいられない。

 花は子供たちにも喜んで貰いたくて、準備をすることにした。

 美味しい豆と柊、そして豆撒きをすれば、きっと楽しい筈だ。

 花は早速、準備を始めることにした。

 

 先ずは大豆を分けて貰った。

 美味しそうで綺麗な大豆だ。

 見ているだけで他の料理が作りたくなってしまう。

「煮ると美味しそうなんだけれど、やっぱり節分の醍醐味は、投げることだよね」

 花は大豆を鉄板で炒りながら、子供たちが楽しそうにする様子を想像する。

 年の数だけ豆を食べて貰いたいから、少し多めに用意をした。

「花、何をやっているの?」

 孟徳の声が聞こえて、花は振り返った。

「孟徳さん、大豆を炒っていたんですよ」

「大豆を? どうしてまた?」

「私の世界では、大豆を使って、この時期に健康や幸せを祈る行事があるんですよ。それをこちらでもやりたくて、準備をしていたんです。子供たちも喜んでくれるでしょうし」

 花が笑顔で言うと、孟徳はほんのりと拗ねるような顔をした。

「また、子供たち?」

「え…?」

「子供たちが喜んでくれるのは、勿論、父親として嬉しいんだけれど、それよりも俺も楽しめるのかな?」

 孟徳はほんのりと可愛い嫉妬を滲ませながら、花を背後から抱き締めてきた。

「勿論、孟徳さんも楽しんで貰えますよ。家族みんなで楽しいですから」

「そうなんだ。だけど俺としては家族みんなで楽しめるのも嬉しいけれど、花を独占して楽しめるのが良い」

「孟徳さんも、子供たちも楽しめるようにしますね」

「うん。だけど余り無理しては駄目だよ? 君は子育てをかなり頑張ってくれているんだから。君がきちんと教育をしてくれているお陰で、皆、素直にすくすく育っている。本当は教育が必要なのは、俺かもしれないけれどね」

 孟徳は苦笑いをしながら、花にかなり密着をしてくる。

「奥さん好き好き病は治らないだろうけれどね。いくら君が教育をしてくれたとしてもね」

「その病気なら治さなくても良いですよ」

 花がからかうようにくすくすと笑いながら言うと、孟徳は頬にキスをしてきた。

「だったら、死んでも治さないけれどね」

「もう、孟徳さんってば」

 孟徳に甘えられると、やはり嬉しくなってしまう。

「花、お祭りって具体的にはどのようなことをするの?」

「今、炒っている大豆を、無病息災を祈って年の数だけ食べたり、あるいは、家がいつまでも栄えますようにと、邪気を払うために豆を撒くんですよ。“鬼は外”って」

 花が気持ちがワクワクするのを感じながら、笑顔で孟徳に伝えた。

 すると孟徳もまた楽しそうに微笑む。

「花の話を聞いているだけで、とても楽しく感じるよ」

「それは嬉しいです。孟徳さんも、子供たちも、きっと楽しめますよ」

「それはそう思うよ」

 孟徳は頷いた後、本当に楽しみだとばかりに微笑む。

 結婚してからというもの、孟徳は、いつも笑顔でいてくれる。

 以前のような笑ってはいても、何処か切ない警戒心は感じられない。

 それはとても嬉しい。

「花はその慣わしに楽しい想い出でもあるのかな?」

「はい。毎年、家族と一緒に過ごしていました。弟とふたりで恵方巻きを食べる競争をしたり…。懐かしいです」

 昔は、家族のことを思い出すだけでよく泣いていたけれども、今はそうではなくなった。

 自分自身が親になり、新しい家族を持ったからだろう。

 花がしみじみと思っていると、孟徳が切なそうな表情でこちらを見ていた。

「花、ひょっとして…、家族が恋しい? 帰りたいだとか思ってはいない?」

 孟徳は半分泣きそうだと思ってしまうぐらいに、切ない表情をする。

「私にはかけがえのない家族が既にいるんですよ。懐かしいとは思っても、帰りたいとは思いません」

 花はキッパリと言うと、孟徳を真直ぐ見た。

 本当に純粋にそう思うから。

「…花…」

 孟徳はホッとしたように笑うと、花を更に抱き寄せた。

「君はとても優しくて温かくて、楽しい、最高の奥さんだよ」

「有り難う」

 前に回された孟徳の手をしっかりと握り締めると、花は幸せな気分で微笑んだ。

「…有り難う」

 花はふと鬼のことを思い出して、孟徳をちらりと懇願するかのように見つめた。

「どうしたの?」

「あの、節分では、お父さんがやらなければならない、定番の役割があるんですけれど、それを孟徳さんにやって頂けないかなあっと」

「何かな? 俺が出来ることなら、何でもやるから言って欲しい」

 孟徳は、花からの懇願が嬉しいようで、にっこりと笑ってくれる。

「鬼をやって欲しいんです」

「鬼!?」

 それがどのようなものであることが想像出来ないようで、小首を傾げた。

「鬼というものは…、無慈悲な出来事、不幸な出来事を象徴しているようなものなんです。想像上の生き物なんですけど、なんというか悪と不幸の象徴というか…。その鬼に福豆を投げ付けるんですよ。主に子供たちがですけれど…」

「その役割を俺がするの?」

 孟徳はあからさまに困ったような顔をする。

 そんな役は嫌なのだろう。

「うちのお父さんも毎年のように鬼の役をしていましたよ。私はよく、お父さんに福豆をぶつけていましたから」

 思い出すと、つい笑顔になってしまう。

「お父さんは嫌だって言わなかった?」

「そんなことは一度も…」

 確かに、父親は鬼なんて嫌だったかもしれない。だが、子供との貴重なコミュニケーションだったからか、本当に楽しそうに鬼をやってくれていたのだ。

「家族の大切な行事だったせいか、父親はいつも一生懸命やってくれていました。懐かしいです。ここぞとばかりに、父親には豆をぶつけていたんですけれど、それはそれでとても楽しかったです。父親はいつも楽しませてくれましたから、大好きでしたよ。流石に、父親が鬼になって、豆撒きをしていたのは小さな時だけでしたけれど」

 花の話を静かに聞きながら、孟徳は頷く。

「だったら俺も鬼をやろうかな。子供たちも喜んでくれるだろうけれど、やっぱり子供たちよりも君が喜んでくれるだろうからね」

 孟徳の言葉がつい嬉しくて、花は満面の笑顔になった。

 子供たちよりも、もっと楽しませてくれるなんて、やはり孟徳は嬉しい。

「有り難う、子供たちは本当に喜びますよ」

「うん。ねえ、花、君は?」

「勿論、私も喜びますよ」

「うん、だったら嬉しい。君が喜んでくれるのが俺はとっても嬉しいから」

 そこまで孟徳が話したところで、遠くからお馴染みの声が聞こえた。

「孟徳ーっ! 出てきてくれ」

「丞相、いらっしゃるのは解っていますよ」

 元譲と文若だ。

 孟徳のタイムリミットだ。

「じゃあしょうがないから、仕事に戻るよ、花。文字通りの鬼たちが待っているよ」

「はい、いってらっしゃい」

 孟徳は花からそっと離れると、仕方がないとばかりに仕事に向かった。

 花はその姿を見つめながら、幸せな気分で見送った。

 

 節分の日、賑やかにも鬼は三人に増えていたのはいうまでもなかった。



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