*White Day*


 バレンタインディの対となる、ホワイトディ。

 勿論、この世界では、バレンタインすら存在しないのだから、ホワイトディがなくても当然だ。

 だから花もお返しだとかは、そもそも期待なんてしていない。

 バレンタインはあくまでも自己満足的なところもあったからだ。

 孟徳とバレンタインを祝いたい。

 その想いがあるだけだ。

 花はホワイトディにも、自分自身にお返しとご褒美をしようと思い、甘い物を作ろうと思っている。

 甘味はかなり貴重なものであるから、作るだけでま、とっておきのプレゼントになる。

 蜂蜜を使ったふんわりとした蒸しパンを作ったらどうだろうか。

 中に餡を入れれば美味しくなるのではないかと思ったりもする。

 甘いお菓子は、花にとってはとっておきのご褒美だから。

 甘いお菓子を作って食べられると思うだけで嬉しくて、花はついにんまりと笑ってしまった。

 厨房に何か材料が在るかもしれないと、花はこっそりと向かう。

 また、孟徳には美味しいお菓子をプレゼントしてあげたかった。

「ねえ、花、どうしたの?」

 厨房に行く途中で、執務室に向かう孟徳と、うっかり顔を合わせてしまった。

「孟徳さんっ」

「厨房に行くの?」

「はい」

「何か美味しいものでも作ってくれるのかな?」

 期待する孟徳の瞳がイタズラっぽく輝く。瞳はまるで少年のようで花は思わず和んだ。

「甘いお菓子でも作ろうかと思っているんです」

「そうなの!? それは楽しみだな」

 孟徳の瞳を見つめているだけで、花は本当に嬉しくてしょうがなくなる。

 愛するひとがこうして楽しみにしてくれているだけで、花は嬉しくてしょうがなくなる。

「今から食材があるかどうかを見に行こうと思っているんですよ」

「そうなんだ。楽しみだな」

 孟徳の子どものように素直な表情がとても可愛い。見つめているだけで、花はほんわかとした幸せを感じずにはいられなかった。

「何か食材で足りない物とかがあったら、遠慮なく言ってくれたら良いから」

「有り難う」

 花は笑顔で頷くと、厨房へと入ってゆく。その後を、孟徳が着いて来る。

「孟徳さん、お仕事は大丈夫なんですか?」

「…うーん、大丈夫じゃないんだけれどね、少し手伝いたくてね。だからホンの少しだけ手伝うよ。手伝うって言っても、本当にただ邪魔をするだけかもしれないんだけれど、君のそばにいたいからね」

 ストレートに言われて、子犬のようなまなざしで見つめられると、花としても断ることは出来ない。

 それどころか、一緒にいたいという気持ちは、花も同じなのだから。

「じゃあ、お手伝いをお願いします」

「うん。で、何をすれば良いのかな」

 孟徳は本当にワクワクしているとばかりに、花を見つめてくる。

 年上なのに、花はついギュッと抱き締めたくなってしまう。

 それぐらいに可愛いと思ってしまう。

「えっと、材料になる、粉と蜂蜜と砂糖、そして小豆を探します」

「材料を聞いているだけで美味しそうだね」

「とっても美味しく出来るように頑張りますね」

「うん、楽しみだ」

 孟徳の笑顔を見ているだけで、美味しいケーキを作らなければならないと、花は張り切る。

 ふたりで材料を探す。

 孟徳は、重い粉や小豆砂糖といったものを見つけて一ヵ所に集めてくれた。

 確かにそちらのほうが花にはとても使いやすいのだ。

 流石は丞相府だということもあり、かなり上質な材料が直ぐに見つかった。

「有り難うございます、孟徳さん。とっても助かりましたよ」

「こちらこそ楽しみにしているよ。だけど、どうして、美味しい甘いお菓子を作ってくれるの? この間の、ばれんたいんだっけ? あの時は、君の世界の行事だって聞いたんだけれど、今度はどんな意味があるの?」

