節分が終われば、そろそろ始まるのがバレンタインデーだ。 とはいえ、こちらには、チョコレートなんてないから、どのように愛していることを伝えようかと、花は思ってしまう。 バレンタインは女の子にとってはチョコレートよりも甘い、とっておきのイベントだ。 花も是非この世界の愛するひとに、同じようにバレンタインをしてみたい。 こういった素敵なイベントがあるということを、大好きなひとに教えてあげたかった。 女の子である以上は、やはりとびきり甘いイベントを、体験したかった。 花は早速、チョコレートの代わりになるようなものを探した。 当然、この時代の東洋に、カカオが存在するわけがないことぐらいは、花も知っている。 ならばとびきりに甘くて美味しいお菓子を作りたいと思った。 思い付くのはやはり胡麻団子だ。 胡麻団子をハート型に作って、揚げるというのはどうだろうか。 それともハート型の中華カステラはどうだろうか。甘い豆も入れたら、とっても美味しいだろう。それともそこに果物を入れたら、とっておきのスウィーツになるのではないだろうか。 そんなことを考えるだけで、つい声を上げてしまうぐらいに幸せな気持ちになった。 孟徳ならばきっと喜んでくれるに違いないと思いながら、花は色々と計画を頭の中で行なう。 それだけで花は幸せでしょうがない。 幸せ過ぎて、つい笑顔がだらしなくなってしまった。 バレンタインデーの特別な夕食は思い付いたが、問題は孟徳がどれぐらい時間があるかどうかだ。 国を預かる丞相として、息が出来ないぐらいの忙しさなのだ。 殆ど寝に帰ってきているといった具合だ。 こんなにも仕事をしっかりとする政務を見る者が、果たしているのだろうか。 そんなことを思ってしまうぐらいに、孟徳は忙しい。 孟徳ほど民のことをきちんと考えているひとはいないのではないかと、そばにいるようになってからは思うようになった。 だから、バレンタインデーの夜に、早く帰ってきて欲しいだなんて、ただのわがままではないかと、思わずにはいられない。 だが、諦めるよりも、きちんと孟徳に訊いたほうが良い。 花は、孟徳の昼食時間を見計らって、執務室に行くことにした。 「花ですが、孟徳さん、少し構わないですか?」 「ああ、どうぞ。花ならば大歓迎だ」 「有り難うございます」 花はそっと遠慮がちに執務室に入る。 「どうしたの? 花。俺に逢いたくなった?」 政治をみている時の厳しいまなざしとは違い、今はとても温かくて優しいまなざしだ。 まなざしを見つめるだけで、愛されていることが感じられる。 「逢いたかったこともありますが、今日は孟徳さんにお願いがあります」 「お願い?」 孟徳は僅かに眉を上げる。 「十四日の夜は、早く帰って来て欲しいんです。特別な夜だから、一緒に過ごしたいんです」 「特別な夜?」 孟徳は興味深そうに躰を乗り出してくる。 「私の世界では、女の子が男のひとへ、甘いお菓子をプレゼントにして、堂々と告白をして日なんですよ。だから私も、孟徳さんにいつもは言えない分、きちんと伝えたくて…」 花が恥ずかしくて言えなくなる前に、孟徳に思い切り抱き締められた。 「…本当に君は可愛いね…」 「あ、孟徳さん…」 「確かに承ったよ。俺の可愛い奥さん。何とか時間は作るから、心配しなくても良いよ」 「有り難う、孟徳さん」 花は嬉しくて、孟徳に華やいだ笑顔を向ける。 そうすると孟徳は、花の額にキスをしてくれた。 「これで花から沢山やる気を貰ったから、仕事をしっかりと頑張れるよ。じゃあ、名残惜しいけれど、俺は仕事に戻るよ」 「はい…」 孟徳がゆっくりと離れていくのを切なく思いながら、花は見送った。 