 孟徳は興味津々とばかりに訊いてくる。

「今度は、“ホワイトディ”と言って、バレンタインディの対の日なんですよ。バレンタインは愛を告白する日ですが、ホワイトディはそのお返事とお礼をする日なんですよ。だから、その時に甘い物を相手に贈るんですよ」

「…へえ…。だったら、俺も君に何か贈らないとねえ…。食べ物…装飾品…」

 孟徳は花のために一生懸命考えてくれている。その気持ちだけで、花は充分過ぎるぐらいに、嬉しかった。

「…孟徳さん、お気持ちで充分ですよ。私は、孟徳さんに、いつも愛してくれて有り難うという意味を込めて、お菓子を作ろうと思っているだけですからね」

 花は笑顔で孟徳に言うと、その瞳を見つめた。

「有り難う。だけど、俺こそその気持ちでいっぱいなんだけれどな。そのホワイトディっていうのは、いつなの?」

「明後日ですよ」

「そうか…。明後日ね。覚えておくよ」

「はい。その日は、美味しい甘いお菓子を作っておきますから、一緒にお食事をしましょうね。私にとってはそれが一番嬉しいですから」

「うん、解ったよ。君と食事が出来るように、仕事を頑張るから」

「有り難うございます」

 孟徳と笑顔で約束する。

 指切りげんまんなんてしなくても、孟徳はきちんと守ってくれるだろう。

 今までも、花の願い事はいつも一生懸命叶えてくれるのだから。

「楽しみにしているから。俺はそろそろ仕事に戻るよ。花、また後で」

 孟徳は名残惜しいとばかりの表情をした後で、花の頬にとっておきの甘いキスをくれた。

「…また…後で…」

 余りに素敵で甘いキスだったから、花はつい耳たぶまで真っ赤にさせながら微笑んだ。つい、潤んだ瞳で、孟徳を見つめてしまう。

「そんな瞳で見つめられたら、ここから何処にも行きたくはなくなってしまうよ…。仕事なんて、したくなくなってしまう」

 孟徳は苦笑いを浮かべつつ、花に背中を向ける。

 しょうがない。

 孟徳は広大な漢帝国の政治を見ている丞相なのだから。

 花に見せた背中は、名残惜しさと、凛とした強さが同居した孟徳らしいものだった。

「孟徳さん、お仕事、頑張って下さいね」

 花の言葉に、孟徳は手を上げて応えてくれた。

 

 いよいよホワイトディ。

 花はお菓子作りに懸命だ。

 大きな厨房ではなく花が料理をするためだけに作られた厨房で、愛するひとのためだけに、花は料理をした。

 お菓子を作っている間、ずっと孟徳のことばかりをつい考えてしまう。

 あの笑顔をもっと素晴らしいものにしたいと思っていたからだ。

 お菓子作りが終わると、今日はいつもよりは少しだけお洒落をした。

 夕餉の時間になると、孟徳がちゃんと間に合わせて戻ってきてくれた。

 孟徳が戻ってくると、直ぐに食事が出されたが、花が大好きな肉まんや汁物、豚肉を甘く煮たものなどが出て来る。

「花に俺からも感謝したくて。愛していることを伝えたくて…」

 孟徳のお菓子よりも甘くて、綿よりも優しい微笑みを見ると、嬉しくて花は泣きそうになった。

「有り難う…」

「お礼だよ。それとこれ」

 孟徳がさり気なく花に差し出したのは、綺麗な天然石を使った首飾りだった。

「これでもっと綺麗になってくれたら嬉しい」

「有り難う」

 本当に嬉しくてたまらないのに、月並みな言葉しか言えないのが悔しかった。

 孟徳は首飾りを花にしてくれる。

 感動してしまい、また涙ぐんでしまった。

 食事の後、素朴な甘い花特製のお菓子を振る舞う。

「これが最高のご褒美だよ!」

 孟徳は嬉しそうに言うと、お菓子を頬張る。

 愛するひとの笑顔が最高のご褒美だと思いながら、花は幸せ過ぎるホワイトディを過ごした。

 



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