「では、私は戻りますね」 「ああ。素晴らしい提案を有り難う」 孟徳が甘く囁いてくれたから、花は嬉しくてしゅうがなかった。 バレンタインデーの当日は、朝から準備をすることが多くて、花は朝から大慌てだった。 女官たちは色々と手伝ってくれると言ってはくれたが、花は自分ひとりで準備をしたかった。 大好きなひとのための準備は、なるべく自分だけでしたかったのだ。 先ずは夕食の準備からだ。 このあたりの郷土料理は素朴な物が多い。 こちらでいう、豚まんのような熱い皮で包んだ蒸し物が多い。 花は独自のアレンジを加えながら、蒸し物を作ってゆく。 これならば、孟徳も喜んでくれるだろうか。 そんなことを考えてしまう。 後は栄養の為に、温かな野菜たっぷりのスープなどを作る 本当はかなり立派な料理人がいるから、花の出る幕はないのかもしれないが、愛するひとのためには、料理だってしたかった。 料理の下拵えを終えると、今度は甘いスウィーツ作りだ。 花は孟徳への恋心を込めて、甘い気持ちで、ハート型の中華カステラと、胡麻団子を作った。 後は自分を綺麗にするだけ。 バレンタインにはこれも重要なのだ。 花は、なるべく美しくなりたいと化粧をして、髪を結う。とっておきの着物を着て、自分自身の支度も完了した。 後は孟徳を待つだけだ。 遅くなるかもしれないが、そこは寛大に思っている。 激務の中で、花のためだけに時間を作ってくれるのだから。 早足の音が聞こえる。 孟徳だ。 「ただいま、花! 遅くなってごめん」 孟徳は花を見るなり、いきなり抱き締めてきた。 「おかえりなさい、孟徳さん…」 名前を言い終わるなり、孟徳はいきなり深く唇を奪ってきた。 甘くて激しい洗礼に、花は呼吸が出来なくなるぐらいにドキドキしてしまった。 「…いきなりでごめん。君が余りにも可愛くて綺麗だったから…」 「大丈夫です。孟徳さん、夕食の仕上げをしますから、食べましょうか」 「有り難う」 孟徳は花から離れると、着替えに行く。その時間を利用して、花は仕上げにかかった。 ほかほかの料理を出して、ふたりの夕餉は始まる。 「やっぱり、花の料理は最高だよ! 本当に美味しいね。俺は大好きだ」 「有り難う」 料理を作る度に孟徳が喜んでくれるから、花はつい腕によりをかけて作りたいと思ってしまう。 「俺は本当に君以外は要らないって思う…。それぐらいに君を必要にしているよ」 「孟徳さん、私もあなたを世界で一番必要としていますよ」 ふたりは熱い食事以上に恋する気持ちを熱くさせていた。 夕食を終えると、いよいよ気持ちを込めて作ったスウィーツの時間だ。 花は、ハート型の胡麻団子と中華カステラを出す。 「何か面白い形をしているね?」 「これは、私が孟徳さんのことが大好きですということを、示しているんですよ」 「そうなんだ。それはとても嬉しいよ。この形好きになりそうだ」 こちらが蕩けてしまいそうになるぐらいの笑みを浮かべて、孟徳は甘いお菓子を食べた。 「この甘いお菓子には、私の想いを閉じ込めています。孟徳さんが大好きで、誰よりも愛していますから…」 「花…。有り難う…」 孟徳は本当に蕩けてしまうような笑みの後、花を抱き締めた。 「この行事は毎年やろうね」 「はい」 ふたりは甘く口づける。 すると孟徳は、花を抱き上げた。 「甘い行事はまだ終わってはいないよ? これから仕上げにかからなくちゃ。甘い、甘い、時間をね…」 「…孟徳さん…」 孟徳は今日のお菓子よりも素敵な笑みを浮かべると、そのまま寝台へと向かう。 とっておきの時間を共有するために。 |